「本当はちょっと、大学に行ってみたい」。
昨年2月、夜の図書室でぼくにそう
進学への思いを打ち明けた定時制高校の男の子は、
たくさんの大人たちに背中を押されながら、
その年の暮れ、「東京理科大学 理学部第二部」に合格します。
合格の報せをもらって、
ぼくはもう一度田北くんに会いにいきました。
これまでいくつかのことを諦めてきたじぶんには、
この18歳の男の子が描いてみせた小さな大事件が、
たしかにひとつの、「希望の物語」に思えたのです。
ほぼ日のサノが担当します。

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第4回 押したい背中。

浅見先生
あっ、サノさん、どうもーっ!
サノ
ああ、浅見先生、お久しぶりです!
 
 
図書室の入口から快活な声が飛んで、
浅見先生が入ってきた。
後ろから、田北くんの受験勉強を支えたという、
数学科の島田先生も続く。
じつは今日の取材では、
田北くんの受験に大きく関わった、
浅見先生と島田先生にも話を聞くことになっていて、
仕事を終えたおふたりが取材に合流してくださったのだ。
浅見先生
どうですか、田北、大丈夫ですか(笑)。
島田先生
ほんとに、髪色だけ写真を加工して、
黒髪にしてください‥‥。

一同
(笑)
田北
なんでですか!
サノ
いや、金髪は本当にびっくりしましたけど、
やっぱり、会いに来てよかったです。すでに。
浅見先生
おっ、田北~。
田北
そうすか?
島田先生
照れてる(笑)。
浅見先生
照れてるね(笑)。
おかしいなあ。何の話したんだよ、ちょっと。
俺にも聞かせてくれよ、その話。
島田先生
大丈夫? 盛ってない?
田北
もう、静かにしてください!

サノ
あはははは。
田北
盛ってない、盛ってない。
ちゃんと、俺のダメなところも言いました。
「サボり癖がある」っていうのも、ちゃんと話しましたんで。
サノ
いや、本当にすごい子だなと思います。
いろんな経験を乗り越えて、こんなにちゃんと‥‥
あれ、島田先生の表情が‥‥(笑)。
やっぱり、金髪のことですか?
田北
なんでもないです! 大丈夫です!
島田先生
‥‥半年前とはもう、人が変わっちゃった感じです(笑)。
一同
(笑)
島田先生
とくに去年はね、
部活も、野球にバドミントンに、土曜日まで精一杯やって。
そのなかでも家計を支えるというか、
勉強しながら、時間ギリギリまでシフトを入れて、
バイトも本当にがんばって。
田北
え?
島田先生
えっ?
田北
家計を支える?
島田先生
おうちにさ、お金を。違うの?
田北
入れてないです。
おうちにお金を入れてるわけじゃなくて、
自分の進学費用とか、
免許を取得するための費用とかを貯めてました。
サノ
自分の進学費用を、自分でってこと?
田北
はい。
もちろん大きめなお金はお母さんとお父さんが
出してくれたんですけど、
少しでも家計に猶予を持たせたいので、
自分のことでかかるお金は、自分でもいろいろ貯めてました。
サノ
それは十分、「お家にお金を入れてる」だと思うよ。

