糸井

『旅と日々』はかっこよく言えば、
宝物のような瞬間の連続だと思いました。
でも、それって運もありますよね。
宝物が映像に入ってくるというのは、
いくら脚本家が戦略を立てたとしても
叶わないことだし、観客である自分が
自分自身の運の良さを信じている気がしました。

三宅

それと、「見つけてくれる人もいるよね」
っていうことも信じていますね。

糸井

ああ‥‥喋っているとうれしくなってきます（笑）。

三宅

いやいや、僕もです。ありがとうございます。

糸井

撮影、編集が終わって、
人に見せる段階にきたときはどんな気持ちでしたか？

三宅

それこそ、見逃さないでしょうって思っていました。
あの風の動きや波を見逃さないでしょう、と。

糸井

観る人を信じて、映画を観てもらう。

三宅

その気持ちは毎作ありますね。
今回の作品はちょっと緊張しましたけど。
あと、ぼくがいちばん気にしたのは「音」でした。

糸井

音ですか。

三宅

映画祭のときは、前日の夜中でも当日朝でもいいから、
会場の人に時間をつくってもらって、
必ずチェックさせてもらいます。
一応、どんな箱でも標準通りに響けば
おもしろい音にしているんですけど、
とはいえ海外では鳴り方が変わったり
ちょっとニュアンスが変わることがあります。

セリフの字幕で引っ張っていく映画ではないので、
波の音や風の音、ちょっとした盛り上がりを
どう耳に入れて身体で感じてもらえるか
っていうのは、かなり気にしました。

糸井

空間を支配しているものって音ですもんね。

三宅

そうだと思います。
音は避けようもなく無理矢理観客に入って、
いちばんタッチしてくるものです。

糸井

落語家の立川志の輔さんと
ご一緒させていただくことがあるんですけど、
師匠も「音」のチェックにものすごく厳しいです。

三宅

それはどういうことなんですか？

糸井

落語も音が大事なんですよね。
会場の大きさによって、
どの席で聞いている人にも自分の落語が
きちんと届くように念入りにチェックされます。
つまり、それくらい「音」っていうのは、
真ん中にあるものなんだと思います。

三宅

映画をつくっていく過程で、
撮影が終わると編集に入るんですが、
そのときは画だけなんです。
画が完成したら、最後に音をつくるんですが、
その時間がぼくはいちばん楽しいです。

糸井

音を大きくしたり小さくしたり、
散々やっているんですか。

三宅

散々やってます（笑）。
音はいくらでも台無しにできるし、
素晴らしいものにもできますから。
音をつくる時間が毎回楽しくてしょうがない、
自分にとってご褒美タイムです。

糸井

今回の映画はその音づくりが成功していますね。

三宅

たぶん、今までの作品のなかでも
最もうまくいったかなというか、
レベルを上げたんじゃないかなと思います。

たとえば夏の波のシーンだと、
波が怖く感じられなかったらいけないですし、
かといって音量が大きければいいってものでもない。
その塩梅は何度も調整しました。

あと、撮りながら気づいたのが、
最後の最後にあるウンギョンさんの一人のシーン。
あの静けさをどうつくるのか、
というのはとても重要でした。

糸井

お客さんもじーっと見なきゃいけないですしね。

三宅

そうなんです。
お客さんが映画の世界に入り込んでくれないと、
あの静けさって完成しないんですけど、
いい上映のときは誰ひとり音を立てない。
たった一人だけ‥‥
これまでの映画祭で、その時間に立った人がいて、
「あともうちょっとなのに！」と思いました。

糸井

ほんとですね（笑）。

三宅

でも、それ以外はほぼ静かでした。
世界初上映のとき、
二千人以上の観客が物音一つ立てない
静かな空間で観てくれたときは、
「うまくいった‥‥！」と思いました。

糸井

もう時間がきてしまったんで、
最後に監督に言っておきたかったんですけど、
これまで「つげ義春再発見」は何度もされていますが、
この映画でつげさんが再発見されるのは、
よかったなあと思いました。

つげさん自身がどれだけたくさんのことをしてきたか、
それが三宅監督としてのよろこびとも
重なっていると思いました。
この機会に社内でつげさんと映画を
流行らせたいくらいです。

三宅

おおー、それはうれしいです。
ぜひみなさんには必ず、
つげさんの作品に白い紙を重ねて
トレースしてください、と伝えてください。

糸井

そう言います（笑）。
今日はありがとうございました。

三宅

こちらこそ、ありがとうございました。

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