
「本当はちょっと、大学に行ってみたい」。
昨年2月、夜の図書室でぼくにそう
進学への思いを打ち明けた定時制高校の男の子は、
たくさんの大人たちに背中を押されながら、
その年の暮れ、「東京理科大学 理学部第二部」に合格します。
合格の報せをもらって、
ぼくはもう一度田北くんに会いにいきました。
これまでいくつかのことを諦めてきたじぶんには、
この18歳の男の子が描いてみせた小さな大事件が、
たしかにひとつの、「希望の物語」に思えたのです。
ほぼ日のサノが担当します。
- 1年ぶりの再会となる、取材の日。
- 今回の取材でカメラマンを務めるデザイナーの畑と
待ち合わせに指定されたコンビニで待っていると、
約束の場所に現れたのは、
記憶のなかの田北くんとは似ても似つかない、
「金髪のニーチャン」だった。 - 背の高いその青年が、「ちぃーっす」とでも
聞こえてきそうな素振りで頭を軽く下げる。
- 田北
- おひさしぶりです。田北です。
- サノ
- ああ‥‥ああ、田北くん、おひさしぶりです!
- 正直、とんでもなくビビっていた。
目の前に現れた自称「お久しぶりです、田北です」くんは、
ツーブロックの金髪に、黒い光沢のある革ジャン姿。
手首や指には金色のアクセサリーが光り、
首元のこれまた眩い金色のネックレスには
鷲らしき鳥がこちらを威嚇するように羽を広げている。
一言で言うと、「ギラギラ」している。 - いや、かっこいいのだ。
ファッションとしては、文句なくかっこいい。
なんならめっちゃ、似合ってる。
ただ、その姿はやはり
「あの日の田北くん」とはあまりにも違っていて、
今日に抱いていた期待が、
瞬く間に不安へと塗り替わっていった。
レコーダーから聞こえてくるぼくの声も、
明らかに上ずっている。
- サノ
- いやあ、今日は時間をくださってありがとうございます!
覚えてますか? ぼくのこと。
- 田北
- 覚えてます。
まさか本当にもう1回会いに来てくれるとは思わなくて、
けっこう驚いてます。
- サノ
- いや、あの、田北くんが合格したって聞いたとき、
なんか本当に感動しちゃって。
もう1回、しっかり会って話を聞きたいなと。
- 田北
- ええーっ、そんな‥‥ありがとうございます。
- サノ
- たぶん、話し始めたら止まんなくなっちゃうから、
ちゃんと話すのは図書室に着いてからにしましょうか。
- 田北
- あ、はい、わかりました。
それじゃあ、こっちです。
- 田北くんは、暗くなった道の先をぐいっと指さした。
思うように「1年前のあの感じ」に戻れないぎこちなさを
おそらく互いに感じながら、
ぼくたちは朝霞高校を目指して歩きはじめた。
- 「あの交差点を右に曲がって、
坂の下のほうへ進んで行きますと、
もう1つ、ローソンが見えるんですよ。
そこを越えると、高架下がありまして。
そこでよく、部活の仲間と帰りに話したりしてました」 - 田北くんが、通い慣れた通学路を紹介していく。
歩幅を合わせるようにして、
ぼくの隣りをゆっくり歩いていく。
いくつか荷物を抱えて歩くぼくが無理をしていないか、
気にするように歩いている。 - 歩くたび、アクセサリーがジャラジャラと音を立てる。
通りを行き交う車のライトが、ギラついた金色の頭を照らす。
そこにいるのは相変わらず、
見慣れぬ「金髪のニーチャン」だ。
でも、その繊細なまなざしに、仕草に、
少しずつ「あの日の田北くん」が重なりはじめて、
そっと敬語をゆるめてみる。
- サノ
- そういえば部活って、何部‥‥だったの?
- 田北
- 野球部。一応、キャプテンで。
- サノ
- 待って、田北くん「野球部のキャプテン」だったの!?
びっくりなんだけど。
- 田北
- そうなんですよ。
ただ、夕方までは全日制の子たちが通ってるんで、
全日制は全日制で野球部があります。
なので朝霞高校には、「野球部のキャプテン」が
ふたりいることになっちゃいますね。
- サノ
- はあー、夜間の野球部って、何人ぐらいいるんだろう。
- 田北
- ちょうど9人いるんですけど、これがですね、
本当に今回たまたま、9人そろったんですよ!
