
「本当はちょっと、大学に行ってみたい」。
昨年2月、夜の図書室でぼくにそう
進学への思いを打ち明けた定時制高校の男の子は、
たくさんの大人たちに背中を押されながら、
その年の暮れ、「東京理科大学 理学部第二部」に合格します。
合格の報せをもらって、
ぼくはもう一度田北くんに会いにいきました。
これまでいくつかのことを諦めてきたじぶんには、
この18歳の男の子が描いてみせた小さな大事件が、
たしかにひとつの、「希望の物語」に思えたのです。
ほぼ日のサノが担当します。
- 取材をする前から、
なんなら合格のメールをもらった瞬間から、
ずっと気になっていたこと。 - それは、田北くんがどうして、
「たった1年で東京理科大学に合格できたのか」
ということだ。 - 「一部(昼間部)」と「二部(夜間部)」で
難易度に開きがあるとは言え、
そもそも一切「受験勉強」をしていなかったところから、
いったいどうやって「思い立って10か月」で、
受験の山を越えたのだろうか。 - 「田北は本当に数学が好きだったので」
と島田先生は言うけど、
ここの謎には、まだまだ大きな空白部分がある気がした。
- サノ
- じゃあ、田北くんが「受験するぞ!」と決めたのは、
本当に3年生の終わり(※)だったってことだよね。
(※朝霞高校定時制は4年制)
- 田北
- はい。先生といろいろ話をして、
4年生になって、4月にお母さんに急いで相談をして、
やっぱり、お金は出してくれるって話になって。
「がんばってね」って言ってくれたんで、
「よし、やるぞ」って。受験勉強はそっからです。
- サノ
- こう言っちゃなんだけど‥‥よく間に合ったよね。
- 田北
- ほんとに、よく間に合いました。
びっくりしました。
本当にその、「間に合った」っていうのがすごくて。
俺、本来、すごい締め切り前まで遅らせるタイプなんですよ。 - 実際、入学費用とかも
締切最終日の期限時間ギリギリに出したし、
面接の申込用紙みたいなのも、本当にギリギリで。
そういうのをなんとか短い期間で詰めて、出して、
合格したんで、すっげえ驚いてるんですよ。
- サノ
- 間に合ったって、そこ?(笑)
- 田北
- そこが、俺にはハードルなんです。
- サノ
- 「受験勉強」自体はどうだったの?
そんなスッと「受験生」になれるものなの?
- 田北
- なんか、わかんないんですよ、自分も。
とりあえず、参考書とか単語帳とか、見るんですよ。
「なんかしよう」って思って、
とりあえず、とりあえず、で動くんですよ。
で、とりあえずで動きだしたら、何時間か経過してる。
「飽きねえなあ」って思いながらずっとやってて、
それが繰り返されていって、気づいたら、
「勉強、ちょっとできるようになってきたかも」みたいな。
- サノ
- ほう、そう感じはじめたのは、いつごろ?
- 田北
- 勉強をはじめて2、3か月経ったころだから、5、6月。
「そこそこ続いてるし、なんかこのテキスト、
もう終わりそうじゃね?」みたいなところまで来て、
それでなんか、「もしかして俺、勉強できるのかな?」って。
それで、まあこれは余談なんですけど、
「俺、勉強できるんじゃね?」ってなって、天狗になって、
6月から9月まで、勉強やんなくなった時期がありました。
- サノ
- え?
- 田北
- 夏休みの間、勉強やってない‥‥。
- サノ
- いや、あの‥‥本当によく合格したね!?
- 田北
- 天狗になったのはもう、本当に後悔なんで、
そこから、後悔のないようにがんばりました。
- サノ
- いや、「がんばりました」というけど、
高校生のころ3年がかりで受験勉強をしてたぼくからすると、
正直、意味がわからないというか‥‥。
その、めちゃくちゃ頑張った最初の3か月間は、
たぶんもう、アドレナリンみたいなのが出てるよね。
ドバドバと。
- 田北
- 出てます。もう「数学者になろう」みたいな気分で。
- サノ
- やってたのは、とにかく「数学」だったんだ。
- 田北
- はい、数学に夢中でした。原動力がそれだったんで。
- サノ
- 1日、どれくらい勉強してたんだろう。
授業があって、部活もあって、
日によっては学校前にバイトもあるわけだよね。
- 田北
- バイトがない日は、学校がはじまるまで家でやってました。
- サノ
- 学校がはじまるまで、どれくらい勉強してたの?
- 田北
- 2時間‥‥多くて3時間ですかね。
2時間あったらいいほうじゃないでしょうか。
あとは、寝て、みたいな。
- サノ
- あとは、寝て‥‥。
- 田北
- あと、17時20分から授業が始まるんですけど、
毎週火曜日は授業前に島田先生に見てもらえる日だったので、
その日は16時から、1時間くらい自習して。
- サノ
- なるほどね。
で、21時に授業が終わって、家に帰って、また勉強。
- 田北
- たまぁに。
- サノ
- た、たまぁに?
