三國万里子さんが書いた初のエッセイ本
『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』が
この秋、新潮社から発売されました。
三國さんはニットデザイナーですが、
この本は純粋に文学としての力を持っている本です。
なにしろ、由緒ある出版社である新潮社さんが、
「この文章はすばらしい!」と絶賛して、
トントン拍子に出版が決まったのですから。
そんな文学界の老舗、新潮社。1896年設立。
神楽坂にある社屋も歴史と伝統があって、
ものすごくかっこよくて、いろいろおもしろいんです。
いつかこの場所を紹介したいなあと思っていた
Miknits担当のほぼ日乗組員みちこが、
ある秋の日、三國万里子さんといっしょに
新潮社のあちこちを見学させていただきました。
日本を代表する文芸出版社、新潮社ってどんなところ?

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第4回 終わりなき校閲

松本
つづきましては、校閲部です。
みちこ
おおっ、ついに!
伝統ある、新潮社の校閲部!
三國
たのしみです。
松本
ご紹介します。
校閲部の江田と金作です。
江田
よろしくお願いいたします。
校閲部の江田です。
金作
校閲部の金作と申します。
よろしくお願いいたします。
松本
今回、「写真はなし」という
本人たちの意向を尊重させていただきます。

▲校閲部のお二人は写真は恥ずかしいので‥‥ということで、
校閲部のお部屋の写真をお届けします。 ▲校閲部のお二人は写真は恥ずかしいので‥‥ということで、 校閲部のお部屋の写真をお届けします。

みちこ
はい、それは、もちろん。
しかし‥‥あの、すみません、
なんか、想像してた「校閲さん」と
ぜんぜんイメージが違いました(笑)。
金作
どんな人を想像されてたんですか(笑)。
みちこ
ええと、茶色のベストとかで、
シャツでネクタイで、
腕カバーをして指サックしているおじさまを‥‥。
松本
なるほど、なるほど(笑)。
三國
お二人ともオフィスカジュアルな女性ですね。
金作
腕カバー(笑)。
みちこ
腕カバー、つけないんですか?
江田
つけないです(笑)。
あ、でも、指サックは使いますよ。
金作
私が入った25年くらい前は、
ネズミ色の背広を着たおじさんたちが
いっぱいいるような職場だったんですけど、
いまは女性もたくさんいますね。
江田
そうですね。
みちこ
校閲部は何人くらいいらっしゃるんですか。
金作
いまは雑誌も入れて、50人くらいでしょうか。
みちこ
50人! 大きな部署ですね。
金作
週刊新潮編集部のつぎに多いですかね。
出版社のなかで比率としては、
たぶん相当多い方かと思います。
三國
出版社によっては、校閲の業務を
外注してるところもありますよね。
江田
そうですね。
金作
新潮社もごく一部に外注はありますが、
社外校正者の手もかりつつ、
基本的には、中でやっております。
みちこ
あの、校閲さんの机といえば、
辞書がどどんと置いてあるイメージがありますが、
部署にはやっぱりたくさんの辞書が‥‥?
金作
そうですね、漢和辞典だけで全13巻とか。

みちこ
うわー(笑)。
松本
あと、いろんな辞典、
百科事典的なものもありますよね。

金作
あります、あります。もう本当に、
「なんじゃ、こりゃ?」っていう
雑誌もあったりとか。
みちこ
へえーーー。
金作
世界の軍事辞典みたいなのとか、
あと、語学マニアの先輩が置いていった
アイスランド語辞典とか。
三國
はーーーー。
金作
ちなみにアイスランド語の辞典は、
アイスランド語の語句を
ドイツ語で解説しているものしか置いてなくて、
この間、アイスランド語を引く機会があったんですが、
まず、アイスランド語からドイツ語を引いて、
で、ドイツ語の辞書をまた引く。
みちこ
それ、現役で使ってるってことですね。
金作
たまに、ヘブライ語辞典とか、
もう引き方さえよくわからない、
というようなものもあったりします。

三國
広辞苑とかはもう、
パソコンの中に入ってるって感じですか。
江田
広辞苑は紙で持っていて、
1人1冊、あります。
三國
1人1冊!
みちこ
50人で50冊!
金作
そして部内には、
広辞苑クラスになると初版からあります。
変遷がありますので。
みちこ
へえーーー。
三國
はーーーー。
金作
たとえば、漢字の使い方を調べるときも、
私たちは4種類の国語辞典を使っていて。
そのうちのどれかに載っていれば、
基本的に疑問を出さないという決まりがあるんですね。
たとえば、「違和感」ということばの
「違」という字を、ときどき、
「異なる」という漢字の「異」をつかって
「異和感」と表記する方もいらっしゃるんですね。
それはもともとは間違いではあるんですけど、
いま、『新明解国語辞典』『新潮現代国語辞典』では、
こういう書き方もあると採用されていますので、
もうそれについては、
「間違いでは?」という疑問は出さない。

