俳優の言葉は編集しにくい。扱いづらい。
きれいに整えられてしまうのを、
拒むようなところがある。語尾でさえも。
こちらの思惑どおりにならないし、
力ずくで曲げれば、
顔が、たちどころに、消え失せる。
ごつごつしていて、赤く熱を帯びている。
それが矛盾をおそれず、誤解もおそれず、
失速もせずに、心にとどいてくる。
声や、目や、身振りや、沈黙を使って、
小説家とは違う方法で、
物語を紡いできたプロフェッショナル。
そんな俳優たちの「言葉」を、
少しずつ、お届けしていこうと思います。
不定期連載、担当は「ほぼ日」奥野です。

>シム・ウンギョンさんのプロフィール

シム・ウンギョン

1994年生まれ。映画『サニー 永遠の仲間たち』(2011)で主人公の高校時代を演じて注目され、『怪しい彼女』(2014)では第50回百想芸術大賞最優秀主演女優賞をはじめ数々の賞を受賞。日本でも、『ブルーアワーにぶっ飛ばす』(2019)で第34回高崎映画祭最優秀主演女優賞、映画『新聞記者』(2019)で第43回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞などを受賞。第78回ロカルノ国際映画祭で金豹賞《グランプリ》を受賞した主演映画『旅と日々』が11月7日から公開。

