あしかけ6ヶ月間にわたって
阪本順治監督の最新作
『せかいのおきく』の制作現場に
お邪魔する機会を得ました。
主演は、黒木華さん。
共演に寛一郎さん、池松壮亮さん。
テーマは、なんと「う○ち」です。
4月28日(金)の公開初日まで、
ひとつの映画がうまれていく
そのようすを、
不定期でレポートしていきます。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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3 「大八車と葛西舟」  2022年6月14日(月)@京都・太秦

汚穢屋(おわいや)に扮した寛一郎さん、池松壮亮さんのあとをゆく。すでにしてニオイ立つようなものを感じる‥‥気がする。衣小を纏った役者の雰囲気とは、ただならぬものだ。足もとのサンダルが、ふたりの役者を辛うじて「現代の人」にとどめている。江戸時代、お屋敷や長屋から「う○ち」を集めて農家へ運んだのが「汚穢屋」だ。落語家の三遊亭圓丈師匠に「肥辰一代記」という怪作があるけれど、あの噺の主人公・肥辰(こえたつ)の生業が汚穢屋である。彼らは川を渡り丘を越え土埃煙る道をゆき、農家の畑へ「う○ち」を運ぶ。それを必要とする人のところへ、当時の貴重な栄養分を、届ける。そのとき「肥桶」を載せて引いたのが、大八車。明日のクランクインを前に、いまから、それを実際に引いてみるのだという。
スタジオへ着くと、奥から巨躯がぬっと顔を出した。かなりの年季が入っている。まるで十三代目肥辰が引いていたかのような風格。昔々の大道具さんが拵えたものだそうで、いつからあるかもわからないという。荷台の肥桶には、なみなみと水が張られている。本番と同じ重さじゃなきゃ稽古にならないからねと、隣で見ていたどなたかが。汚穢屋ふたりは、スタジオ前の坂道を上っては下る。池松さんが引き、寛一郎さんが押す。えっちらおっちら、上っては下る。簡単には言うことを聞いてくれないようで、当時の苦労が忍ばれる。固陋なる古老。荷台を水平に保たないと「中のもの」がこぼれてしまう。当然だけど、古老の「タイヤ」は「車輪」である。つまりゴムではなくて、木の輪っか。これでは押すのも引くのも大変だろう。いまはサンダル履きでアスファルトだけれど、本番では未舗装のデコボコ道に草鞋のはず。
ふと、スタジオ奥の暗がりに木舟が見えた。そこにいた人に聞くと「葛西舟」というらしい。通称「う○こ舟」。なんたる飾り気のないお名前‥‥。つまり、これに「集めたもの」を載せて運んだのだ。江戸時代には「人のう○ち」が野菜を育てる肥やしであった。それは街場で買われ、農家で売られた。当時の日本は資源もないのに鎖国していたわけで、江戸に住む100万の民を食わせるために「人様のそれ」さえも有効活用していたのだ‥‥と、その方のお話。お詳しいんですねと食いついたら、有名な食品会社に勤める傍ら、今回の映画のテーマ「循環社会」を研究しているのだという。もっといえば、企画・プロデュースの原田満生さんと一緒に、企画のタネを考えた専門家らしい。お話がおもしろく、いろいろ質問してしまう。のみならず、自分の実家の隣家が牛を飼っていて、よく祖父が「う○ち(牛の)」をもらいに行っていたことや、忘れもしない幼稚園の卒園式の日に「肥溜めに落下した経験」があることなどまでしゃべってしまった。初対面の人なのに‥‥。お名前は、藤島義之さん。後日、あらためて取材のお願いをしてみよう。

(つづきます)

2023-04-04-TUE

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  • せかいのおきく

    脚本・監督:阪本順治
    出演:黒木華、寛一郎、池松壮亮、
    眞木蔵人、佐藤浩市、石橋蓮司
    2023年4月28日(金)よりGW全国公開
    配給:東京テアトル/U-NEXT/リトルモア
    ©2023 FANTASIA
    http://sekainookiku.jp /

    せかいのおきくは、 こうしてうまれた。  バイオエコノミー監修:藤島義之さん編

    せかいのおきくは、 こうしてうまれた。  阪本順治監督編

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