なんにもなかったところから、
舞台とは、物語とは、
どんなふうに立ち上がっていくのか。
そのプロセスに立ち会うことを、
おゆるしいただきました。
舞台『てにあまる』の企画立案から
制作現場や稽古場のレポート、
さらにはスタッフのみなさん、
キャストの方々への取材を通じて、
そのようすを、お伝えしていきます。
主演、藤原竜也さん。
演出&出演、柄本明さん。
脚本、松井周さん。
幕開きは、2020年12月19日。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第10回 舞台音楽、完成は『前日』。

ひとつの舞台を構成する要素には
さまざまあるけれど、
どんなふうにつくられているのか、
うまく想像できなかったのが、
舞台で使用される「音楽」だった。

柄本明さんとは
「50年超」のお付き合いという
朝比奈尚行さんに、
今回の舞台の音楽について聞いた。

撮影/宮川舞子 撮影/宮川舞子

──
今日は12月の10日ということで、
終盤ですよね、稽古としては。
朝比奈
ええ。
──
作品の劇中の音楽って、
今、どのような状況なんでしょうか。
朝比奈
どの場面に、
どういう音楽を入れるかについては、
だいたい、決まりました。
なので、その音を、
これからつくりこんでいくところで。
──
つまり‥‥本番の10日前ですけど、
これからが作曲の本番。
朝比奈
そうですね。
──
できあがるのって、いつなんですか。
朝比奈
それはね、えーと、劇場入りして‥‥。
劇場入りってたしか15日からでしょ、
まあ、それまでには、
99%はできているはずです。
──
あと5日で、99%まで。
朝比奈
で、実際の劇場の空間で出してみて、
どんなふうに聞こえるのか
たしかめてから、
調整し直す部分はし直すんですけど。
だから完成するのは、
ま、初日の前日ぐらいって感じです。
──
おお。1日前!
朝比奈
もちろん、それまでのバージョンで
稽古はできますから、
とくに心配なことはないんですけど、
音楽としての完成形と、
客席での聞こえかたを突き詰めると、
まあ‥‥前日かな(笑)。
──
こういう音楽にしよう‥‥という、
とっかかりみたいなものは、
どんなところにあるんでしょうか。
朝比奈
人によっていろいろだと思いますが、
ぼくの場合は、
最初に、ラフデッサンみたいな音を
いくつか用意して、
いろいろ稽古場で試しながら、
演出家‥‥今回は柄本さんですけど、
「どうですかね」
「いいんじゃない」というかたちで、
詰めていくことが多いです。
──
その「ラフデッサン」って、
具体的には、どういったものですか。
朝比奈
今回のケースで言うと、
まずはね、当たりまえなんですけど、
台本を読むまで、
どんな音楽がふさわしいのかなんて、
わかんないわけです。
──
そうですよね、ええ。
朝比奈
最初、第1稿を読んだときは、
クラリネットとヴァイオリン‥‥が、
何となく浮かんだんですね。
なのでそのイメージでいたんだけど、
「本読み」に立ち会ったり、
自分でも何度も読み込んでいくうち、
あれ、ちょっとちがうな‥‥と。
──
変わってきた。
朝比奈
クラリネットとヴァイオリンでなく、
これ‥‥ひょっとしたら、
コンピュータ系の音じゃないか、と。
──
それだと、けっこうガラリと‥‥。
朝比奈
そう、だから今回は、
そこで大きな転換があったんですよ。
はじめは音楽のスタジオを押さえて、
ミュージシャンに
楽器を演奏してもらうという行程が
当然あると思ってたんですが、
そこがまるまる、なくなったんです。
──
朝比奈さんの脳内と、
パソコンとのやり取りでできあがる、
そういう音楽に変わった。
朝比奈
そう。
そのやり取りのマニピュレーターを
やってくれているのが、
アシスタントの
鈴木光介くんという人なんですけど。
──
大転換が訪れたのは、なぜですか。
朝比奈
今回は父と息子の物語なんですけど、
何度も読んでみると‥‥
ふつうの親子もの、
家族もののお話じゃないんですよね。
──
たしかに、ええ。
朝比奈
何て言ったらいいんだろう、
現実の、現在形の時空間というより、
パラレルワールドの話みたいに、
ぼくにはだんだん思えてきたんです。
──
はー‥‥なるほど。
朝比奈
主人公はIT会社の社長ということで、
人工知能なんかを使って
スマホのアプリつくってる人ですよね。
設定は現実的なのに、
でも、どこか現実味を欠いてるんです。
──
たしかに、そうかもしれません。
朝比奈
そこで、音楽については、
現実を「戯画化」する方向というかな、
リアルで深刻な感じじゃなくて、
不思議なダイナミズムで
状況を変化させていくような雰囲気を、
醸し出せたらいいなあと。
──
コンピュータ系というと、
電子音っぽい感じ‥‥なんでしょうか。
朝比奈
そうとも限らないんだけど、
大雑把に言えば、
たとえば‥‥クラフトワークみたいな。
ああいう、70年代のころのね、
いまの人が聴いたら、
ちょっとレトロなテクノみたいな音を、
参考にはしてますね。
──
はー‥‥クラフトワークですか。
それだとたしかに、非現実的というか、
パラレルワールド感も出そうです。
朝比奈
そうじゃない部分も、あるんだけどね。
──
作品にもよるかとは思うんですけれど、
舞台における「音楽」って、
