なんにもなかったところから、
舞台とは、物語とは、
どんなふうに立ち上がっていくのか。
そのプロセスに立ち会うことを、
おゆるしいただきました。
舞台『てにあまる』の企画立案から
制作現場や稽古場のレポート、
さらにはスタッフのみなさん、
キャストの方々への取材を通じて、
そのようすを、お伝えしていきます。
主演、藤原竜也さん。
演出&出演、柄本明さん。
脚本、松井周さん。
幕開きは、2020年12月19日。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第9回 稽古19日目。

藤原さんが怒っている。スマートフォンの向こうの誰かに。もちろん、本当に怒っているわけではない。台本通りの台詞を言っている。その声の「攻撃力」が、すごいから。演技だとわかっているのに、電話の相手でもないのに、こちらが「痛い」ほど。俳優たちの演技は、いよいよ真に迫ってきている。柄本さんの大音声が響くたび、がばっと心臓を掴まれる。一瞬の沈黙に、圧される。怒り、驚き、とまどい、うそ、ごまかし。息子の、父の、妻の、部下の「言葉」が、ずぶずぶと伝わってくる。ああ、こういう物語だったのか‥‥と思う。俳優の演技や台詞が、10日後の本番へ向け、どんどん高まっていくのがわかる。
稽古を見守るスタッフの数も、増えているような気がする。ホリプロの制作チーム、脚本家、演出助手、舞台音楽家、小道具担当の美術スタッフさん、舞台の下でモゾモゾ動いている人‥‥。先日インタビューさせていただいた舞台美術家の土岐研一さんも、あちらのほうに。稽古場全体が収まるような写真を撮ったら、誰が「あの有名俳優」なのか、すぐにはわからないと思う。オーラ云々というような類の話ではない。舞台というものは、こうやって、みんなで寄ってたかってつくりあげていくものなんだと知る。柄本さんは、もう、俳優の芝居をほぼ止めない。
学級会学級会学級会‥‥。芝居と芝居の合間に、柄本さんがつぶやく。台詞の中の「学級会」という言葉がうまく出てこないようだ。そういえば先日、稽古がお休みだった日。柄本さんは、日帰りで京都へ行っていたらしい。何かの撮影に参加して、その日のうちに帰ってきたのだという。最近でも、テレビドラマの『監察医 朝顔』に出ていたし、森山未來さん主演の映画『アンダードッグ』にも出ていた。夜中の3時近くまで、この舞台の「本読み」をしている姿を見た人もある。どういうエネルギーをしてるんだろう。そしていまも目の前で、学級会学級会学級会‥‥。
舞台というものは、オートプログラムか何かで、はじまったらラストまで自動再生されるわけではない。稽古場にいると、そういう当たり前のことがしみじみわかる。俳優たちは、それぞれの場面を一回一回「生きて」いる。そのために必要な時間をかけて、ひとつの物語はうまれていく。そのつどそのつどリアルタイムに、つむがれていく。だから、何かのはずみで、ある一回だけ、まったく別の結末を迎えたとしても何らおかしくないと思える。そのときは、そういう物語が、うまれたのだ。
ここ1時間はずっと、藤原さんと柄本さんの「対決」の場面を観ている。あらためて、本番へ向かってエンジンを吹かす俳優の声量は、まあ、とんでもない。放たれ合う言葉の矢が、実際に見えるようだ。いま、仕上がりとしてはどれくらいなんだろう。本番を迎える「楽しみ」な気持ちの中に、少しの「怖さ」が混じっていることに気づく。ただの観客なのに。
劇中、柄本さんが「それ、ここで言うの?」と言う場面がある。理由はわからないけど、その台詞が好きになった。何回でも聞きたい。「この俳優の、あの台詞が聞きたい」ということは、あるなあと思った。学級会学級会学級会‥‥。柄本さんが、繰り返している。本番まで、あと10日。

(続きます。12月19日まで不定期で更新します)

2020-12-16-WED

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