▲これは金作さんの机。国語辞典が4つ。 ▲これは金作さんの机。国語辞典が4つ。

みちこ
はーーー、なるほど。
三國
インターネットやデジタルの辞書も使いますか。
江田
はい。校閲部で契約している
詳しい辞書サイトもありますから。
金作
オンラインで複数の言語の辞典を
調べられるようなものとか、
古語集みたいなものとか。

みちこ
はーーーーー。
みなさんは、新潮社に入社されてから、
配属先として校閲に?
江田
というわけではなくて、
新潮社校閲部の採用があるんですよ。

▲特定の行だけクローズアップする校閲グッズ。 ▲特定の行だけクローズアップする校閲グッズ。

三國
あっ、そうなんですね。
松本
かなり狭き門なんですよ。
だって、採用2人とかですから。
みちこ
採用って、試験とかがあるんですか。
金作
あります。入社試験の持ち物に、
「筆記用具、赤鉛筆含む」って書いてある(笑)。
みちこ
赤鉛筆必須の入社試験(笑)。
三國
みなさん、新卒採用なんですか?
江田
新卒もたくさんいますが、
中途採用の人も多いです。
私自身も、別の仕事をしてから入社試験を受けました。
みちこ
きっと難しい試験なんだろうなぁ。
新潮社の校閲はものすごくレベルが高い、
という噂をよくうかがいます。

▲使い込まれたハンコたち。職人技をささえています。 ▲使い込まれたハンコたち。職人技をささえています。

三國
私、今回の本で体験して、びっくりしました!
祖母の運転免許の取得について
「教習所はまだなかった」というふうに書いたんですけど、
校閲部の方からのコメントで、
「昭和20年代に教習所ができたんですが、
取ったのはできる前で間違いないですか?」とあって、
「さすが新潮社の校閲! 噂は本当だったんだ!」
と思いました(笑)。
金作
インターネットが普及してからはもう、
調べられることが多くなりすぎていて。
たとえば、行ったことのない国の裏道でも、
ネットで調べれば画像が出てきますから、
「本に出てくるこの看板があるのかどうか」
ということまで確認できて
疑問として出せてしまうんです。
江田
ストリートビューがありますからね。
みちこ
新しい技術もどんどん取り入れてるんですね。
すごいなー。

▲校了時のゲラは保管されています。 ▲校了時のゲラは保管されています。

松本
ぼくが入社してすぐの頃に校閲部のみなさんの
仕事を見ていて印象に残ったのは、
間違いなのか間違いじゃないのか微妙な、
グレーな領域ってあるじゃないですか。
そういうとき、校閲さんとしては、
ほんとうは、グレーじゃないように
修正したいんじゃないかなと思うんです。
でも、著者が変えたくないというときは、
著者の意思を優先させるんですよね。
江田
それは、もちろんです。
松本
ぼくは、勝手なイメージとしては、校閲さんって、
「ここは間違ってるから、絶対に変えてください」
って言うのかなと思ってたんですよ。
でも、よっぽどはっきりした間違いじゃない限り、
著者の意見を活かしますよね。
金作
そうですね。
やっぱり原稿は名前の出ている方のものですので。
もちろん、後々の影響とかを考えて、
著者に不利益になるものは全力で止めよう、
そういうことはありますが、
基本的には原稿は著者のもの。
指摘はしますが、最終的には著者の意向によります。
三國
新潮社の校閲さんの赤字って、
読んでると、お人柄が浮かんでくるっていうか、
そういうところはあります。
なんかね、伝わってくるの(笑)。
みちこ
三國さんはきっと
最上級のゲラをご覧になったんですね。
三國
こんな丁寧に見てくださるって、本当にすごい。
だからこそ、「私ごときが本を出すなんて」とか、
言ってはいけないな、と思いました。
それに値するものだと、著者も信じなければ。
みちこ
おふたりが三國さんの本を見られたのですか。
江田
私たちだけでなく、
今回はOBに担当をお願いしていました。
金作
私どもの校閲は、最終的には、
けっこうな人数の目を通しますので。
みちこ
1冊の本を何人もチェックするんですか?
金作
そうですね。初校と再校で2人ずつ見ています。
2人のうち1人は社外の人に依頼して、
目を変えて見て、で、合間に
スケジュール管理などを担当している進行の者が見て、
最終的にデスクの私の方で確認して校了、という感じです。