島田先生
そのときはまだ、
「二部」に行くっていうのも決めてない時期だったよね。
「一部」‥‥つまり、
お昼の時間帯に通うことも、選択肢に入れてた。
田北
そのときは、一応。
「数学が勉強できるなら、朝からでもがんばれるかも」って。
結局、二部にして、夜通うことにしましたけど。
サノ
そもそも、田北くんはいつから
「大学に行きたい」と思うようになったんだろう?
本当はもともとずっと、行きたかった?
田北
あっ、いや、3年の二学期(※)までは、
大学なんて、まったく考えてなかったです。
そのときはもう、働けたらなんでもいいというか‥‥
しいて言うなら、おっきい車が好きだったので、
「トラックの運転手になってみたいな」くらいの感じで。
(※朝霞高校定時制は4年制)
でも、だんだん先生たちと
「卒業後の進路、どうしようか」
みたいな話をするようになってきたときに、
「大学」って選択肢を言ってもらって。
「そうか、進学ってルートもあるのか」みたいなことを、
そこから思いはじめて。
島田先生
「金銭的にちょっとむずかしいかも」ってこともあって、
3年生の二学期まで、
本人は完全に就職しか考えてなかったんです。
ただ、田北は‥‥本当に数学が好きだったので。
3年生の冬に、もう1回、
浅見先生と一緒に押したんですよ。
「大学、どうだ?」って。
浅見先生
押した、押した。
田北
っていうか、いろんな人に押された。
島田先生、浅見先生、
タバタ先生、オバタ先生、あとたぶん、
たまに学校に来てた、全日の、数学の先生。
島田先生
タゴ先生ね。
田北
そう、タゴ先生。
そうやっていろんな人に言われるんで、
まあ、「しゃあなし、やるかー」とは思ってたんですよ。
ただ、なかなか気持ちの整理がつかなくて、
結局去年の2月くらいまで、ずっと引きずってて。
すっごい、迷ったんです、やっぱり。
サノ
大学って選択肢自体は、「いいかも‥‥」と思ったの?
田北
思いました。「学んでみてえ」って。
サノ
「学んでみてえ」って、いいなあ(笑)。
じゃあ、何が迷わせてたんだろう。
田北
やっぱり、お金ですかね。
本当にお金が足りなかった。
自分で調べてみたんですけど、やっぱり足りない。
ヘンな言い方になっちゃうかもしれないんですけど、
お母さんのことだから、俺が大学行きたいって言ったら、
「お金は大丈夫だからがんばってね」
って言ってくれちゃう気がしてたといいますか、
それで迷惑かけたくなくて、
お母さんにもずっと言い出せなくて。
でも、やっぱり勉強したい気持ちもあって‥‥
早く就職したほうがいいのか、
どうしよっかってぐるぐる迷ってたときに、
「『走りたい方角に思いっきり走った経験』は、
たぶんこの先の人生につながっていくと思う」
‥‥みたいなことをサノさんに言われたのが、
去年の2月だったんですよ。
「挑戦したほうがいい」って。
それでまあ、
「無理かもしれないけど、なんとか頑張ってみよう」って。
そこで助けてもらったのが、受験を決めたきっかけです。
きっかけ、あの日です。
サノ
えっ、 そうなの!?
ええーー‥‥‥‥そっか。
でも、だったらあの日、本当に行ってよかったです。
ただ、あの日の田北くんってたぶん、
「お金」のことって一切言ってなくて、
「まわりのみんなと一緒に、就職したほうがいいのか」
って問いを、ひたすらぼくに投げかけてた記憶があって。
田北
はい、そうだったと思います。
サノ
だからあの日のサノは、
田北くんをいちばん躊躇わせてるのは、
「おれなんかが大学なんて」
って気持ちなんだと思ってて、
それを吹っ切らせる方向に背中を押したつもりなのね。
 
もちろんお金の事情もすごく大きかったと思うけど、
そういう、「おれなんかが」って気持ちって、
どうだったんだろう。
田北
うわ、それ、その気持ち、めっちゃあったかもしれないです。
俺、めっちゃ怖がってたんです。
「大学行く人生って、どういう感じ?」って。
「大学に行く人生」の見本が、
まわりにひとりもいなかったから。

サノ
ああーー、そういう怖さが‥‥。
田北
「大学、なにそれ、頭よさそう」みたいな、
ほんと、それくらいのイメージだったというか。
「大学なんてなにがあんのかわかんねえ、怖えな」って。
友達もみんな大学行かずにはたらくし、
身近な大人も大学行ってない人が多かったから、
「大学って、普通は行かねえか」って。
数学は勉強したかったけど、
そこで迷ってたのは、すごくあったかもしれない。
サノ
いや、でもそれを聞くと、
やっぱり、なおのことすごいなあと思う。
だってあの日の田北くん、
そういう「俺なんかが」がベッタリあったうえで、
もう、たぶん、誰がどう見てもくっきりと、
「もっと数学を学んでみたい」って顔に書いてあったもん。
浅見
そう、そう!(笑)
田北
へええー!
(一斉にうなずく大人たちを見回しながら)
サノ
本音を言うと、あの場面で背中を押すのって、
じぶんとしてもけっこう、勇気が必要だったの。
受験まで1年切ってたし、
「俺が背中を押した結果、この子が受験に落ちる未来」
とかも、当然、頭をよぎるわけで。
「安易に背中を押すの、無責任じゃない?」とか、
やっぱり思うんだよ。
田北
ああそうか、なるほど‥‥。
サノ
でも、田北くんの
「どうしようもなくそっちに走りだしたそうな感じ」に、
なんかもう、背中を押したくなっちゃったんだよね。
「いいから、いけっ!」って。
「こんなにウズウズ走りたそうにしてるなら、
どんな結果であってもこの子は、
その挑戦をいい経験にしていくんじゃないか」
ってこっちも、背中を押す勇気を持てたというか。
さっき、いろんな大人に背中を押されたって言ってたけど、
その気持ち、ほんとうによくわかるんだよ。
なんか‥‥「押したい背中」をしてたんですよ。
あの日の田北くん。

(明日につづきます)

2025-12-30-TUE

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