ずっと鳴ってるわけじゃないですよね。
この場面には音楽を、
ここは音楽はなしで‥‥なんてことも、
朝比奈さんが決めるんですか。
朝比奈
まず、舞台に最低限必要の「音楽」は、
台本に書かれているんです。
ここで何か音が鳴る‥‥というような。
──
あ、そうなんですね。なるほど。
朝比奈
それ以外の「音楽」に関しては、
こうして稽古を繰り返していくなかで、
お芝居というものが、
じょじょに完成していくわけですけど。
──
ええ。
朝比奈
そのプロセスで、
ここも何か音があったほうがいいねと、
演出家の要望だったり、
脚本家からのアイディアだったり、
自分の提案だったり‥‥。
そんなふうにして、
じょじょに、そろっていく感じですね。
──
朝比奈さんは、もともと
舞台の音楽をやりたかったんですか。
朝比奈
いや、最初は、演劇をやりたかった。
だから俳優の学校にも行ったけど、
何だか、どうにも向いてないなあと。
音楽も好きだったので、
それで、
舞台の音楽をやるようになりました。
──
なるほど。
朝比奈
当時‥‥つまり70年代初めのころ、
仲間と3人で
六本木の自由劇場ってところで
「東京ロックンロールアンサンブル」
というのを
月1くらいでやってたんですよ。
そこにはまだ、
日野高校の生徒だった清志郎もいて。
──
高校生の忌野清志郎さんが!
朝比奈
すでにRCサクセションって名前で、
活動していました。
あとは、頭脳警察のパンタだったり、
遠藤賢司‥‥エンケンとか、
ブルース・クリエイションって
日本のブルースバンドの草分け的な、
当時の大スター竹田和夫とか。
──
すごい、そうそうたる。
朝比奈
そういう面々と
六本木の自由劇場というところで
一緒にライブをしてたんです。
──
つまり音楽も本格的だったんですね。
朝比奈
そうですね。
──
ともあれ、音楽とお芝居と、
お好きなものふたつがくっついて、
いまの道に。
朝比奈
ミュージカルやオペラとはまた別の、
演劇に音楽を持ち込むような、
そういう作品を発明できないかって、
ずっと挑戦してきたんです。
自分でも「時々自動」という名前の
カンパニーを持っていて。
──
わあ、そうだったんですか。
不勉強で存じ上げず、失礼しました。
朝比奈
いえいえ、80年代の初頭から‥‥
もう40年くらい、
パフォーマーたちが演奏をやったり、
台詞や言葉をしゃべったり、
ダンスを踊ったりするようなのをね。
まあ、いまだに
うまく発明できてないんですけどね。
──
柄本さんとは、長いお付き合いだと
うかがったんですが。
朝比奈
長いです。同い年なんですけどね、
ハタチくらいからだから‥‥
もう52、3年とかかなあ(笑)。
──
ひゃー、半世紀以上!
朝比奈
えもっちゃんとも長いけど‥‥
同い年の仲間には
笹野(高史)さんもいたし、
(佐藤)B作さんとかもね。
同い年じゃないけど、
ベンガルとか高田純次なんかもいた。
──
演劇のほうでも、そうそうたる面々。
朝比奈
その中でも、やっぱり‥‥柄本さん。
特別でしたね。
ぼく、柄本さんのやっていることを、
すごく尊敬していたんです。
やっていることはもちろんですけど、
役者としての考え方もすごいし、
役者として
どんどん大きくなっていく姿を見て、
ずっといいなあと思っていたんです。
──
じゃ、一緒にお仕事しながら。
朝比奈
いや、一緒に仕事をしたことって、
ほとんどないんです、じつは。
──
えっ、そうなんですか。
朝比奈
うん、東京乾電池では
何度かやってるんですけど、
こういったプロデュース公演では
まったくはじめてですね。
彼の公演はよく観に行ってますし、
ぼくらの舞台も観に来てくれたり、
柄本さんのやってる演劇の学校で、
たまに、
自分も教えたりしてるんですけど。
──
なるほど‥‥。
朝比奈
50年間、少し離れたところから
「今度はあんなことやってんだ」
とか
「ああ、また、素晴らしいなあ」
とか思い続けていて、
ときどき会っては、
いろいろ話したりしてるんだけど。
──
どうですか今回、ご一緒してみて。
朝比奈
すごいよやっぱり。柄本さんって。
役者としても、演出家としても。
ふつうの演出家が
言葉を使ってやっていくところを、
彼は、
役者としての感覚を動かしながら、
演出している感じがする。
──
なるほど‥‥‥‥わわっ。
(突然、稽古場に大音量で曲が流れる)
朝比奈
あ、これ、そうですよ。
──
え、今回の劇中の音楽ですか?
朝比奈
はい。
──
昭和の歌謡曲っていうか、
テレサ・テンさんの曲みたいな‥‥。
朝比奈
これはね、
登場人物の頭の中で鳴る歌なんです。
現実の場面ではない、
あるイメージの中で鳴る音楽なので、
これからちょっと、声とかを
いろいろ加工しようと思ってまして。
──
はああ‥‥いや、すごく意外でした。
こういう歌が出てくるとは。
一気に物語の世界が広がったような、
いい意味で、
何だかよくわからなくなったような。
朝比奈
おもしろいでしょう?
つまり、こういう音楽も入れられる、
そういうお芝居なんですよ。
この『てにあまる』っていう作品は。

撮影/宮川舞子 撮影/宮川舞子

(続きます。12月19日まで不定期で更新します)

2020-12-17-THU

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