
朝から晩まで食のことを考えているような
“食べること”に並々ならぬ情熱を
持っている人に魅力を感じます。
彼らが食への興味を持ったきっかけは?
日々どんなルールで生活しているのか。
食いしん坊の生き方を探究したい気持ちから
このインタビューが始まりました。
お話を聞きに行ったのは、
南インド料理ブームの火付け役であり、
食に関するエッセイをたくさん書いている
「エリックサウス」総料理長の稲田俊輔さん。
飲食チェーン店から人気のレストランまで
守備範囲が広い稲田さんが
食いしん坊になった理由を
じっくり聞きました。
見習い食いしん坊かごしまがお送りします。
稲田俊輔(いなだしゅんすけ)
料理人・飲食店プロデューサー。
南インド料理店「エリックサウス」総料理長。
鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、酒類メーカーを経て飲食業界へ。
南インド料理ブームの火付け役であり、
近年はレシピ本をはじめ、旺盛な執筆活動で知られている。
近著に『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)
『ミニマル料理』『ミニマル料理「和」』(ともに柴田書店)などがある。
- ──
- なにかの本で読んだ気がするのですが、
稲田さんはうどんが好きなんですか?
- 稲田
- 正確に言うとうどんではなくて、汁ですね。
死を迎える前に食べる最期の晩餐は汁と思っていますね。
- ──
- 汁ですか?
- 稲田
- そもそも「何が一番好きですか」にしても
「最期の晩餐を何にしますか」にしても、
答えるのが難しすぎるのが大前提としてあるなかで、
あえて答えなければいけないとするならば、
自分はやっぱり汁だと。
- ──
- さまざまな汁がありますが。
- 稲田
- 汁って答えたときに、
イメージの中心にあるものは
和食のだしなんですよ。
かつおだし。いわゆる一番だしや合わせだし。 - だしって、
文明の退廃の極みだと思っています。
だしは、なんでおいしいかわかります?
- ──
- えっと、アミノ酸が入っているからですか?
- 稲田
- そう。
アミノ酸やイノシン酸ですね。
ではわれわれは
なぜそのアミノ酸などが溶け出した液体が
美味しいと思うかというと、
飲むことによって
舌がここにタンパク質があると錯覚するわけなんです。 - 人類はだしの旨味を味わったら
「これはタンパク質が豊富な栄養たっぷりの食べ物だ」
と思うから、
美味しいと思って一生懸命食べようとするんです。 - けれど残念ながら、だしにはほぼタンパク質はないんです。
すごいことですよ。
だって生物として生まれ持った味覚というものを
料理という文化が騙して、
快楽だけを得ようとしている。
だしというものは、とんでもないものなんです。 - 僕は何が言いたいかというと、
だし=汁というのは、料理文化の極みなのであって、
何か一つを特別扱いするとするならば、
もう汁しかないだろうと思っているんですね。
- ──
- われわれは汁に騙されていたんですね。
- 稲田
- 汁を選ぶ理由はもう一つあります。
人類は大昔だったら30歳ぐらいで死んでいたのが、
50年、60年、80年、100年と寿命を伸ばしてきました。
当然、老後というものがあるわけですよ。 - 「老後になったら、
いろいろな快楽を諦めなきゃいけない」
という前提で、老後を迎えるのは嫌じゃないですか。
老後というのは生きていれば誰にでも来るものですが、
僕はあきらめがよくないので、
老後になっても楽しむというスタンスを持ちたい。
それには老後になっても楽しめる食べ物を
好物にしておいたほうが無理がない。
- ──
- 汁だといつまでも楽しみやすいということですね。
- 稲田
- 肉が好きとした場合、
歯がなくなって「ああ、もう肉が食えなくなった」と
ショックを受けたり、
がっかりするかもしれないけど、
「わしは汁が好きじゃ」と言い張ってたら、
エンドレスで死ぬまで楽しめるんです。 - 最近知ったのは、
とろみつけないといけないらしいですね。
とろみがない汁は老体には飲み込みにくいらしいんですよ。
でも何の問題もない。
「あんかけのあんが好きだ」といえばいい。
これはあの死ぬまで快楽をあきらめないということのために
汁好きは貫きとおそうと決意しているんです。
- ──
- 稲田さんは“好き”を論理的に考えて
決意までしているんですね。
- 稲田
- やはり人間は何かを自然に好きになるものではなく、
自分が好きになりたいと思ったものを好きになる。
なりたいと思った自分になっていくわけなんです。
とくに食べ物はこの要素が強いと思っています。 - 例えば好物。
みんなたまたま食べたものがおいしくて好物になった
と思っているかもしれないけど、
案外そんなことはないんです。 - パクチーという食べ物があります。
パクチーをなんとなく食べたら美味しかった。
好きになり、ハマりました。
ではなくて、
きっと深層真理で
「パクチーが好きな私になりたい」という思いがないと
そうそう好きにならないと思うんですよ。 - それを自然に好きになったかのように
思っている人もいるかもしれないけれど、
おそらく自分の意志で「パクチーが好きな私が好き」と
思っていたはずなんです。 - 「何々が好きな私が好きだから、私はこれが好き」とは
みんな恥ずかしがって言わないんだけど、
もっと堂々と言ったらいいと思います。
- ──
- そう言われると、
パクチーを初めて食べたときちょっと違和感があったけど、
これがアジアの味なんだと、
魅力を理解したいという気持ちがあったからこそ
味に慣れたような気がしますね。
- 稲田
- そうです。完全に僕もそう。
自分が好きになったものはだいたいそうです。
もちろん努力もせず自然と好きになってきたものは
あるけれども、
意識して「これを好きになろう」と思って、
好きになったもののほうが、
結果的にかけがえのないものになるんですよ。
- ──
- そうですか?
- 稲田
- 例えばバナナ。
バナナは中には嫌いな人もいるかもしれませんが
多くの人が気がついたときから好きだと思うんです。
一方、ミョウガ。
ミョウガって人生の途中に好きになったでしょ。
子どもの頃から「バナナうまい、ミョウガうまい」
という人って多分ほとんどいない。
人生の途中からミョウガを好きになる。 - お酒を飲み始めたら、好きになるとよく言われますね。
好きになるときは、
ちょっと頑張って食べてみようという
きっかけあったと思うんです。
どこかに無意識的にせよ、意識的にせよ、
ミョウガを好きになりたいと思った瞬間があったから
好きになったわけですよ。
- ──
- なるほど。たしかにミョウガに出会ったとき
「これが大人の味ってものだな」って
自分に言い聞かせるようにして食べたかもしれません。
- 稲田
- ではいまミョウガとバナナ、両方が好きだとして、
人生から消えていいのどっちだと考えると
おそらくミョウガを捨てられない大人が多いと思うんです。
だから人生の後から意識的に好きになったもののほうが
愛着が湧く、執着が強くなる
という傾向はあるのかなと。 - なんなら僕は南インド料理だって
無理やり好きになったみたいなところはありますからね。
- ──
- え、そうなんですか。
(つづきます)
2025-02-15-SAT
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