9人集まったっていうのが
どれくらいすごいことかと言いますと、
ええっと‥‥‥‥ええっと、めちゃくちゃすごくて。
- サノ
- ほうほう、教えて教えて?
- 田北
- 定時制だと、野球部が9人集まることってほとんどなくて。
野球が強い学校以外は、いくつかの高校で1つのチームを組む
「合同チーム」に入るのが当たり前なんです。
- サノ
- 「自分たちだけで野球ができる」こと自体、奇跡なんだ。
- 田北
- 奇跡なんです。
ぼくたちの学年は俺を入れて3人なんですけど、
俺らも4年生の代になったとき、
大会に出場するために、もうめちゃくちゃ頑張って、
未経験者の子にも声かけたりして‥‥
それでなんとか9人、揃ったんですよ!
1年生、2年生、4年生の、9人チーム。
- サノ
- へええー、すごいじゃん!
- 田北
- で、ここからがもっとすごいんですけど、
うちの野球部ってずっと、夏の全国大会に向けての試合、
全部「1回戦」で負けてたんです。
けっこう辛いんですよ、「初戦敗退が当たり前」って。
- サノ
- うん。
- 田北
- それで、ほかの4年生ふたりは
「ハードに練習をがんばろう」という考えだったんですけど、
1年生は入部して3か月で大会で、
とくに未経験の子は何したらいいかもわかんない状態だから、
俺は「なるべく厳しくせず、仲間を大切に」ってしたくて、
一時期、いざこざみたいになったんです。
でも、みんなで何回も話し合って、
「初心者にはやさしく、経験者にはやりがいのある練習を」
ってなんとか考えて、で、で、去年の夏‥‥
なんと試合本番、1回戦、勝てたんですよ!
- サノ
- えええー!やったじゃん! すっごいじゃん!
- 田北
- 4年間で、はじめて。
なんかもう、すっごくて。
もう、感動というか、ちょっと、泣いて。
優勝した気分でした。音が止まった。 - 4年間の積み重ねというか、なんというか、
それに等しいものを得られたなって感じがして、
「初めて勝てた」とか「今日はよかった」っていうのを‥‥
あっ、そう、ちょうどそこで語ってました。
- 田北くんが指をさした先は、真っ暗な高架下だった。
- サノ
- ‥‥雰囲気すごいね。真っ暗だ。
- 田北
- 学校が終わったら、普段はすぐそこのローソンあたりで
ちょこっと話すんですけど、
本気で話すときは、橋の下に入って話をして。
大会前日に、カツ丼食って気合い入れたのもここでした。
なんかちょっと、秘密基地っぽいんですよね。
- サノ
- 案外、落ち着く場所なんだね。
静か。川のせせらぎも聞こえて。
- 田北
- というか、学校以外ですと、ここくらいしかないんですよ。
「落ち着ける場所」が。
ほかはもう住宅街ばっかで、
話してたら迷惑になっちゃうんで。
- サノ
- ああ‥‥学校が終わると、夜だから。
- 田北
- はい。学校が17時20分にはじまって、
終わるのが21時なんで、どうしても。 - なんで、ぼくたちの学校帰りって基本的に、
「切羽詰まってる状況」なんです。
俺はもう4年生で19歳だから門限はないんですけど、
18歳までは補導とかもあるんで、
22時までには帰らなきゃいけない。
それ以降は、怒られるんで。
- サノ
- 学校に? 親に?
- 田北
- 学校・親・警察ですね。
だから、友達と話したいことがあったら、
まわりの迷惑にならないように高架下に来て、
時間ぎりぎりまで、少しの時間を、有意義に。
- ぼくにゆっくり歩調をあわせる田北くん。
「初心者でもたのしい部活」にしたかった田北くん。
街に迷惑をかけないように、精一杯友達とすごした田北くん。 - 背が伸びても、アクセサリーがたくさんついていても、
目の前の「金髪のニーチャン」は、
やっぱり、真面目で、繊細そうで、少しおちゃめな、
「あの日の田北くん」だった。 - 思えば当たり前であるはずのそのことに
勝手にひとりでホッとしながら、
ぼくは田北くんと高架下の階段を上りはじめた。 - 学校へと向かう途中、
「冬に高架下で話すの、寒くなかったの?」
と野暮なことを聞くと、 - 「寒い。でも、そういうのは関係なくてですね。
寒くても、友達と話したかったから」 - と田北くんは答えた。
(つづきます)
2025-12-27-SAT