群馬県、赤城山のふもとに、
白川小学校という学校があります。
卒業を控えた6年生のみなさんはいま、
「楽しく働くには」をテーマに、
生き方を考えるスタートラインに立っています。
そんな6年生を受け持つ先生が、糸井を
「楽しく働いている大人のモデル」として、
授業に招いてくださりました。
そこで、赤城山の頂上にある「ほぼの駅 AKAGI」で
ストーブを囲み、12名の6年生と糸井が話すことに。
たくさんの未来のいつかに思い出してほしい、
一歩目を一緒に踏み出しました。

前へ目次ページへ次へ

【第3回】心配するなよ。

白川小学校のYさんが手を挙げている。

先生
じゃあ、Yさん、どうぞ。
Yさん
ぼくはなにかを継続することが苦手です。
糸井さんは、どうしたらエッセイを
27年間書き続けることができましたか。
糸井
ぼくもよく「飽きっぽい」って言われていたよ。
子どものときは、通信簿に
「飽きっぽい」って書かれてた。
一同
(笑)
糸井
自慢じゃないですけど、
成績自体はよかったんですよ。
でも、「飽きっぽい」って書かれた。
それで、親も「しょうがねえよなあ」
って言ってたの。
で、そのまんま大人になっちゃいました。
続かないのには、ふたつのパターンがあるんです。
ひとつは、
「続けてもこれ以上おもしろくならない」と
わかっちゃったとき。
もうひとつは、
「もうちょっと続ければおもしろくなるんだけど」
っていうとき。
この場合は、先に行っている人は、
続けた先の楽しさを知ってるんですよ。
Yさんは、いま、
なにかやってることはありますか。
Yさん
野球やってます。
糸井
きっと、野球を、
自分より長くもっとやってる先輩たちが
いるじゃない? 
その先輩たちは、
「Yがいま野球をおもしろいと思ってる以上に、
続けた先の野球はおもしろいんだよ」って
知ってるんですよ。
で、「そのおもしろさにタッチしてみたいなぁ」
「その気持ちになってみたいもんだなあ」
と思ったら、続け方が、
ちょっとわかるかもしれない。
やりたいことややりかけのことがあるときには、
そのことを楽しくやってる人を見るのは、
わりに、続けるコツかもしれないです。
先輩を見て「ぼくはもういいや」と思ったら、
別に、やめてもいいし。誰も怒らないからね。

質問したYさんをはじめ、白川小学校の生徒さんたちが糸井の話を聞いている。

糸井
さっき話した孔子さんは、
「あることを知っている人は、
それを好きでいる人にかなわない。
好きでいる人は、
それを楽しんでいる人にかなわない」
ということを言っています。
つまり「楽しんでるやつにはかなわない」
ってことなんだ。
楽んでいる人を観察すると、
その人の楽しさのところまで、
行ける可能性が出るんだよ。
だから、いちばん野球を楽しいと
思っていそうな人を見つけて、
「その人はなにを楽しんでるんだろう」というのを
観察する日をつくってみたらどうかな? 
先生に言ったら、「おお、そうしろ、そうしろ」
ってやらせてくれると思うよ。
でも、ぼくは飽きっぽいままで
77歳にまでなりましたから、
飽きっぽいのを心配する必要もないです。
飽きっぽいのに、Yさんが言ってくれたとおり、
「ほぼ日」っていうサイトの原稿を、
ぼくは休まずに27年間書いてるんだからね。
飽きてても、やれるんですよ(笑)。
先生
ありがとうございます。
続いて、誰かどうですか。
糸井
みんな、ちゃんとした質問だね。

糸井が笑っている。

先生
はい、Nさん、どうぞ。
Nさん
えっと、これから自分が大人になっていくと、
困難っていうのも訪れると思うんです。
困難の乗り越え方を教えてください。
糸井
困難ねぇ。
みんな、なんだか心配してるね。
飽きっぽいとかさ、困難が来たらどうしようとか、
どう言えばいいんでしょう。
みんな、心配するなよ。

糸井が少し困ったように笑っている。

糸井
困難、あるよ。みんなある。
みなさんはいま、11、12歳かな? 
そのくらいの歳のときから、
ぼくのいまの歳になるまでに
困難はあったし、飽きちゃったこともあったし、
申し訳ないこともあったし、失敗もあった。
でも、全部、あったとしても
乗り越えるようにしてるんだ。
で、だいたいの困難はたいしたことないんだよ。
だから、困難が来る前から心配しなくていい。
困難来る、オッケー、カモン。
一同
(笑)
糸井
もちろん、
本当にたいしたことある困難だってあります。
災害で家族が亡くなってしまった人も大勢いるし、
あるいは、家族がケンカをせずに
ごはんを食べさせてくれる家ばかりではない。
親が子どもに虐待(ぎゃくたい)するなんてことは、
困難どころじゃないですよね。
自分に問題がある困難だったら
まだ乗り越えられるけど、
いちばん好きで、信頼したい人から
虐待を受けるなんてことは。
いま、そんな状態じゃなくて、
助けてくれる大人がいて、
ここでストーブを囲んでいるなら、
「これから困難が来るたらどうしたらいいだろう。
いまのままじゃだめなんじゃないかな」
なんて、考えなくていいです。
いまのままで全然だめじゃないから、
困難が来たとき考えればいいよ。
「どう乗り越えたか」は、ぼくもよくわかんない。
乗り越えたかどうかもわかんない。
だけど、ひとついえるのは、
前もって怖がってたぶんだけ、
いざ困難が来たときにビビるってことです。
ビビったときには力が出ない。
ビビらないほうが、力が出ます。

糸井が白川小学校のみなさんに話している後ろ姿。

糸井
「そろそろ来そうだぞ」とわかる困難に対しては、
みんな、準備すると思うのね。
その準備が足りなければ
やっぱり押し流されてしまうし、
うまくいったら困難を除けられる。
結果はいろいろありますけど、
どちらにしても、そこで初めて
自分の生命力が育つんです。
困難も失敗と一緒で、適度にないと、
思いやりのある人にはなりにくいです。
だから、困難もちょっと楽しみにするくらいで、
怖がらずに待ちかまえてたほうが
いいんじゃないでしょうか。
ということで、みなさん、
きょう質問してくれたこと、
全部心配しなくていいよ。
一同
(笑)
糸井
絶対だいじょうぶ。
Nさん
はい。

白川小学校のみなさんが糸井の話を聞いたりメモをとったりしている。

糸井
全体に、男の子の質問のほうが心配していますね。
先生
たしかに、みんな心配性で(笑)。

(明日に続きます)

2026-01-23-FRI

前へ目次ページへ次へ