朝から晩まで食のことを考えているような
“食べること”に並々ならぬ情熱を
持っている人に魅力を感じます。
彼らが食への興味を持ったきっかけは?
日々どんなルールで生活しているのか。
食いしん坊の生き方を探究したい気持ちから
このインタビューが始まりました。

お話を聞きに行ったのは、
南インド料理ブームの火付け役であり、
食に関するエッセイをたくさん書いている
「エリックサウス」総料理長の稲田俊輔さん。
飲食チェーン店から人気のレストランまで
守備範囲が広い稲田さんが
食いしん坊になった理由を
じっくり聞きました。

見習い食いしん坊かごしまがお送りします。

>稲田俊輔さんプロフィール

稲田俊輔(いなだしゅんすけ)

料理人・飲食店プロデューサー。
南インド料理店「エリックサウス」総料理長。
鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、酒類メーカーを経て飲食業界へ。
南インド料理ブームの火付け役であり、
近年はレシピ本をはじめ、旺盛な執筆活動で知られている。
近著に『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)
『ミニマル料理』『ミニマル料理「和」』(ともに柴田書店)などがある。

X (旧Twitter)

この対談の動画は「ほぼ日の學校」でご覧いただけます。

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第3回 サイゼリヤやロイホを斜めから見る

──
稲田さんは周縁の民であると思うのですが、
稲田さんが総料理長を務める
南インド料理のお店「エリックサウス」は
日本全国に12店舗あり、行列ができています。
行列ができるほど
多くの人に受け入れられているということは
エリックサウスは周縁の民から
最適解の民まで届いているということですか?
稲田
そうですね。
エリックサウスは本場の南インド料理を
できるだけ忠実に提供しているので、
周縁にありながら
最適解の民の一部まで届いていると思いますし、
届かせようとしました。
自分としては
お店を運営するにあたって一番来てほしい人は、
そのジャンルの熱烈なマニアの人に来てほしいんですよ。
つまり南インド料理における周縁の民です。
でも、お店がそういう人々だけで埋まってしまうのは
それはそれで嫌なんです。
お店に周縁から最適解の中央のほうからも人々が来て、
自然に共存してほしいんです。
あと単純に最適解からもお客さんが来てくれないと
ビジネスとして成立しないこともあります。
エリックサウスの席数は
1店舗あたり20〜30席程度です。
席を埋めようと思ったら、周縁の民だけでなく、
いろんな人が来てもらわなければいけない。
だからエリックサウスみたいに、
周縁にありならも、
ある程度多くの人が来てくるところを
「周縁の都」と呼んでいるんです。

──:
周縁の都ですか。新しいワードですね。

稲田:
砂漠にもオアシスの街があるようなイメージで、
首都ではないんだけど、辺境にある都です。
周縁にも、いくつか周縁の都みたいなものがあって
ちょっと栄えているイメージです。

──:
いろいろな人がいて、
わいわい交易をしているような。

稲田:
そうです。
南インド料理だけでなく
いろいろな料理に周縁の都があるなと思いますね。

──:
普段から「あの店は周縁の都っぽいな」などと
周縁の都という言葉を使っているんですか?

稲田:
普段から使っています。
僕は考えていることをイメージじゃなくて
言語化をしたいと常に思っています。
モヤモヤと浮かんだ概念に対しては
ピッタリとくる言葉を探し続けています。

──:
言葉選びが秀逸ですね。

稲田:
そうですかね。
合う言葉を無理やりひねくり出している感じですけどね。
言葉が表現する世界の強さは
僕は昔からずっと大好きではありましたから。

──:
繁盛店は
最適解の民の気持ちもわからないと運営できない
と思うんですけど、
稲田さんは、最適解の民の気持ちを理解しようと
努力をしているんですか?

稲田:
ええ、まさに理解しようと努力しています。
最適解の民が何を望み、何をよしとしているのかを
感覚に理解するのは無理なので、
知識として得ようとしてます。

でもそこには限界があるんですよ。
感覚として腹に落ちてくるものと、
知識として詰め込もうとしたものは同じではない。

だから僕は最適解の民のニーズや感覚を想像するけど、
感覚として腹落ちすること自体はとても苦手だと
認識しています。

だからビジネスでは一人では考えないようにしています。
自分よりは最適解の民ことを理解できる人はいるので
そういう人たちを巻き込むようにしているんです。

──:
稲田さんといえばブログの「サイゼリヤ100%活用法」

「ロイホ(ロイヤルホスト)流フルコース」

話題になりましたよね。
サイゼリヤ100%活用術は、コース仕立てで、
このサイドメニュー同士を組み合わせて食べると
美味しいとか
サイゼリヤのアレンジメニューの先駆けでしたよね。

ファミレスであるサイゼリヤやロイヤルホストは
美味しいですが、大衆的な料理のお店だと思うんですけど。
そこは最適解の民の気持ちをわかって考えたのでしょうか?

