
「本当はちょっと、大学に行ってみたい」。
昨年2月、夜の図書室でぼくにそう
進学への思いを打ち明けた定時制高校の男の子は、
たくさんの大人たちに背中を押されながら、
その年の暮れ、「東京理科大学 理学部第二部」に合格します。
合格の報せをもらって、
ぼくはもう一度田北くんに会いにいきました。
これまでいくつかのことを諦めてきたじぶんには、
この18歳の男の子が描いてみせた小さな大事件が、
たしかにひとつの、「希望の物語」に思えたのです。
ほぼ日のサノが担当します。
- 田北くんの物語において、
「島田先生」の存在がどれほど大きかったか、
話を聞いて正直驚いた。 - 「せっかくなら、田北の受験を見た数学の先生も」
という浅見先生のご厚意で同席してくださることになったが、
島田先生と出会えていなかったら、
いまの田北くんは、間違いなくいなかっただろう。 - でもそれはきっと、まわりの大人たちも同じだ。
たくさんの大人たちが、18歳の男の子の背中を押していた。
ささやかだけど、
たった1日小さく背中を押しただけのじぶんですら、
合格の知らせをもらってあんなにうれしかったのだから、
ずっと彼のそばにいた大人たちは、
いったいどれほどうれしかったことだろう。 - 合格の日、田北くんのまわりの大人たちは、
どんな姿だったのだろう。
その日は田北くんの人生のなかで、
どんな1ページとして刻まれているんだろう。
- サノ
- 合格した日のこと、聞いてもいい?
合格を伝えたとき、まわりのみんなって、
どんな反応だったんだろう。覚えてる?
- 田北
- もう、なんか‥‥
みんなから、「おめでとう」を言われて。
みんな、すげえ笑顔で。
友達もですし、先生もそうですし、親も。
みんな、よろこんでくれた。
お父さんも、すっげえ笑顔で。
もうなんか、「人生でいちばん楽しい瞬間はそこだった」
ってくらい、盛り上がってたかな。
- サノ
- お母さんは、どうだった?
- 田北
- よろこんでくれました。
敬語じゃない‥‥‥‥敬語じゃなかった。
めちゃめちゃよろこんでくれた。
やさしかった。「おめでとう」って言ってくれた。
しかも、「ほんとうにおめでとう!」って感じだった。
なんか、今までとは全然違う雰囲気だった。
ずっと、「うれしい!」とか言ってくれて。
ずっと、寄り添ってくれた感じで。
- サノ
- そのときは、ふたりきり?
- 田北
- お父さんはいなかった。
お父さんはまたべつのときに、
「おめでとう」って言ってくれた。
- サノ
- じゃあ、ふたりっきりだ。お母さんと。
- 田北
- うん。
- サノ
- その瞬間があって、よかったね。
- 田北
- はい。いまはまた敬語ですけど、
完全にもとに戻ってはないかもしれない。
ちょっと話せるようになって、
「やんわりとした感じの敬語」になったと思います。
それでこれまでの寂しさが報われるかというと、
むずかしいですけど。
でも、日によってはその日のことを思い出して、
報われる時間があるかもしれない。
- サノ
- 「ここよりはマシだ」
って気持ちで飛び込んだ定時制高校に、
こんな日が待ってるなんて、
当時の田北くんに教えたらびっくりするだろうね。
- 田北
- はい。こんなにでっけえ、いい山が。
まあ、でも、ほんとに人生変わったのは、
数学好きになったのがいちばんっす。
数学好きじゃなかったら、俺、絶対大学行ってないので。
- サノ
- そうか、そうだよね。
田北くんの原動力は、そこだもんね。
数学、いつ、そんなに好きになったの?