- 田北
- たまぁに。
まあ、あとは、授業中に内職することがたまにあって(笑)。
そのときもちょっとだけ勉強しちゃってました。
- サノ
- ええっと、ってことは、
ざっくり平均して、「1日、2、3時間か」。
それで10か月勉強して、
あっでも、6月から9月は天狗モードで勉強してなくて‥‥ - あの、浅見先生、これはどういうことですか。
正直ぼく、高校3年間、もっと勉強した気がするんですけど。
これで、合格ってできるものなんですか。
- 浅見先生
- 私にもそこがわかんないんですよ。
どういうことなんですか。島田先生。
- 島田先生
- 「受験勉強」として勉強したのは
たしかに「1日3時間を10か月」なんですけど、
田北はそもそも入学してきた時点から
「数学が異常に好き」で、
ずっと勝手に、数学に触れてきてたんです。 - 彼が受かった要因はたぶんすごくシンプルで、
「数学への異常な熱量」っていうところが、一番。
そこが伝わって合格できたところは大きいと思います。
小論文とかでも、
「『大学でここの解析学を勉強したいんだ』と伝えてこい」
って話をしたりして。
- サノ
- 数学の試験で、小論文ですか?
- 島田先生
- 田北は「総合型選抜」っていう、
ペーパーテストの点数だけじゃなくて、
「面接」とか「小論文」とか「口頭試問」で、
数学の力量を示す方式で受験をしてるんですよ。
- サノ
- へええー、そんな試験が‥‥!
それぞれどんな内容なんだろう。
- 田北
- 俺のときの小論文は、
「数学をどのように社会に役立てるか」
みたいなことを書く感じだった気がします。
40、50分与えられて、1,200文字くらい書く。 - 口頭試問は、自分が好きな教授の話をしたりとか、
自分の好きな定理とか、そういうことを伝えました。
ぼくは「解析」をやりたいので、そのへんのこととか。
実際に、微分とか証明とかもやりながら。
- サノ
- あっ、その場で。
- 田北
- 教授の目の前で。黒板を使って、筆記もOK。
- サノ
- それって、どんな会話をすることになるの?
全然想像つかないんだけど。
ええっと、なんだったっけ、やりたいこと。統計?
- 田北
- 「解析」。
- サノ
- 解析だ。解析ってなあに?
- 田北
- 解析ってなあに!(笑)
- サノ
- いや、本当にまったくわかんないよ! 解析ってなあに?
- 田北
- まあ、めっちゃいろいろあるんですけど、
俺がやりたいのは、微分方程式で。
たとえば、すっげえ有名な話だと、
「コロナの感染者数の今後の統計、どうなるか」。
あれとかに使えてるんですよ、めっちゃ簡単に言うと。
感染者とか健康な人を、全部数式に書いたら、
感染力がどうのとか、
「だいたいこんなもんですよ」って示してあげられる。
- サノ
- 重要な仕事じゃん。
- 田北
- はい。で、すげえおもろいのが、
ロンドンで、ロックダウン、起きたじゃないですか。
あれもいろんな数理モデルがあって、ちゃんと計算式使って、
ちょうど感染者数が増えにくいタイミングでやってるんです。 - あと、もう1つ好きなのがあって、
解析学かはちょっと覚えてないんですけど‥‥
エンジニアとかそこらへんの人が使う、
「Blender」ってツール、わかります?
- サノ
- ごめん、わからん。
- 田北
- えっと、ようは「3Dモデル」を作れるソフトなんですけど。
3Dモデルをつくって「回転」させたいときに、
普通にやると変な方向とか行っちゃったりとか、
ジンバルロックとかもあって、
うまく行けないんだけど、
ちゃんと計算すれば、3Dモデルを正しく動かすための
必要な数式を作ってあげられたりするんです。
- サノ
- はあーー‥‥。
- 田北
- あと、音楽とかも。
音楽って、いろんな音が入るじゃないですか。
あれ、1音1音取り出すのって、すげえムズいんですよ。
でも、あれも、フーリエ変換かラプラス変換を使えば、
けっこう細かく音を取り出して、
音の大きさとかも、頑張れば変更できたりとかして。 - あと美術とかですと、まあ、
レオナルド・ダ・ヴィンチが「黄金比」って言ってて、
それはだいたい「1:(1+√5)/2」くらいなんですけど、
「この比でつくると、すげえ美しく見えますよ」
っていう式があって、
日本でよく用いられる「ミニキャラ」とかも
「白銀比」っていう別の式を使ったりとかで、
「計算すると、だいたいこのくらいの値になるよ」
っていうのが、まあ一応、示されていて。
つまり「かわいい顔」を数学でつくってあげられるっていう。
あ、あとこれもおもしろいんですけど‥‥
- サノ
- あっすごい、ちょっと待って、ありがとう。
もういま完全に、
田北くんに合格を出した教授の気持ちがわかった気がします。
素人でも伝わりました。田北くんの数学力と、愛。
びっくりした。いまちょっと、人、変わってた。
- 田北
- ほんとですか。
- サノ
- あの、田北くんの受験勉強を
つきっきりで見てくださっていたのが、
島田先生なんですよね。
- 島田先生
- そうですね。というか、「受験勉強」というよりは、
田北の高校生活4年間、まるっと数学を教えてた感じですね。
定時制課程の数学教師、私しかいないので。
- サノ
- ああ、そうなんですか。
じゃあもうほんとうに、
田北くんの「数学のお師匠」のような。
「数学の先生」として見たときに、
田北くんの数学への偏愛とか、理解する早さ、深さは、
やっぱりちょっと、普通の子とは違うんですか。
- 島田先生
- 明らかに違いますね。
田北は「数学の変態」なんです。
田北は、もう、変態なの。
今日、これを絶対に言いたかった!
(明日につづきます)
2025-12-31-WED