あしかけ6ヶ月間にわたって
阪本順治監督の最新作
『せかいのおきく』の制作現場に
お邪魔する機会を得ました。
主演は、黒木華さん。
共演に寛一郎さん、池松壮亮さん。
テーマは、なんと「う○ち」です。
4月28日(金)の公開初日まで、
ひとつの映画がうまれていく
そのようすを、
不定期でレポートしていきます。
担当は「ほぼ日」奥野です。

前へ目次ページへ次へ

8 「フォーリー」2022年8月9日(火)@調布 FOOTPRINTS STUDIO

ぱたぱた、ぱたぱた。と、茶色い土をうすく敷いた板の上で、草鞋に足袋の女性が「足踏み」している。モノクロームの路地をゆく、江戸の長屋の女房たちの歩調に合わせて。お邪魔しているのは「フォーリー」という作業の現場。聞き慣れない言葉だけど、ようするに「音」を録っている。
「音」だったら、撮影のときにも録っているはずだ。実際、京都では長い棒みたいなマイクを捧げ持つ人がいた。でも、その「本物の音」だけでは、映画の中では「どうも足りない」ってことがあるらしい。実際の音なのに? だからこうして、あとから「音」を録って「足している」のだ。映画の中で聞こえる音は、こうやって「つくられて」いた。ぜんぜん知らなかった。
ぱたぱた足踏みしているのは、勝亦さくらさん。いろんな作品で、お名前を見かける方だ。ハキハキしていて、にこやかである。今回、撮影現場で会った人たちにだいたい共通していること。それは、にこやかである、ということ。
(にこにこしつつ)「画(え)に対して、足音だったり、衣擦れの音だったり、何かが動く音だったりとかっていうのを、こういう部屋で、ひとつひとつ録ってるんです。画にある音は、だいたい録ってますね。足音なんかはわかりやすいんですけど、誰かが何かにちょっと触れた‥‥みたいな、まぁ気づかないような動きにも音をつけています」。もちろん、闇雲に音をつければいいってもんじゃない。観ている側が違和感を抱かないよう、ミックスの具合やボリューム感をきめ細かに調整しているのだ。あくまで「長屋を歩く、草鞋に足袋の女房の足音」に聞こえるように。でも、リアルな音に「人工の音を足す」ことで、具体的には、何がどう変わってくるんだろう。
(にこにこしつつ)「はい、何て言うんでしょう、音がつくと『キャラクターが見えてくる』んです。たとえば、おきくさんの所作に何らかの音がつくことで、観ている人の視線や意識がそこへ向かって‥‥彼女がいま、何を感じているかがわかるような、感情が伝わってくるような‥‥そんな気がします」。音が、感情をのせてくる。あらためてですが、映画にとって「音」とは、それほどまでに重要なものだったんだ。
(にこにこしつつ)「そうなんです!(笑)よく『ありものの音』じゃダメなのか、どこかで拾った音でもいいんじゃないかって言われたりもするんです。でも、それじゃあやっぱり、ダメなんです。足音にも『感情』が宿っているんです。わたしたちは、その人の感情に気持ちを寄せて足音をつけています。もちろん、すべてをフォーリーでまかなっているわけじゃないですが、人物の動きに関しては、基本的には、その都度その都度、音をつけています。いろいろ考えながら、試行錯誤しながら。それが大事なことかなって思ってます」。ちなみに「誰かが何かを食べているときの音」を録ったりも‥‥するんですか?
(にこにこしつつ)「あ、はい。録りますよ。おにぎりならおにぎりを、ふつうに食べてる音を録ってます(笑)」。
個人的に「映画の音」でパッと思い浮かぶ作品として『おくりびと』がある。あの映画には、葬儀屋の山﨑努さんが「フグの白子」をあぶるシーンが出てくる。網の上の白子をじっと見つめる山崎さんが、ころあいを見計らい、まずは中身を「ちゅる~っ」と吸い出す。そして「うまいんだようなあ。困ったことに」と言って、ハフハフしがら咀嚼し嚥下する。相対する本木雅弘さんも、同じように、熱々の白子に挑みかかる。死の隣で生を食らう、そのときの「音」が妙に生々しくて、しばらく耳に残って離れなかった。あの場面では、「音」こそが、もうひとりの主役だった。その意味では、今回の映画の「う○ちの音」も、じつにリアルで‥‥。
(にこにこしつつ)「はい、主には泥を使って録ったんですけど、当然それだけだと『そういう音』はしないんです。成分がちがうので。だから、もうちょっと『雑味』がほしいねって話して‥‥」雑味!?(最後までにこにこ顔で)「そうなんです、泥に草を混ぜ込んでみたり、いろんな素材をためして録って、あとから重ね合わせているんです」。あああ。それが、あの音。納得です。みなさま、ご鑑賞の際には、勝亦さんたちによる「渾身の音」にもぜひご注目を。


勝亦さくら(かつまたさくら)
音響効果。1981年生まれ。神奈川県出身。日本映画学校(現・日本映画大学)卒業後、カメモファン、フリーランスを経て現在フットプリンツ在籍。近年の担当作品は、沖田修一監督「モリのいる場所」(18)、犬童一心監督「最高の人生の見つけ方」(19)、大森立嗣監督「Mother」(20)、森ガキ侑大監督「さんかく窓の外側は夜」(21)、永井聡監督「キャラクター」(21)、犬童一心監督「名付けようのない踊り」(22)、沖田修一監督「さかなのこ」(22)、吉野耕平監督「ハケンアニメ」(22)、森井勇佑監督「こちらあみ子」(22)、今泉力哉監督「ちひろさん」(23)など。

(つづきます)

2023-04-26-WED

前へ目次ページへ次へ
  • せかいのおきく

    脚本・監督:阪本順治
    出演:黒木華、寛一郎、池松壮亮、
    眞木蔵人、佐藤浩市、石橋蓮司
    2023年4月28日(金)よりGW全国公開
    配給:東京テアトル/U-NEXT/リトルモア
    ©2023 FANTASIA
    http://sekainookiku.jp /

    せかいのおきくは、 こうしてうまれた。  バイオエコノミー監修:藤島義之さん編

    せかいのおきくは、 こうしてうまれた。  阪本順治監督編

    制作現場レポート シリーズ

    てにあまるがうまれる。 藤原竜也+柄本明 ある演劇制作の記録