朝から晩まで食のことを考えているような
“食べること”に並々ならぬ情熱を
持っている人に魅力を感じます。
彼らが食への興味を持ったきっかけは?
日々どんなルールで生活しているのか。
食いしん坊の生き方を探究したい気持ちから
このインタビューが始まりました。

お話を聞きに行ったのは、
南インド料理ブームの火付け役であり、
食に関するエッセイをたくさん書いている
「エリックサウス」総料理長の稲田俊輔さん。
飲食チェーン店から人気のレストランまで
守備範囲が広い稲田さんが
食いしん坊になった理由を
じっくり聞きました。

見習い食いしん坊かごしまがお送りします。

>稲田俊輔さんプロフィール

稲田俊輔(いなだしゅんすけ)

料理人・飲食店プロデューサー。
南インド料理店「エリックサウス」総料理長。
鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、酒類メーカーを経て飲食業界へ。
南インド料理ブームの火付け役であり、
近年はレシピ本をはじめ、旺盛な執筆活動で知られている。
近著に『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)
『ミニマル料理』『ミニマル料理「和」』(ともに柴田書店)などがある。

X (旧Twitter)

この対談の動画は「ほぼ日の學校」でご覧いただけます。

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第4回 「いい店ベスト3」を毎年決める祖母

──
稲田さんがなぜこんなに食いしん坊になったのかについて
お聞きしたいです。
家族には食べ物に興味ある人が多かったんですよね?
稲田
そうなんですよね。
両親も親族一同も、父方も母方も共通して
みんな食べることに対して真剣というか、
おろそかにしないみたいな雰囲気はありましたね。
もっと言うと、ある意味、快楽主義的に
食べ物から多くの喜びを得ようとしていました。
これは後になってから気がついたことですけど。

──
一家は積極的な食いしん坊だったんですね。
日々の食事は
親御さんが作っていたんですか?
稲田
そうですね。
一回一回の食事をおざなりにしないところは
ありました。
とはいえ、めちゃくちゃ手が込んでいる料理が
出されていたわけではないし、
豪華なものを食べていたわけでもないんです。
ほんのちょっとしたことに、気持ちが入るというか。
──
例えばどんなことでしょう?
稲田
母親が用意してくれた晩ご飯を
家族で食べるときも、
その食卓で食べ物の話しかしてないんですよ。
その日の並んだ料理のことや、食の話ばかり。
小学生がいる家庭って、ご飯の時間に
「今日、学校で何があったか話してみなさい」みたいな
1日あったことをお互い話そうというノリがありますよね。
うちではそんな話は1回もしたことなくて。
おかずとして鮭を焼いたものが出ていたら、
親父が「鮭は脂が乗ってるほうがうまいが、
鮭の皮は脂が乗ってない鮭の皮のほうがうまい」
みたいなことを言い始めて、
それを受けて僕が
「脂が乗ってない鮭でも、
お腹のこの細いとこだけは脂が乗っててうまいよね」
みたいな話をする。
そしたら母親が
「北海道の熊は鮭を取ったら、
まずお腹から食べるらしいよ」みたいな。
永遠そうやって鮭を巡って話をする感じでしたね。
親父が「今日の鮭は 甘塩で、なかなか品が良くていい。
これは実は醤油とか大根のじゃなくて、
タルタルソースをつけたほうが 美味いんじゃないか」
みたいなことを言い出したら、
母親が「ちょっと作ってくる」って
台所に行って、
チャチャっと簡単なタルタルソースを作ってくる。
──
お母さん、フットワーク軽いですね。
稲田
アサリのバター蒸しが晩ご飯だったら、
それを食べながら
誰かが「この汁、絶対おいしいスープになるよね」
と言うと、
母が「ちょっとこれでスープ作ってくる」って、
煮汁を台所に持っていって、
スープにして戻ってきたりとか。
──
料理の二毛作のような(笑)。
稲田
うちの祖母は、
デパ地下という言葉がなかった時代から
デパ地下マニアのような人でした。
あと、まだレビューサイトがない時代に、
年間のうなぎベスト3と中華ベスト3のお店を
個人的に決めていました。
「一人食べログ」みたいな。
「いやー、2年ぶりにあの店が1位に返り咲いたのよ。
うれしくてねー」と言ってました。
自分で勝手にランキングを決めて、
それでずっと低迷していた老舗が1位に浮上して
勝手に喜んで、
「職人さんが去年変わったのよ」とか言っていましたね。
わけわかんないですよね(笑)。

──
自分で採点しているのに、
お店が返り咲いて喜ぶおばあちゃん、面白いです。
稲田
親族の集まるときは、
その年の1位のところから出前をとっていました。
一人でアワード(表彰)のようなことを
やっていましたね。
──
いいですね。
毎年美味しいものが食べられそうです。
稲田
妹が2人いて、
2人とも順調に食いしん坊に育っていますね。
やっぱり食いしん坊じゃない親戚は
僕が知る限りいないですね。
でも不思議と、いわゆる料理人的な仕事についた人間は
自分以外いないんですよ。
みんな趣味というか。
生き様としての食いしん坊、みたいな感じで、
それを仕事にまでしようとした人間はいないです。
──
そうすると家族旅行も
食べ物中心になっていきますよね?
稲田
そうですね。
そもそも旅行というのは、
食べ物を食べるためのイベントだって
僕はずっと信じていました。
そうじゃないって気がついたのは
割と大人になって 。
30歳ぐらいになってから初めて気づいたのかな。
旅行の予定を立てて、
「じゃあ1日目はこの店で、
2日目はこの店とこの店で‥‥」
と言っていたら、
「晩ご飯の予定じゃなくて」みたいに突っ込まれる。
「いわゆる観光地とかがメインなんだ」って
そこで気がつきました。
──
周縁の民の人は
稲田さんみたいな食いしん坊一家で
育った人が多いんですか?
稲田
どうかな。家族の話まではなかなかしないですけど、
周縁の民の人たちは
大人になってから目覚めるというより
子どものときから何らかの
特殊な食体験を積んできた人が多いような気はしますね。
──
食いしん坊は、
生まれながらのものなのか、
それとも経験を積んでなるものでしょうか?
稲田
生まれながらはありえないような気がするんですけど。
どうなんでしょうね‥‥。
それこそ旧石器時代ぐらいまでさかのぼると、
人類にはある一定数、
お腹を壊したりすることを恐れずに
いろんなものをとりあえず食べてみる役回りの人間が
必要だったと聞いたことあります。
人類全員が何でも食べてしまうと全滅するリスクがある。
かといって食べられるものの範囲を広げていかないと
作物が取れなくなったとき、
別のもので食いつないでいかないと人口が減ってしまう。
そのためにも、
食に対して好奇心の強い、
興味が止められないようなタイプの人たちが
いたんでしょうね。
今、気づきましたけど、
多分これが周縁の民の祖先ですね。
人類の5%ぐらいに、
こういった祖先のDNAや遺伝子であるのかもしれない。
──
この実を食べたらお腹を壊すけど、
焼くと大丈夫みたいなことを試してくれる
人たちですね。
稲田
そうです。
毎日お腹を壊しながらも、
食べられるか食べられないかを挑戦していった
ご先祖様がいそうな気がしますね。
って適当なこと言ってますけど(笑)

(つづきます)

2025-02-13-THU

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