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第3回 わからないって言えること

──
それまでも「映画はみんなでつくるんだ」
ということは
あたまではわかっていたけど‥‥。
ウンギョン
はい。だから、自分の出演作を見たときに、
いつも
「あれだけ一生懸命やったのに物足りない。
いったいなぜだろう」と悩んでいました。
それはつまり、
自分のことしか考えていなかったからです。
自分の演技が、作品の中で果たす役割も
たしかにありますが、
やはり「映画はみんなでつくるもの」です。
自分の演技が、
作品の中でどう見えていればいいのか、
もっと話し合うべきでした。
その、「コミュニケーションの大切さ」を、
『旅と日々』で教わった気がします。
──
コミュニケーションの大切さ‥‥というと、
小学校のころから教わるじゃないですか。
でも、その大切さが本当にわかる瞬間って、
そんなに早くは来ないなと思うんです。
つまり、
大人になって、それなりに経験を積んで
はじめてわかってくるというか。
ウンギョン
そうですね。わたしはいまでも人見知りで、
こうやって人と話したり、
コミュニケーションすることが不器用です。
でも、『旅と日々』に参加してから、
「本当のコミュニケーションって何だろう」
と考える時間が多くなりました。
すべて乗り越えたとは、到底言えませんが。
──
言葉にできますか? そのあたりのこと。
コミュニケーションとは何か、について。
ウンギョン
えーと‥‥難しいのですが‥‥わたしは、
いまのところ
これしか言えないのですが、
「お互いの真心を、たしかめあえること」
じゃないかなと思っています。
──
真心。
ウンギョン
はい。真心をたしかめあえること、です、
コミュニケーションにとって重要なこと。
三宅監督やスタッフのみなさんと一緒に
『旅と日々』という作品をつくって、
そのことが、わかったような気がします。
──
そうですか。
ウンギョン
もちろん言葉というものも大切で、
人と人がコミュニケーションをするときには
役に立つ道具です。
でも、やはり言葉だけじゃない何かがあると、
わたしは思っているんです。
でも、それが何なのかは、
それこそ言葉では説明できないんですけれど、
説明できない何かがあるから、
わたしたちは、つながれるんだと思うんです。
──
つながれる?
ウンギョン
人と人のあいだの、気持ちをつなぐものです。
言葉を超えて、わたしたちをつなぐもの。
わたしは、それが「真心と熱量」だと思う。
──
真心と、熱量。
ウンギョン
そのことを、演じながら、強く感じています。
韓国で子役をやっていた時代から、
母親が、いつもわたしに言ってくれたんです。
お芝居をするうえで、演じるうえでは、
真心と熱量がなければ、
あなたの感情は観ている人に伝わらないよと。
だから、
真心を込めて、熱量を持って演じなさい、と。
──
へええ。
ウンギョン
あなたの表現したい人間、
その人間を通して表現したいメッセージは、
真心と熱量がなくては届かない。
子どものころから、そう教わってきました。
──
真心と熱量、ですか。
ウンギョン
プラス、それを持ち続けるための「努力」。
最初は言葉だけの理解でした。
でも、現場でいろんな経験を重ねるうちに、
ああ、それらは「演技」にとって、
とても大切なことなんだと気づいたんです。
──
いつくらいですか?
ウンギョン
最近ですね。30代になってからです。
お芝居をするうちに、
子役のころに、母親に言われたことって、
とっても大切だったんだなあと。
言葉というものは
自分を表現するためには大切ですけれど、
でも、きっとそれだけじゃないなって。
──
自分は趣味でバンドをやってるんですが、
自分がミスしたときに、
他の誰かがとっさに助けてくれるんです。
バンドって。
で、そういうことも、
コミュニケーションなくては無理だなと
いま、聞いていて思いました。
ウンギョン
ああ、まさに! 
コミュニケーションがどうして大切なのか、
演技でも同じだと思います。
つまり、「助け合えること」だと思います。
おたがいのことを知らないと、
うまく助け合うことなどできませんものね。
だから、何ていうのかな‥‥
わたしは以前「わかりません」と言うのが
怖かったんです。
わからないことが恥ずかしいと思っていて。
──
ええ。
ウンギョン
足りないところを隠そうとばかりしていた。
でも、最近は
「そうだよね、わからないときには、
正直にわかりませんって言ってもいいよね」
と思えるようになりました。
だから、そういう意味でも、
わたしの演じた李さんは勇気ある人ですね。
「わからない」って言えるから。
自分のことを、
わかっているからこそ言えるし、
わたしも、そんな自信のある人になりたい。
──
わからないと言えるのは「自信」ですか。
ウンギョン
はい、そう思います。
──
ぼくは人にインタビューをするということを
ずいぶん長くやってるんですけど、
年齢を重ねれば重ねるほど
ふつうに「わかんない」って言える人が多い。
そうか、あれも、自信があるから。
たったひとつのものごとを知らないだけでは
揺るがない自分、があるんですね。
ウンギョン
そう思います。逆に言えば、
わからないですと言えるようになるまでには、
時間と経験が必要になると思います。
──
でも、「わかんない」と正直に言われると、
その人の言葉への信頼がグッと高まる、
それ以前より「信じられる」気がしますね。
ウンギョン
はい。そのとおりだと思います。
先日、三宅監督にも、
「監督、ハロルド・ロイドの『The Freshman』って
ごらんになったことありますか?」
と聞いたら、「ごめん、観てないや」って。
正直、びっくりしました。
でも、あれだけたくさん映画を見ているから
あっさり認めることができるし、
そのことで、
逆に監督への親近感と信頼感が高まりました。
──
わからないって言えるようになった
ウンギョンさんが、
コミュニケーションの大切さに気づいたのは、
偶然ではないのかもしれませんね。
つまり、より信頼されるようになったことで、
映画全体のことを考えるようになった。
ウンギョン
自分ではわからないですけど‥‥
そんなふうになれていたらいいなと思います。

(続きます)

写真:伊藤大作

2025-11-09-SUN

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  • つげ義春原作、三宅唱監督作品
    シム・ウンギョンさん主演
    『旅と日々』公開中です。

    © 2025『旅と日々』製作委員会 配給:ビターズ・エンド

    つげ義春さんのふたつの漫画作品をもとに
    三宅唱監督が映画をつくりました。
    インタビューのなかでも語られていますが、
    「そのままで、そこにいる」ような
    シム・ウンギョンさんの存在がすばらしい。
    劇中劇には河合優実さんが出演。
    山奥の民宿(?)のご主人に、堤真一さん。
    試写から帰って原作を読んだら、
    もういちど、映画を見たくなりました。

     

    『旅と日々』
    2025年11月7日(金)より
    TOHOシネマズ シャンテ、
    テアトル新宿ほか全国ロードショー

    チケットや劇場のことなど
    くわしくは映画のサイトでご確認を。 

    >https://www.bitters.co.jp/tabitohibi/