稲田:
いや、むしろ逆です。
最適解の人々から見ると、
ファミレスの世界は日常的なもので、
つまらないものに見えることもあるかもしれないけど、
周縁の民が周縁の地から斜めの角度で見ると
実は全然違うように見えるよ、ということを
伝えたかった文章なんです。

──
そういうことだったんですか。
稲田
要するに、
ロイヤルホストを最適の民が見上げるその世界と
世界の端っこから周縁の民が見るものでは
全然違うものが見えているんです。
周縁の民から見ると
ロイヤルホストはこんなに面白いんですよと伝えたら、
最適解の人たちも「ああそういう見方があったのか!」
と面白がってくれたんです。
それで、あわよくば、
「周縁から見るとそんなふうに面白いのね。
だったら自分たちも周縁に行ってみようかな」と
周縁の人口を増やそうとしているような
遠大な計画もありました。
──
そんな狙いもあったんですね。
稲田
そうです。
最適解の民のイメージって、
まあまあ食事が好きな人だけど、マニアまではいかない。
さっき言った、
世の中には食べることが好きな人と異常に好きな人がいる。
前者の食べることが好きな人というのは、
最適解の地にいますが最適解の地は広いから、
いろんな人がいるんですよね。
周縁寄りの人も、地下に潜っている人とかね。
周縁寄りの最適解の民が、周縁に来てくれたらいいなと。
──
フードサイコパスというところからスタートして、
「周縁の民理論」に行き着いたと。
稲田
実は、フードサイコパスという言葉は
今はあまり使っていなくて。
人から言われたら説明するっていう程度にしています。
──
そうなんですか。
稲田
もともとは内輪で使っていたのですが、
それがどんどん広がっていくと、
サイコパスという言葉自体とても強い言葉なので、
嫌な印象を持たれる方もいるようで。
それで封印したんです。
その代わりに使っているのが
「ナチュラルボーン食いしん坊」。
──
訳すと「生まれながらの食いしん坊」ですが。
稲田
「ナチュラルボーン食いしん坊」には
深い意味はないんです。
つまり世の中のほとんどの人が
食べることが好きなわけで、
「ナチュラルボーン食いしん坊」は
何も言っていないのに等しいんです。
人間ですと同じ意味です。
──
確かにほとんどの人が、
食いしん坊ですからね。
稲田
「周縁の民理論」は最近たどりついたのですが、
非常に便利な理論で、
いろんな世界で起こるいろんな事象が
説明できるんですよ。
──
食べ物でなくても、ですか?
稲田
そうです。
食べ物以外でも応用範囲が広いんです。
それこそ音楽とか映画とかにも
あり得ることなんです。
音楽にも最適解の民と周縁の民がいます。
──
確かにそうですよね。
すごく一部のマニアだけに受ける音楽もあって、
その世界観も大事だけど、
もうちょっと大衆にその良さを広げていきたいとか。
稲田
そうです。
分かってくれる人だけに分かってほしい音楽は
周縁にあるというイメージです。
あらゆる趣味的なことが関わってくると
必ずその構造になる。
おそらくいろいろな趣味の世界で周縁の民理論の構造が
マルチバース的にあると思うんですよ。
だから一部のマニアが優越感を持ったり、
そうじゃない人々を見下したりすると、
おそらくそのジャンルはどんどん衰退していくんです。
──
なるほど。
周縁の民と最適解の民は対立しないほうがいい。
稲田
上手に住み分けていったり、
上手にお互い仲間を増やしていったりすれば、
その分野は
平和的に発展していきそうな気がするんですよね。
──
すごいですね。
食文化を発展させるためにも、
周縁の民と最適解の民をうまく共存させることが
大事なんですね。
共存できればその世界は発展することも
どんな分野にも応用が効きそうな気がしています。

(つづきます)

2025-02-12-WED

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