あしかけ6ヶ月間にわたって
阪本順治監督の最新作
『せかいのおきく』の制作現場に
お邪魔する機会を得ました。
主演は、黒木華さん。
共演に寛一郎さん、池松壮亮さん。
テーマは、なんと「う○ち」です。
4月28日(金)の公開初日まで、
ひとつの映画がうまれていく
そのようすを、
不定期でレポートしていきます。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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7 「映画を『つなぐ』もの」2022年7月20日(水)@日活調布撮影所

京都・太秦の撮影所訪問から約1ヶ月。すでに撮影は終了し、現在は膨大な量の映像を「切って、つなぐ」段階に入っているそうだ。その現場を見せてもらえるとのことで、腕ききの編集マン・早野亮さんの仕事場を訪ねた。場所は、調布にある日活撮影所。何となく、壁から天井からフィルムがぶら下がっているような、『ニュー・シネマ・パラダイス』の映写室みたいな穴蔵感を想像しながら向かう。が、いろんなことがだいたいデジタルな昨今。パソコンのモニターに、ミキサーみたいな機械、JBL(だったような記憶)のスピーカーくらいで、じつに整理整頓の行き届いた快適空間だった。笑顔で迎えてくれた早野さん、阪本監督の作品は「4本め」とのこと。原田芳雄さんの遺作『大鹿村騒動記』や、辰吉𠀋一郎さんのドキュメンタリー『ジョーのあした』などを編集。おお、どっちも観たぞ。しばし作業の手を止めていただき、お話をうかがった。映画の編集マンとは、うずたかい映像の山から、どんなふうに「場面」を切り出しつなげていくのか?
基本は「監督の指示に沿って『切って、つないで』いく」のだが、ざっくりした見取り図はあっても細かな指示はない。ので、シーンの「間尺」に関しては、早野さんの裁量というかセンスで探っていくらしい。「だから、はじめて監督に見せるときは緊張します。イメージと違うってこともあると思うし。あえて監督のカット割りどおりにやらなかったりもするので。毎回毎回、緊張してます」
ある場面の間尺が「たった1秒」長くなったり短くなったりするだけで、雰囲気や余韻がガラリと変わる。それが「編集の難しさであり、おもしろさだ」と早野さんは言う。「ある台詞のあとに、観客が見たいのは『言った人の顔』なのか『言われた人の顔』なのか。どっちだろう‥‥みたいなことも、よく考えてますね」。へええ、おもしろい。そのとき「こっちだ」と決める「よすが」って何ですかと聞くと、興味深い答えが返ってきた。「感情、ですかね。直前の場面がどんな感情で終わっているのか、誰の感情で終わっているのか。それを、次の場面につないだほうがいいのか、別の感情に切り変えたほうがいいのか。そのあたりを手がかりにしています」。
感情。映画は「感情」でつながっていたんだ。登場人物の台詞や表情だけでなく、風景の映像に感情を託す‥‥みたいなことも? 「あります。やっぱり『映る』と思うんです、感情って。たとえば、ゆらゆら揺れる葉っぱが誰かの感情とつながったとき、ああ、この人は、もっと大きな何かの中にいるんだなという感じが表現されたりしますから」。映画の編集という作業は、そんなところまで届くものなのか。恥ずかしながら、いま知りました。もうお亡くなりになったのですが、鈴木晄さんという有名な編集の先生に教えていただいたんです。編集の仕事は0から1をつくるわけじゃないけど、それは物語の可能性を『広げる』ものなんだ‥‥って。編集とは、ときに『演出』にさえ関わることがあるんだ‥‥って」。
以前、原一男監督に『ゆきゆきて、神軍』の話を聞いたとき。編集の鍋島惇さんといろいろやり合いながら、最終的には監督である自分が折れた場面もあった、と。編集の方が、そこまで作品に「介入」することもあるのかと驚いたのですが。「まあ、言われたことをただ『こなす』だけなら、誰がやってもいい仕事になっちゃうので。声をかけていただいている以上、言うべきことは言ったほうがいいと思います。作品のためにも」。監督やプロデューサーの他に、編集という観点から、そこまで真剣に作品のことを考えている人がいる。当たり前かもしれないけど、何だか感動してしまう。「たくさんの人の意見が交わることでおもしろくなるんです、映画って。ちょっと『大きくなる』というか。伝えたいもの、が」。
最後に、編集マンとして「大事にしていること」を聞くと、こう答えてくれた。「昔、阪本監督に言われたことがあるんです。ここはもう大丈夫、そう思ったシーンほど、もういちど立ち返ってみたほうがいいんちゃうか‥‥って。監督っていうのは『いつまでも安心しない人』ですよね。つねに『まだ、何かあるんちゃうか?』って考えてる。だからぼくも『ハイ、完全にもう終わり、完成です!』となるまでは『いやいや、まだ何かあるんちゃうか?』と思って、いつもやってます」。


早野亮(はやのりょう)
編集。1976年生まれ、兵庫県出身。瀬々敬久監督『64-ロクヨン- 前編』(16)『護られなかった者たちへ』(21)で第40回、第45回日本アカデミー賞優秀編集賞を受賞。近年の主な作品に『こちらあみ子』 (森井勇佑監督/22)『エゴイスト』 (松永大司監督/2023) など。阪本順治監督作品は 『 大鹿村騒動記 』(11年)『 人類資金 』(13年)『 ジョーのあした 辰吉𠀋一郎との20年 』(16年)を手がける。

(つづきます)

2023-04-25-TUE

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  • せかいのおきく

    脚本・監督:阪本順治
    出演:黒木華、寛一郎、池松壮亮、
    眞木蔵人、佐藤浩市、石橋蓮司
    2023年4月28日(金)よりGW全国公開
    配給:東京テアトル/U-NEXT/リトルモア
    ©2023 FANTASIA
    http://sekainookiku.jp /

    せかいのおきくは、 こうしてうまれた。  バイオエコノミー監修:藤島義之さん編

    せかいのおきくは、 こうしてうまれた。  阪本順治監督編

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    てにあまるがうまれる。 藤原竜也+柄本明 ある演劇制作の記録