なんにもなかったところから、
舞台とは、物語とは、
どんなふうに立ち上がっていくのか。
そのプロセスに立ち会うことを、
おゆるしいただきました。
舞台『てにあまる』の企画立案から
制作現場や稽古場のレポート、
さらにはスタッフのみなさん、
キャストの方々への取材を通じて、
そのようすを、お伝えしていきます。
主演、藤原竜也さん。
演出&出演、柄本明さん。
脚本、松井周さん。
幕開きは、2020年12月19日。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第8回 こうして「脚本」は書かれた。

戯曲‥‥すなわち、
俳優によって舞台で演じられる物語とは、
どんなきっかけから、
どう着想され、いかなる変遷を経て、
ひとつの物語として、うまれていくのか。

脚本を書いた松井周さんが、
稽古と稽古のあいまの休憩時間みたいな、
ほんの20分ほどの時間、
稽古場の外の休憩のスペースで
じつに興味深い話を聞かせてくださった。

撮影/こむらさき 撮影/こむらさき

──
この『てにあまる』という物語を
書くにあたっては、
何か「手がかり」のようなものが、
あったのでしょうか。
松井
摩擦‥‥みたいなもの、ですかね。
──
摩擦。
松井
今、コロナだとかリモートだとかで、
人と人とが離れている状況ですよね。
──
そうですね、どうしても。
松井
そのせいもあるとは思うんですけど、
生身の人間どうしの衝突、
気持ちをぶつけ合ったりすることが、
現実の世界では、
なかなか、なくなっている気がして。
SNSの中では、起こってますけど。
──
ええ、そうですね。日々。
松井
誰かが憎いとか、腹が立つ‥‥とか。
優しい気持ちになることも含めて、
人と人とが
現実の場で「摩擦」を起こすような、
そういう物語が観たいなあ、と。
──
なるほど。
松井
もともと、コロナの前から、
濃いものをつくりたいって気持ちは、
ずっと抱いてはいたんです。
それで、今回のお話をくださった
(プロデューサーの)柳本さんから、
藤原竜也さんと柄本明さんの
出演が決まっているって聞いたので、
ああ、それなら、
ふつうじゃない関係を描けるなあと。
──
ふつうじゃない?
松井
ただのふつうの父と子の平和な日常、
みたいな話じゃないというか。
そんなふうにして考えていった先に、
今回の物語ができあがったんです。
──
そもそもですけど、脚本家の方って、
オファーのない段階で‥‥
つまり、ゴッホのような人みたいに、
誰からも頼まれなくても書く、
みたいなことってあるんでしょうか。
松井
あー、それはないですね、ふつうは。
ただ‥‥ないんですけど、
自分が、ふだんからやっていること、
考えていることが、
結局、作品になっていく感じですね。
──
おお。
松井
ぼくの場合は戯曲を書くこと以外に、
演出することもあるし、
たまに俳優もやっているんですけど。
──
あ、はい。
松井
人間って、ただ生きてるだけで
演技してるって感じがずっとあって。
──
まわりを見てると?
松井
いや、自分もふくめて、です。
お葬式の場では、
お葬式に来た人っぽい演技をするし、
結婚式では、祝福することを
なかば「目的」に集まった人たちが、
みんなで、まさに「祝福」している。
──
ええ。
松井
それぞれに与えられた「役割」を、
誰しも演じているなあ‥‥って。
──
父親なら父親らしく、
息子は息子のように。
松井
そう、そんなことについて、
昔から、ずーっと考えていたんです。
で、そういうことが
自分の書くものの根本にあるなって、
思ってはいます。
──
脚本というものを書きはじめる上で、
思考の順番というのは、
具体的には、どんな感じなんですか。
松井
今回は、柄本さんと藤原さんという
ふたりの男の間には年齢差があって、
しかも、どっちも個性が強いので、
彼らの間に何かが起こるとすれば、
やっぱり重いものになるだろうなと。
どこか、ねじくれているというかな。
──
そういった、ある意味で茫漠とした
ムードみたいなところから、
具体的な人物や事件がうまれていく。
松井
ちっちゃい「兆し」のようなものを
広げていく‥‥という感覚ですね。
──
今回は先に俳優が決まってたわけで、
おふたりの「顔」というものが、
そういう場合、
書く物語にも影響するんでしょうか。
松井
しますね。どうしても。
──
登場人物のキャラクターについては、
どう考えていくんですか。
松井
ひとつには、とくに柄本明さんって、
何と表現したらいいか‥‥
一言でいうと、
一筋縄ではいかない人物なんですよ。
──
ああ、はい(笑)。
松井
