なんにもなかったところから、
舞台とは、物語とは、
どんなふうに立ち上がっていくのか。
そのプロセスに立ち会うことを、
おゆるしいただきました。
舞台『てにあまる』の企画立案から
制作現場や稽古場のレポート、
さらにはスタッフのみなさん、
キャストの方々への取材を通じて、
そのようすを、お伝えしていきます。
主演、藤原竜也さん。
演出&出演、柄本明さん。
脚本、松井周さん。
幕開きは、2020年12月19日。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第11回 テクリハ。

テクニカルリハーサル。照明や音響・舞台装置などの動きを、実際の劇場で、俳優の演技とともに確認していく作業。テクリハって何ですかと聞いたら、プロデューサーの柳本さんが教えてくれた。おもしろいですよ、とも。セットが転換したり、照明や音響をつくりこむような場面を抜き出して、最終的なかたちへ仕上げていくらしい。何年も前から進めてきたプロジェクトの、最後の仕上げ。
本番3日前、夜の7時。池袋の東京芸術劇場。ここへ来るのはいつぶりだろう。コロナ直前の『ねじまき鳥クロニクル』‥‥だったか、とにかく久々。正面ではなく、裏手楽屋口から入れてもらう。真夜中の森みたいな通路を抜け重たい鉄扉をいくつか開けると突然「客席」へ出た。ひらけた視界の先には、若きIT企業経営者が住む瀟洒なリビング。劇場の強い光に、照らされている。土岐研一さんの仕事だ。土岐さん、こんなふうに仕上げたんだ! その部屋に流れているのは、朝比奈尚行さんの音楽。どこかコミカル。バカになったパソコンが鳴らしそうな電子音楽。気の触れたような場面の空気を際立たせている。そのただなかに、キャストが立っている。藤原竜也さん、高杉真宙さん、佐久間由衣さん。柄本さんだけは、演出家として客席に座っている。そこから照明や音響に指示を出している。
俳優の芝居は、たびたび止まる。止められる。そのつど俳優の動きや台詞と照明・音響のタイミングとが、細かく調整されていく。「はい、どうぞ」「すみません、もう一回」演出家としての柄本さんの声。「ああ、いいですね」「すみません、もう一回」演出家としての柄本さんの言葉。ここではマイクのことを「がなり」と言うらしい。演劇の言葉には、言いようのない魅力がある。
客席の照明が落ちているため、どこに誰がいるのかわからない。柄本さんだけは、声でわかる。柳本さんは、土岐さんは、朝比奈さんは。脚本家の松井周さんは。みんな、どこにいるんだろう。でも、どこかにいるんだろう。
俳優と照明と音楽と舞台装置とが、すべて同時に作動している。それぞれ勝手な踊りを踊っているようで、ひとつの大きな舞踊を成している。ひとりひとりが自由に楽器を演奏しながら、全体としては、ひとつの交響曲を奏でている。
舞台の上に、5人目の俳優がいる。稽古の初期から柄本さんの代役を務めている俳優だ。名前は、イイズカさん。みんなが、そう呼んでいた。本来「俳優・柄本明」の立つべき場所に、立ち続けてきた。柄本さんの台詞を、代わりに言い続けてきた。つまり、柄本さんの台詞と動きが、すべて「入って」いる。東京乾電池の人だろうか。だって、柄本さんからの信頼がなければ、こんな役目は務まらないんじゃないだろうか。少なくとも、この『てにあまる』という作品には、なくてはならない俳優。5人目の俳優。
終盤になって柄本さんは、とある場面をしつこく繰り返した。俳優の台詞と音響のタイミングと照明の種類とを、いろんなパターンで試している。たぶん10回以上やったと思う。それは、柄本さんが独りで演ずる場面だった。ただ、柄本さんは演出で客席だから、実際には、イイズカさんが演じている。照明を消すタイミング、その順番。音響の速度や抑揚。組み合わせ次第で、場面の印象がガラリと変わる。照明も音響も舞台美術も、俳優の台詞や身体の動きと同様「重要な登場人物」だということが、よくわかる。柄本さんは、最後の最後で「自分の演技」を「自分で演出」していた。しつこく、しつこく。何度も何度も、納得いくまで。
本番3日前、夜の9時。テクリハ終了。久々の東京芸術劇場をあとにする。本番は、3日後。

撮影/宮川舞子 撮影/宮川舞子

(続きます。12月19日まで不定期で更新します)

2020-12-18-FRI

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