- 田北
- 中3の春ですね。5、6月。
- サノ
- 「なにもかもが楽しくなかったとき」だ。
- 田北
- はい。
定時制に行くって決めたのが中3の秋なので、
まだ、全部真っ暗なときで。 - 小学生のときは算数が得意で、
中学に上がってからは嫌いになってたんですけど、
なんでかわかんないんですけど、
高校数学をチラ見してみたんですよ。スマホで。
そしたら、「なんだこれ、訳わかんねえ、おもしれえ」って、
興味が惹かれたというか、なんというか。
「試したい」みたいな欲が出て、スマホで全部調べて、
「とりあえず書いてみよう」ってやっていったら、
ちょっとだけ記号の意味とかわかるようになっていって、
「うわあ、おもしれえ」って。
- サノ
- 書き写すって、
写経みたいに、ひたすら数式を書き写すってこと?
- 田北
- そうです、そうです。
写経みたく、とりあえず、
「これはこういう記号で、こうするとこうなる」
みたいなことを何回も何回も書き写してると、
だんだん意味がつかめるようになってきて。
とにかく、そればっかりやってたかな。
- サノ
- なにもかも楽しくなかった時期に、
唯一楽しく思えたのが「数学」だったんだ。
- 田北
- そういうことになりますね。
唯一の楽しさ、生命線。そんな感じでした。
数学に出会ってなかったら、
高校に行ってたかすら怪しいレベルだったと思います。
それが、1回目の目覚め。
- サノ
- ‥‥ってことは、「2回目」がある(笑)。
- 田北
- あります。
2回目が、高校3年生のときです。
先生に「大学どうだ」って言われて、
まだ、受験するか迷ってたとき。
面白半分で大学数学を見てみたら、
中学のときとまったく同じ感じで、
「なにこれ、わからん、すげえ」って。
興味、探究心がみるみる出てきて。
あの熱量、どこから来たのかわからない。
でもやっぱり、
その熱量があったから大学を選べたと思うので、
数学がなかったら、人生、違いました。
- サノ
- 田北くんは今、数学の研究者になりたいんだよね?
- 田北
- はい。
- サノ
- 東京理科大で勉強する数学って、
すごくむずかしそうだけど、
そのへんも「ドンと来い!」って感じなの?
- 田北
- 実際、むずかしいです。めちゃめちゃむずかしいです。
なのでちょっと怖くて、いま、
ちまちま、大学数学を見てます(笑)。
どんな感じなのか、わかったうえで入ろうと。
でも、なんか、どんだけむずかしくても、
「じぶんが望んでる苦しみ」かもって、
覚悟できてるかもしれないです。
乗り越えられそう。いまだったら。
- サノ
- ああ‥‥すごくいいね。
「いまのじぶん」は、
「これまでのじぶん」と、
ちょっと違う感じがしてるんだ。
- 田北
- 全然違いますね。
気持ちが、全然違う。
- サノ
- どう違う?
- 田北
- なんか、
「達成感を知っているかどうか」の違いって、
すごいデカいんですよ。
それだけで、「自信を持てるかどうか」とか、
「挑戦できるかどうか」とか、
すっごい変わってきたんです。
そういう意味で、受験の合格って、
俺の人生に、めちゃくちゃ響いてて。 - 今後なにかを決めなきゃいけないときがきても、
いまのじぶんは、「自分の決断で、なんか行けそう」
と思えてるというか。 - たぶん、社会に出てからもつまずくことはあるだろうし、
というか、どこに行っても
何かしらつまずくことはあるだろうけど、
逆に、どこに行ってもおもしろさもありそうだな、
って思えてます、いまは。
つまずくことも、おもろいことも、
両方ちゃんと待ってるだろ、みたいな。
- サノ
- いいなあ‥‥‥‥いいなあ。
田北くんが言うから、
いまの言葉、美しかったなあ。
いまの話を聞きたくて、いまの表情を見たくて、
今日ここに来たんだなって気がした。
もう一回会いに来てよかったなって思いました。
ほんとうに、ほんとうに、いい高校生活を送ったね。
- 田北
- はい。めちゃめちゃいい、高校生活です。
(明日につづきます)
2026-01-02-FRI