「本当はちょっと、大学に行ってみたい」。
昨年2月、夜の図書室でぼくにそう
進学への思いを打ち明けた定時制高校の男の子は、
たくさんの大人たちに背中を押されながら、
その年の暮れ、「東京理科大学 理学部第二部」に合格します。
合格の報せをもらって、
ぼくはもう一度田北くんに会いにいきました。
これまでいくつかのことを諦めてきたじぶんには、
この18歳の男の子が描いてみせた小さな大事件が、
たしかにひとつの、「希望の物語」に思えたのです。
ほぼ日のサノが担当します。

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第3回 ずっと、どうにかしたかった。

 
「そのときは、普通に友達もいて」
田北くんが投げてくれたボールをどうすればいいか、
一瞬、わからなくなった。
「話したくないことは話さなくていい」
と事前に伝えたときにも、
「話せない話はとくにないので、
なんでも聞いてもらって大丈夫です」
と答えてくれていたから、おそらく、
「定時制高校に通うことになった理由」の話も、
きっと聞かせてもらうことになると思っていた。
それでも、いざ10代の男の子を目の前にして、
まだ癒えきってないであろう人生の傷について
話をさせてしまっていいのか、ためらった。
でも、じっとぼくの目を見る田北くんの目を見て、
ぼくはボールを真正面から投げ返そうと決めた。
実際コンテンツに載せるかはいったん置いておいて、
少なくともいまこの瞬間、田北くんは、
この話についてキャッチボールをするかまえを
見せてくれている気がした。
サノ
中学校にあがって、友達と、なにかあったんだ。
田北
めちゃめちゃありました。
サノ
‥‥めちゃめちゃかあ。
田北
中1のころは、まだ普通だったんですよ。
‥‥まあ、普通といっても、見た目をいじられたり、
中1のころから、なんかちょっと、変で。
1年の、1学期の終わりあたりからかな。
夏休み前、期末テストのあたり。
小学校のときとは、大きく変わった感じでした。
で、徐々に変化して、なんか、それがでっかくなって。
中2から、仲悪い子とよく言い合いになったり、
あとはちょっと、暴力だったりがあるようになって、
仲良かった友達とも、だんだん距離が変な感じになって。
それがちょっと、原因で、
中2の、2学期の終わりから、不登校になって。
まあ、その前から不登校気味で、
学校でカウンセリングを受けたりして、
そういうのでなんとなく、心を落ち着かせてたんですけど。
まあ、結局、行かなくなりまして。
それからはもう、なんか‥‥
すべての物事、楽しくなくなって。
サノさんも、講演のとき、
「会社に行けなくなったあとの無職期間」の話で、
似たようなこと話してたと思うんですけど。
サノ
うん。
田北
そのときはもう将来のこととか、なんにも考えられなくて。
いつも、「おもしろいことないかな」って探すか、
まあ‥‥‥‥すごいネガティブなこととか、考えて。
あとは、まあ他にも不登校の子とかいるから、
なんもないけど、その子たちと遊んだりして、
なんとか気を紛らわせてた感じでした。
サノ
その期間、なにか支えはあった?
田北
お母さんが、
「辛かったら、行かないでいいよ」って言ってくれた。
サノ
ああ‥‥‥‥。

田北
お母さんが、味方でいてくれました。
というか、いつまでも味方なんですよ、ほんとは。
言葉遣いとかに厳しいのも、
俺が、社会的な面でちょっと不足があるから‥‥
社会的に必要な基礎を身に着けさせるために、
「あんた、敬語使うようにしなさい!」
とか言ってくれてる感じで。
「愛されてる」とは感じます。俺のためなんで。
やっぱり、ずっと味方です。
定時制に行こうって思えたのも、
けっこうお母さんのおかげだったし。
サノ
定時制を選んだきっかけ、お母さんだったの?
田北
お母さんのことばも、大きかったです。
あのとき、担任の先生とか、お母さんとか、
いろんな大人が教えてくれたんですよ。
「定時制」っていう高校があるって。
で、お母さんもお父さんも定時制だったので、
「定時制でも友達はできる」みたいなことを、
お母さんがけっこう話してくれたりして。
なので、朝霞高校を紹介されたときには、もう、
「わかりました。行きます」って。
サノ
おお。もう、見学とかもしないで。
田北
してないですね。
「ここ以外ない」と思って決めました。即決でした。
サノ
その早さっていうのは、なんだったんだろうね。
田北
ずっと、どうにかしたかったんですよ。
どうしたらいいかはわかんないんですけど、
とにかくずっと、
「今のままじゃだめだから、どうしよう」
って気持ちがあって、
「変えたい、変えたい」って思ってたんです。
そういうなかで、
時間帯とか、校則とか、家からの距離とかなんとか、
「自分でも行けそうな高校」を教えてもらえたんで、
「じゃあもう、ここに行こう」って。
サノ
そのときはもう、不安もなかったんだ。
田北
なかったですね、謎に。
なんかもう、「失うもんねえな」みたいな感じだったから。
「前よりかはましだろう」みたいな気分で入っていきました。
とにかく、ここから抜け出して。まずはそれからだなって。
サノ
ああ、ああ、そうだよね、そういうもんだよね。
田北
同じでしたか?
サノ
同じだったわ。
田北
アハハ、ですよね?

サノ
すごくよくわかるよ。
自分も無職になって、
人生ワケわかんなくなっちゃったとき、
最後は友達に紹介してもらったアルバイトを
きっかけに社会復帰していったんだけど。
そのときも、まさに、
「もう一度走り始められる場所ができた」
っていう、それが全てだった。
「アルバイトだから」とか、
そういう不安はなんにもなかった気がする。
田北
そうなんです、それなんですよ!
いまでも、後ろのほうにいる、
どん底にいたときの自分を見て、
「ここよりは行けるな」みたいな気持ちで、
走り出せる感じがあります。
サノ
ああ‥‥‥‥じゃあ、
定時制の4年間は、いい時間だった? 
田北
いやああーー、楽しかったですねえー!
友達ができたりとか、
一緒に給食を食べたりとか、遊んだりとか。
あと、遠足も行ったな。
みんなで、神奈川に行った。
ほんとは上野集合だったのに、
ノリで、みんなで神奈川に行くっていう。
おもろい経験したなって思ってます。
そんな経験、今までなかった。
もう、こーーんぐらい楽しくなって、
なんかすごい、気分がいいというか、なんというか。
 
 
田北くんはそう言って大きく手を広げた。
しばらく終わりそうにない
「神奈川弾丸物語」に相槌を打ちながら、
ぼくの頭のなかではずっと、
「いやああーー、楽しかったですねえー!」
がぐわんぐわんと響いていた。
この声を、中学生のときの田北くんに聞かせてあげたい。
この光景を、中学生のときの田北くんに見せてあげたい。
よかったね。田北くん、がんばったね。

(明日につづきます)

2025-12-29-MON

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