
朝から晩まで食のことを考えているような
“食べること”に並々ならぬ情熱を
持っている人に魅力を感じます。
彼らが食への興味を持ったきっかけは?
日々どんなルールで生活しているのか。
食いしん坊の生き方を探究したい気持ちから
このインタビューが始まりました。
お話を聞きに行ったのは、
南インド料理ブームの火付け役であり、
食に関するエッセイをたくさん書いている
「エリックサウス」総料理長の稲田俊輔さん。
飲食チェーン店から人気のレストランまで
守備範囲が広い稲田さんが
食いしん坊になった理由を
じっくり聞きました。
見習い食いしん坊かごしまがお送りします。
稲田俊輔(いなだしゅんすけ)
料理人・飲食店プロデューサー。
南インド料理店「エリックサウス」総料理長。
鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、酒類メーカーを経て飲食業界へ。
南インド料理ブームの火付け役であり、
近年はレシピ本をはじめ、旺盛な執筆活動で知られている。
近著に『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)
『ミニマル料理』『ミニマル料理「和」』(ともに柴田書店)などがある。
- ──
- 稲田さんが他人と違うレベルで
食べることに情熱を持っていることに
気がついたのは何歳ぐらいのときですか?
- 稲田
- 大学生になって実家を出て、
京都で一人暮らしを始めたときに初めて気がつきましたね。 - 自分が特別に食に強い興味を抱いているというよりも、
学校とかバイト先の友達とかも含めて、
世の中の人たちは
「なぜこんなに食べることに対して、冷淡なんだろう」
と思いました。
食べることはどうでもいいと思っているように見えて
それが不思議だったんですけど、
よくよく考えたら、
それがマジョリティなのであって、
自分が少数派なんだなって
しばらく経ってから気づきましたね。
- ──
- 食に対して情熱があるから、
周りが冷淡に見えたと。
- 稲田
- でしたね。
大学生だと授業とかサークルとかが終わって
「飯、食いに行こうー」みたいなとき、
僕は「このメンバーだったらどこに行って、
何を食べるか、そこで自分はどれを選ぶか」
みたいなことを考え始めるんだけど、
「すぐ近くにあるお店でいいじゃん」という感じで
とりあえず手近なお店に行こうとするんです。
「待って。本当にいいの?」
「もうちょっと真剣に考えない?」って思うんだけど、
そのノリはあんまり通じないみたいなところがありました。 - 行きたい店を提案しても
「なんでわざわざそんな遠くまで行くの?」と言われたり。
「歩いて10分くらいかかるじゃん。
しかもなんか高いよ」みたいな。
僕としては、
「そんな理由で行かないってあり得る?
それは行かない理由にならなくない?」って
思うんですけど、
「そうだね」ってそっとしておく。
こうしたやりとりがあって。
「こういうとき主張したら多分いけないんだ」と
学びました。
- ──
- 稲田青年はマジョリティに合わせていたんですね。
- 一人暮らしのワンルームを改造して、
キッチンに住んでいる感じだったとか?
- 稲田
- やっていましたね。
一人暮らしになると
自分一人で完結する趣味だったら何やってもいいから。 - そもそも一人暮らししたいがために
受験勉強を頑張ったようなもんですからね。
堂々と家を出る口実がほしかった。
だから好き勝手していました。
- ──
- 稲田さんの普段の食生活について
聞いてみていいですか?
- 稲田
- めちゃくちゃ食べる人って思われているようですが、
意外と食べないかもしれません。
よく「1日何食ですか?」って聞かれることがありますが、
「大体1.5食です」と答えます。
- ──
- えっと、1.5食ですか。
- 稲田
- 0.5食とは何かという話ですよね。
食事というにはちょっと軽かったり、
シンプルだったりするみたいなものを
「むしやしない」と定義していて、
それを0.5食としています。
「むしやしない」というのは、
京都の古い言葉で、もうほとんど使われてない言葉です。
ちょっとした腹ふさぎで、
おやつと食事の中間みたいなイメージです。 - よくあるパターンとしては、
昼に0.5食、つまりむしやしないを食べて、
夜はがっつり食事をすることが多いです。
- ──
- ロイヤルホストでフルコース仕立てで
1万円分食べているイメージがあるので、
たくさん食べるイメージがありました。
- 稲田
- そういうこともたまにはしますけど、
普段はつつましやかなんですよ。 - ただ、食事に対しては
ある種のこだわりみたいなものがあります。
それは1時間以内で終わるものは
食事ではないということ。
食事には最低1時間以上かけたいんです。 - 別にたくさん食べたいとか
豪華なもの食べたいとかじゃなくって、
だらだらと、ちまちまと素朴なものを食べ続けたい。
それで1時間はかけたい。
そうなると、
品数は多く欲しい。
なるべくいろんなものを
ゆっくり時間をかけて食べることを
“食事”と呼んでいるわけです。
- ──
- 小鉢がたくさんあるような。
明確なこだわりですね。
- 稲田
- だから逆に言うとそこに満たないものは、
むしやしない。
例えばお昼に「そばで済まそう」はむしやしないですよね。
吉野家に行って「牛丼の並だけを食べよう」も
むしやしないです。
ラーメンもむしやしないなんですよ。 - ラーメンを食事にするとしたら、
いろいろとちまちま食べたあとの
締めラーメンである必要がある。
ラーメンのみは僕の中でむしやしないとして
カウントされます。
- ──
- なるほど。
- 稲田
- 非常に難しいのが、
定食というジャンルですね。
定食って食べるのに1時間かからないわけですよ。
まあ15分、長くても30分。
そういう意味では食事ではないんだけど、
でも限りなく食事に近いじゃないですか。
- ──
- メインのほか漬物や小鉢がつく定食は多いですね。
- 稲田
- 定食の中でも、
大物と言えるのはとんかつ定食です。
僕は最近、
とんかつ定食だけは
食事に入れることにしました。
- ──
- ボリュームが多いので食事ということですか?