たとえば、演劇というものについて、
柄本さんと語り合ったりしてみたら
よくわかるんですが、
簡単に「そうだよね」って言わない。
──
数年前、柄本さんにインタビューを
させていただいたことがあって、
そのことは、はい、何となくですが。
松井
一回「それって、どうなんだろうね」
というクッションが挟まる。
それは別に、天邪鬼とかではなくて、
考えている分量が、
すごく多いからだと思うんですけど。
──
はい、そういう感じがします。
松井
簡単に言葉で解決しない、
粗い答えを出さない‥‥人なんです。
だから、そういうような人が‥‥あ、
お疲れさまです。
──
あ、柄本さん。
柄本
あ、こんにちは。
──
こんにちは。
松井
すいません、いま取材中で‥‥。
柄本
いい? 大丈夫?
──
大丈夫です、大丈夫です。もちろんです。
柄本
おにぎり1個だけ、食べさせてください。
すいません。こっちのほうで‥‥。
松井
いえいえ‥‥‥えっと、なんでしたっけ、
ああ、つまり、
柄本さんがそういう人だからこそ、
「確率の高い行動は取らないだろうな」
みたいに発想することはあります。
──
確率の高い行動、というのは?
松井
たとえば「おはよう」って声をかけたら
「おはよう」と返してくるような。
──
ああ、つまりは、ふつうっぽい反応。
松井
そう。でも、この人の場合は、
「おはよう」と言われても、
たぶん「おはよう」とは、返してこない。
じゃあ、なんて返すんだろう。
つまりは、どういう人物なんだろう。
そういう順番でイメージを膨らませたり。
──
徐々に人物像を彫琢していく、ような。
松井
先に「この人は、性格がひねくれている」
とか
「気性が優しくて、物事を決められない」
みたいに考えるんじゃなく、
その人物のことをずーっと想像しながら、
「おはようと言わない人って、
どういう人なんだ」‥‥っていうことを、
ぐるぐる考えている感じです。
──
はじめからキャラクターを決め込まない。
松井
人によるとは思いますけどね。
ぼくの場合は、基本的には、
まず、その場の「環境」を考えてますね。
こういう「環境」に置かれたら、
この人は、どういう行動を取るんだろう、
どんな言葉を吐くんだろう‥‥。
──
なるほど。
松井
ある「環境」に放り込まれた人間たちが
どんなふうに動くのか、
どんなことを言うのか、
それを追いかけるために書いている‥‥
みたいなところはあります。
──
見てみたい‥‥というような。
松井
ちょっと実験的な感覚があるんです。
この液体を入れても
何にも反応が起きなかったんだけど、
こっちをいれたら変な反応が出た。
今度は、ちょっと濃すぎた‥‥とか。
──
へええ‥‥おもしろいなあ。
松井
脚本を微調整していく作業っていうのは、
なんだか、ある部分、
実験の結果を確かめているような感覚と、
似ているような気もしますね。
──
どういう実験結果を、得たいんですか。
この『てにあまる』の場合。
松井
今回は「衝動」という言葉を、
ひとつのキーワードにしていたんですね。
だから、俳優どうしが
衝動をぶつけ合うところを観たいですし、
そういうことが、
舞台で起きたらいいって思っていますね。
──
もうひとつのタイトル案が、
『手に余る衝動』だったって聞きました。
松井
これからの「実験」しだいで、
ラストがどうなるかわかんないですけど、
「衝動」がぶつかるような舞台、
状況、環境をつくれたらいいと思います。
──
あ、ラストはまだ、わからない?
松井
わからないですねえ、まだ。
──
最後に、ひとつだけ、教えてください。
松井さんは、「物語」というものは、
人間にとって、なぜ必要だと思いますか。
松井
もし人間に物語というものがなかったら、
希望だって持てないし、
絶望にも無力になっちゃうと思うんです。
──
ははあ。
松井
物語のない世界、ゆるされない世界って、
現実というものと直に向き合うばかりで、
余裕や遊びがなくて、
大きなものに圧し潰されてしまったり、
油の切れたネジのように、
何かをすり減らしちゃう気がするんです。
──
なるほど。
松井
反面、人間の歴史をふりかえってみれば、
全体主義だとか、
悲惨な事件みたいなものが、
ある種の「物語」によって
突き動かされる危険性もあるんですけど。
──
ええ。
松井
物語がなければ、やっぱり難しいと思う。
だって、希望がなければ人は動けないし、
絶望からも、学べないと思うので。

(続きます。12月19日まで不定期で更新します)

2020-12-16-WED

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