あしかけ6ヶ月間にわたって
阪本順治監督の最新作
『せかいのおきく』の制作現場に
お邪魔する機会を得ました。
主演は、黒木華さん。
共演に寛一郎さん、池松壮亮さん。
テーマは、なんと「う○ち」です。
4月28日(金)の公開初日まで、
ひとつの映画がうまれていく
そのようすを、
不定期でレポートしていきます。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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6 「山根貞男さんとの会話」2022年6月18日(土)@京都・太秦

午後、汚穢屋がきた。中次と矢亮(やすけ)。4日前の衣小合わせのときとくらべても、さらに「そういう人」になっている。大雨で「う○ち」のあふれた長屋へ「回収」にきたのだ。兄貴分の池松壮亮さんが、長屋の大家に野菜を手渡している。おそらく「う○ち」の「対価」だろう。江戸時代には「人間の排泄物」が立派な価値を持っていた。農家の畑へ持っていけば、お金に変わるのだ。もっと直接的に「五十文」(‥‥ああ、あのときの五十文!)とかで買いとるするケースもあったらしい。何度かテストし、監督が池松さんに台詞のタイミングなどについて、いくつか。別の役者さんには「パフォーマンスつけすぎかな」とも。さらにテストを3~4回、各自いろいろ微調整、そして「本番」。最終的に7回か8回目でOKが出た。その後、別アングルからも同じシーンを撮影。これらが編集でどう組み合わされるのだろう。なーんて思っていると、隣のお洒落な紳士が教えてくれた。「いま、目の前で撮ったシーンが、映画の中へ入るでしょ。まったくちがうものになるんですよねえ」と。そして「わたしも長いこと通ってますけど、そのことがずーっと不思議なんですよ」とも。さらには「その不思議さが、同時に、映画というものの、何か『本質』に通じているのかもしれないですねえ」と結んだ。長いことっていうと‥‥と聞くと「50年」。50年!? お顔を存じ上げなかったのだが、その方こそ映画評論家の山根貞男さんだった。もう50年も、映画の撮影現場へ通い続けている‥‥。とくに阪本監督の現場には、かならず顔を出しているらしい。山根さんを囲むようにして、その場の数人で雑談がはじまった。何でも、監督の現場は撮影の進みが早いそうだ。理由のひとつがモニターチェックをしないから。人間を描くことにこだわる監督なので、モニターでなく芝居を見て判断している。つまり、役者の演技しか見ていない。だから、早い。これは、言い換えれば、カメラマンを信用しているということでもある。ある人は「頭のなかで編集しながら撮ってるんじゃないかなあ」と言っていた。
と、向こうでひとり出番を待っていた若侍が、こちらへ歩み寄ってきた。頭に乗せた菅笠の「脱ぎ方」について質問があるという。ベテランらしい先輩役者さんが、身振り手振りを交えて、丁寧に教えている。若い侍は、お礼を述べて元いた場所へ。ちらちら見ていると、その後もずーっと「練習」していた。菅笠の脱ぎ方を、何度も何度も、えんえんと。その姿が、なぜだか印象に残った。
撮影おわりで、山根さん含む何人かで喫茶店へ。小一時間ほど、みんなで山根さんの思い出話を聞く僥倖。これまでの映画人生で見知ったあれこれについて、楽しそうに話してくださった。ただただ拝聴するのみであったが、じつにおもしろい。往時の映画の世界で起こった、さまざまな人間模様についての古い話。今日は用意がないのだが、後日あらためて、山根さんの映画人生50年をうかがってみたい。別れ際、山根さんがすっと寄ってきて「さっきのアノ話は、内緒でね」と、いたずらっぽくおっしゃった。はい、誰にも言いません。

(※2023年2月、山根貞男さんがご逝去されました。
心よりご冥福をお祈りいたします。)

(つづきます)

2023-04-22-SAT

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  • せかいのおきく

    脚本・監督:阪本順治
    出演:黒木華、寛一郎、池松壮亮、
    眞木蔵人、佐藤浩市、石橋蓮司
    2023年4月28日(金)よりGW全国公開
    配給:東京テアトル/U-NEXT/リトルモア
    ©2023 FANTASIA
    http://sekainookiku.jp /

    せかいのおきくは、 こうしてうまれた。  バイオエコノミー監修:藤島義之さん編

    せかいのおきくは、 こうしてうまれた。  阪本順治監督編

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    てにあまるがうまれる。 藤原竜也+柄本明 ある演劇制作の記録