みちこ
1冊のチェックにだいたい
どのくらい時間をかけるんですか?
江田
うーん、そうですね、
もちろん内容にもよりますけど、
初校だったら、だいたい3週間くらい。
初校と再校を合わせて1か月くらいですかね。
金作
そうですね、1冊を1か月で見る感じ。
みちこ
はーーーー。

▲新潮文庫のフォーマット。 ▲新潮文庫のフォーマット。

三國
あの、単行本が文庫化されるときなんかも、
また読んだりするんですか?
江田
もちろんそうです。
三國
またイチから?
江田
はい(笑)。
三國
加筆されてなくても?
金作
加筆されてなくても、イチから見ます。
三國
それは何ゆえですか。
書いてあるデータは一緒ですよね?
金作
そうですね。
でも、やっぱり目を変えれば、
それなりに、なにか見つかりますから。
まったく何も見つからない本って、
ないんですよ、ほんとうに。

▲これをぜんぶ、もう一回読んでいる‥‥。 ▲これをぜんぶ、もう一回読んでいる‥‥。

松本
あんなに何人もの目を通してるのに、
見つかるんですよねぇ‥‥。
金作
文豪の何十刷、
という本から出たこともありました。
松本
そうなんですか! すごいなー。
三國
たぶん、時代が変わると、
校閲の基準も変わったりしますよね。
差別的表現などは時代によって変わりますし。
江田
おっしゃるとおりです。
差別的表現だけではないのですが、
とくに最近は移り変わりが激しいんですよ。
数年前に単行本で出たものを文庫にしようとすると、
当時は問題のなかった表現でも
引っ掛かることがあるんです。
金作
震災とか、社会的に大きい事件があったりすると、
人が気にする基準も変わってきますから。
そういうときは、著者の方にひとつひとつ
「どうしますか」と確かめるようにしていますが、
その対応も著者の方によっていろいろなんですよね。
文庫本は最終版として残りやすいので、
ぜひ直したいという方もいらっしゃるし、
「その当時書いたものなので、
それはそれとしてこのままでいいです」って
言う方もいらっしゃるし。

みちこ
あの、校閲するとき、
自分の好きな作家のゲラが来たら、
やっぱり心の中では、
うれしい! みたいな感じですか?
江田
うーん‥‥複雑な気持ちになりますよね。
純粋に読んでたのしみたかったっていう気持ちと
早く読めてうれしい、でも‥‥の葛藤が(笑)。
金作
読み方がもうまったく別なんですよね、
いち読者として読むときと、
校閲の仕事として読むときというのは。
でも‥‥来たときはやっぱりうれしいかな。
だって、世界で、数番目に読めるわけですから。
でも、やっぱりたのしんで読むことはできません。
みちこ
そうなんですねぇ(笑)。
あと、そんなに多くはないんですが、
私も本づくりに関わることがあって。
完成した本が届くと、間違いが見つかるのが怖くて
もう、薄目でしか見れないです。
金作
私たちもいちばん怖いのは、見本を開くときです。
みちこ
あっ、おなじですね(笑)。
金作
また見つかるんです、いろんなことが‥‥。
なんででしょうね、あれは。
できた後で見つかるんですよね。
松本
できあがった本をぱっと開いた瞬間、
浮き上がって見えるときありますよね!
金作
あります(笑)。
なんかあるような予感がして‥‥やっぱりある。
一同
(笑)
みちこ
ああーっ。
金作
でも、校閲部には、
発売後に見つかった赤字を
つぎの増刷のときに修正するために
書き出しておくという仕事があるので、
見ないわけにもいかないんですよ。

▲発売後に見つかった誤字などを記しておく「重版訂正表」。 ▲発売後に見つかった誤字などを記しておく「重版訂正表」。

みちこ
ああ‥‥薄目じゃなくて、
ちゃんと目を見開いて見なければいけないんですね。
三國
校閲の仕事って、終わらないんですね。
何度も見て、印刷されても、出版されても、
もう終わりってわけにはいかないんですね。 
金作
いかないんです。
何度も何度も見ては直して、です。

▲100刷以上の『バカの壁』はこんなにたくさんの重版の記録がありました。
すごい。 ▲100刷以上の『バカの壁』はこんなにたくさんの重版の記録がありました。 すごい。

(つづきます!)

2022-11-26-SAT

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