「本当はちょっと、大学に行ってみたい」。
昨年2月、夜の図書室でぼくにそう
進学への思いを打ち明けた定時制高校の男の子は、
たくさんの大人たちに背中を押されながら、
その年の暮れ、「東京理科大学 理学部第二部」に合格します。
合格の報せをもらって、
ぼくはもう一度田北くんに会いにいきました。
これまでいくつかのことを諦めてきたじぶんには、
この18歳の男の子が描いてみせた小さな大事件が、
たしかにひとつの、「希望の物語」に思えたのです。
ほぼ日のサノが担当します。

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第6回 この子を、このままにするのは。

島田先生
あの、今日取材をしていても、たぶん田北、
数学のときだけペラペラ度合いが違うと思うんです。
サノ
はい、大変かわいかったです。
島田
やっぱり普通は、数学が得意な子、苦手な子にかかわらず、
「高校生が数学を学ぶ」というのは基本的に、
「与えられたからやる」でしかないんですよ。
やらなきゃいけないから、やる。
でも田北の場合は、能動的というか、
じぶんから持ってくるんです。
この証明がああだとかこうだとか、
「この試験問題解いてみたんだけど、よくわかんない」とか、
「数学の動画観てたんだけど、ここがわかんなかった」とか。
自分から数学を学びたがっているところが
他の子とは決定的に違うし、
やりたくて聞きに来てるから、吸収も早いんですよね。
本人に「理解したい」っていう気持ちがあるから。
田北はそれを、受験するって決める全然前から‥‥
もう入学してからずーっと、数学の話をしてたよね。
田北
今はちょっと、これを観てるんですよ。「選択公理」の。
島田先生
ん、なんの話?

田北
この人、おすすめです。
島田先生
ふーん、観てみるわ。
サノ
なんですか?
島田先生
彼は今、数学のYouTuberの話をしています。
サノ
「数学のYouTuber」‥‥。
浅見先生
あの、私もここが4校目で、
以前は東大を志望する生徒もいるような
進学校で教えてたこともあるんですけど、
そういう学校ですら、田北みたいな子って、
やっぱりほとんどいないんですよ。
つまり、「勉強ができる子」はいっぱいいるんです。
「国語も英語も何でもできます」とか、
「ぼくは国公立受けます」「早慶行きます」みたいな子は、
いっぱい見てきた。
でも、数学が好きでしょうがなくて、受験とか一切関係なく、
自分で問題を作って自分で解いてるようなやつって、
ゼロではないですけど、やっぱりほんとに一部で。
変な話、この学校は、
勉強が好きで得意だ、という子が多いわけじゃない。
そのなかで、先生がいる黒板の前まで来て、
「先生、俺、いま、この問題解いてるんですよ」
「なにこれ、テストに出るの?」「いえ、出ないです」
「じゃあ、なんでやってるの?」「いや、楽しいんすよ」
こんな会話、まあ、見たことないんですよ。
だから、私たち教員から見ても、
やっぱり田北は、「稀有な存在」だったんです。
こんだけ数学が好きなやつ、
教職をやっていてもなかなか出会うことはない。
この子をこのままにするのは、これはもったいない。
いろんな先生が田北に「進学したほうがいい」と言ったのは、
そういう姿を見ていたからというのもあるんですよね。
田北
へええー。
浅見先生
私は国語の教員なんで田北の小論文を見てたんですけど、
なんかもう、伝わるんです。
最初のあたりは、
「ぼくはこういう想いで東京理科大を受験しました」
みたいな、「うん、そうだよな、まあ、普通だな」
って感じで始まるんです。
でもそこから、
「数学のナントカって学者は、ナントカの定理で、
ナントカナントカナントカ、ナントカナントカナントカ!」
このへんになってくると、もう、
文章を見るだけで楽しそうなのが伝わってくるんですよ。
ことばが踊ってる。
サノ
逃したくないですよね、そんな子。
浅見先生
そう、そう!(笑)
理科大にも、そういうところが通じたのかなとは思います。

サノ
「一緒に受験をがんばる仲間」がいないことが、
モチベーションに影響することはなかったの?
田北
んーー‥‥なくはなかったですけど、
まあでも、みんなと遊んでるときでも
その場で勉強し始めるくらいには、
ちょっと、数学が好きだったから。
まわりが遊んでるなか、「俺、ちょっとだけこれ観ようかな」
って感じで10分くらいの数学の動画を観て、
少しでも学ぼうとかしてました。
サノ
あああーー、なるほど‥‥。
なんというか、田北くんはたぶん、
「受験生」ではなかったのかもしれないね。こころが。
島田先生
あ、たぶん、それですね。「受験生」じゃない。
田北は「勉強しよう」と思って
数学をやってるわけじゃないんですよ。
ただただ、「趣味」の1つ。
YouTubeに新しい数学の動画が出たら、たぶん、
「新しい音楽聴こう」みたいな感覚で観に行ってる。
田北
ああ、俺、そうです。
島田先生
で、気になるところがあったら、聞きにくる。
「わかんないから、教えてください」って。
「よくわからん定理が出てきて、云々」。
それがもう、4年間、私たちの日常だったので。
サノ
つまり、受験をはじめる前の段階で、
とんでもなく膨大で濃厚な「数学の蓄積」が
田北くんにはあったんですね。
「勉強」とすら思ってない、
「数学で遊ぶ時間」の積み重ねが。
浅見先生
たしかに、ほんとにそうだな。
島田先生
受験勉強に入ってからも、そのままの感覚だったと思います。
そこは、まわりに受験仲間がいなかったからこそ、
「こういう勉強をしなきゃいけない」
ってことも見えないから、
よくも悪くも、自分の好きなように数学ができてたのかも。
それこそYouTubeで動画を見たりとか、
自分に合った勉強法で。
サノ
ぼくはいまのお話を聞いていて、
その独特な勉強方法をとめなかったこともふくめて、
この「数学の変態」を4年間
受けとめつづけた島田先生もまた、
「数学の変態」だったのだと思っております。
田北
アハハハ、そうだ!
島田先生
‥‥(笑)

サノ
この学校に自分を受けめてくれる
「変態」がいてくれたことが、
田北くんには、相当大きかったんじゃないでしょうか。
友達じゃなくて、そういう「大人」がいてくれたことが。
浅見先生
いや、冗談抜きで、そういうことだよね。
島田先生の存在は、すごく大きいよ。
田北
島田先生は数学科出てるから、
こういうヤツには慣れてるので。
島田先生
数学科でも、ここまでの変態は見ないよ。
田北
えっ。
サノ
あはははは。
田北
いや、いるって、たまに、たぶん。
たまには、いるよ。
サノ
でも、先生からしたら、田北くんみたいな生徒って、
「最高に楽しい生徒」なんじゃないですか。
島田先生
まあ、そうですね。
はい。そう思います。

(明日につづきます)

2026-01-01-THU

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