- 稲田
- 単純にボリューム的なこともありますが、
とんかつ定食は、
1時間とは言わないけど
結構引き伸ばせるんです。
- ──
- ひと切れずつ味を変えるみたいな?
- 稲田
- はい、そのような流れを考えます。
とんかつのロースカツは、いろんな切り方があるけど、
一番オーソドックスなものとしては
6切れに切られています。
これをL1、L2、L3、L4、L5、L6と
それぞれ個体識別をします。 - つまりロースカツはロースカツなんだけど、
実は6種の肉料理のミニコースであると
とらえ直すことができるんですね。
6種の肉は全然個性が違うわけなんですよ。
- ──
- 脂の入り具合とか?
- 稲田
- その通りです。
やはり主役はL3なんですよ。
真ん中のだいたいL3とL4の間をひっくり返すと
ちょっとピンク色になっている。
だから職人さんはこのL3とL4の境目に
絶妙な火を通すために腕を磨いていると言ってもいい。
やっぱりL3、L4は主役なんだけど、
体積的にL3が若干大きいので、
一応L3を大将としています。
- ──
- LはロースのLですか?
- 稲田
- LはロースのLであり、line、つまり列のLです。
例えばL6は非常に脂身がこってりとついていて、
わんぱくで荒ぶる肉みたいなところがありますね。 - 基本的にはL4まではほとんどソースは使わず、
塩か、塩とからしのみでいくんです。
L5、L6だけはソースをかけます。
ご飯はL5、L6で食べます。
- ──
- ご飯はL5、L6で食べる。
- 稲田
- 最後のほうに。
早くてもL4の後半からですね。
それまではご飯に手をつけません。
どこでキャベツを減らしていくとかも含めて
組み立てていくと、
とんかつ定食は食事に昇格可能なんです。
- ──
- とんかつ定食を
このような視点で考えたことがなかったので、
驚きました。
とんかつ定食の見方が変わりそうです。
- 稲田
- L1からL6までを一緒にしちゃいけません。
それぞれ本当に個性豊かな一品なので。 - 上品なお店では、
とんかつの肉の脂の部分を
バサッとトリミングしているんですね。
高級店だからこそできる贅沢なやり方なんだけど、
L6の脂身がごっそり切り捨てられていることがある。
最後まで食べ進めてL6に脂がなかったときは
暗澹たる気持ちになります。 - 最近はお店に入る前に、
雰囲気とかあと価格設定とか
あるいは目の前で揚げているとんかつの様子を見て
L6に脂身があるタイプかどうかは
予測して望むようにしています。
- ──
- とんかつ定食は、とんかつのほかには
ご飯と味噌汁とキャベツと漬物ぐらいですよね?
- 稲田
- そうです。
たまにそこにエビフライなどを追加できる店も
あります。
そういう場合はなるべくフライなどの援軍も
呼び寄せつつ食事にしていきます。
- ──
- とんかつような同じ揚げ物の定食でも
カキフライ定食だと、
このLのようにライン付けができないですね。
- 稲田
- できないんです。
だからカキフライ定食の季節は
なるべくミックスフライもあるお店を選びます。
カキ、カキ、カキ、カキじゃなくて、
カキ、カキ、エビフライ、カニクリームコロッケみたいな
組み合わせがいいです。
- ──
- そうすると食事に昇格できそうですね。
- 稲田
- そうなんです。ミックスフライは割と食事にしやすいです。
そういう意味では、
カツカレーは食事に昇格できないんですよ。
だけど
カツレツとカレーライスを別でオーダーできるお店は
食事に昇格できます。 - まあ、気の持ちようみたいなところありますね。
基本的に夜にゆっくり、
なるべく時間をかけて食べたいです。
(つづきます)
2025-02-14-FRI
-

稲田俊輔さんの最新刊
『ミニマル料理「和」』
(柴田書店、2024)「必要最小限の材料と手順を追求しつつ、
美味しさを実現するための必要な手間と時間は惜しまない」
という「ミニマル料理」シリーズの第2弾。
親子丼や牛丼、生姜焼きといった
身近な和食をテーマにしたレシピ本。
牛肉と大葉でつくる「しそバター牛肉」
豚しゃぶの茹で汁でつくる「概念豚汁」など、
手軽につくれる日常料理が
たっぷり載っています。(Amazon.co.jpのページへ)