あしかけ6ヶ月間にわたって
阪本順治監督の最新作
『せかいのおきく』の制作現場に
お邪魔する機会を得ました。
主演は、黒木華さん。
共演に寛一郎さん、池松壮亮さん。
テーマは、なんと「う○ち」です。
4月28日(金)の公開初日まで、
ひとつの映画がうまれていく
そのようすを、
不定期でレポートしていきます。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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4 「雨ふらし」  2022年6月17日(木)@京都・太秦

前回の訪問から、丸3日。今日と明日でメインキャスト総出のシーンを撮るらしい。主演の黒木華さんをはじめ、寛一郎さん、池松壮亮さん、佐藤浩市さん、石橋蓮司さん‥‥が一堂に。事前に届いた撮影予定表には「雨ふらし」とある。何のことだろう。うっすら緊張を感じながら関係者でごった返す撮影現場へ。と、あ、石橋蓮司さん。いきなり名俳優と遭遇。ふつうに、ただ、そこにいる。映画の撮影現場とはこういうものか。
この場所は3日前にも見ている。が、雰囲気が一変している。カメラやマイク、照明機材が入っているからだろうし、どこからか阪本順治監督の声が聞こえてくるからでもあるだろう。映画のプロたちは、それぞれの持ち場で「備えて」いる。撮影部はカメラを、録音部はマイクを、照明部はライトを。俳優陣は、脇で待機しながらも動きや台詞を反芻していることだろう。どんなタイミングで、はじまるのか。
すると突然「用意!」の大音声。阪本監督だ。現場に、瞬間的に、全員の「本気」が漲った。真空のような一瞬を挟み、「なんかくせェな」。石橋さんの声。阪本監督の映画でよく聞く、あの声だ。死角にいたので様子をうかがうことはできない。さらに「まったく、粗末なもんだよ‥‥」と続いて「はい、カット」。その声で、あたりにふつうの時間が戻ってきた。ライトに一枚、黒い網をかける照明さん。何かを微妙に調節している。他のプロたちも自らの商売道具をたしかめている。そこへ再び「音本番!」の声。音の、本番? いまのはリハーサル? 阪本監督が「7秒後‥‥」と言い(何だろう?)、誰かが「お静かに」と続けた。路地を埋める数十人が静まり返る。思わず機内モードにしていたスマホの電源を切った。鳴らない設定なのに、切った。とても入れっぱなしにできなかった、怖くて。
その張り詰めた空気を「ちょっと待ってください」の声が破る。「天気待ちです」。気温30度の真っ昼間、頭上には初夏の太陽。なのに、撮っているのは雨夜の長屋なのだ。太陽が雲にかかるのを待つらしい。長屋の屋根に目を遣れば、巨大な遮光板が立っている。それは路地全体を覆い、太陽の光を遮り、夜の世界を生み出している。じっと空を見ていた人が「あと30秒で天気安定です」と言った。そんなことまでわかるのか。30秒後、とんでもない雨が降り出した。人工の雨だ。監督が「レンズ前の雨だれ」。拭えということだろう。そして「用意」「なんかくせェな」「まったく、粗末なもんだよ‥‥」「カット」。これを何度か繰り返したのち、誰かが「このシーン以上です」。終わった‥‥と思うが早いか、レインウェアに身を包んだスタッフが飛び出してきた。全身びしょ濡れの若い人もいる。屋根の上では、巨大な遮光板を数人がかりで降ろしはじめる。これが「雨ふらし」か。快晴の真っ昼間に、雨夜の長屋を撮ったんだ。撮影予定表の備考欄に、こんな言葉を発見。「空想は知識より重要である by アインシュタイン」

(つづきます)

2023-04-20-THU

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  • せかいのおきく

    脚本・監督:阪本順治
    出演:黒木華、寛一郎、池松壮亮、
    眞木蔵人、佐藤浩市、石橋蓮司
    2023年4月28日(金)よりGW全国公開
    配給:東京テアトル/U-NEXT/リトルモア
    ©2023 FANTASIA
    http://sekainookiku.jp /

    せかいのおきくは、 こうしてうまれた。  バイオエコノミー監修:藤島義之さん編

    せかいのおきくは、 こうしてうまれた。  阪本順治監督編

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