読むことと書くことをキーワードに
林真理子さんが語ります。
人生論から作家の矜持にいたるまで、
たくさんの質問に答えていただきました。
動画で配信中の「ほぼ日の學校」の授業の一部を
読みものでご覧ください。
林真理子(はやしまりこ)
作家
1954年山梨県生まれ。日本大学芸術学部卒。
コピーライターとして活躍後、
1982年に 『ルンルンを買っておうちに帰ろう』でデビュー。
『最終便に間に合えば』『京都まで』で直木賞、
『白蓮れんれん』で柴田錬三郎賞、
『みんなの秘密』で吉川英治文学賞を受賞、
『アスクレピオスの愛人』で島清恋愛文学賞を受賞。
2018年、紫綬褒章を受章。
2020年には「週刊文春」で37年間続けてきた連載が
「同一雑誌におけるエッセーの最多掲載回数」として
ギネス世界記録に認定される。
ブログ「林真理子 あれもこれも日記」
マリコ書房 – 林真理子YouTubeチャンネル
-
なぜこんなにたくさんの作品を
生み出し続けることができるのですか?
- 林
- 「8050問題」や介護をそのまま書いた本は
世の中にいっぱいありますけど、
それはまだ素材なんです。
その素材をどう使っておもしろい小説を書くか、
というのが私たち小説家に任されているので、
そこのアイデアが勝負どころだと思います。 - 例えば介護をテーマにということになると、
編集者と一緒に高級介護マンションを見に行く。
入居にひとり1億円くらいかかるマンションがあって、
こんなすごいところで
看取ってもらったらいいなと思うけど、
寝たきりで意識がない人もいっぱいいるわけでしょ。
この人と、うちの行き先がない親とをすり替えたって
別に構わないんじゃないの‥‥というような
アイデアが浮かんでくる。
そこから物語を発展させていくわけです。 - 「そういうことを考える林さんが怖い」と言われるんだけど、
たしかに怖いかもしれないですね。
「すり替えたらどう?」というようなことを考えつくのは、
私のある種の能力だと思っています。 - いいことか悪いことかわからないんですけど、
私は書くのがすごく速いんです。
パソコンを使わずに原稿用紙を使っているんですけど、
手が滑っていくように書けちゃうんですよね。
それがいい時もあれば、よくない時もある。
以前、私の秘書だった畠山が、
「やってない、やってない」と言いながら、
次の日にちゃんと30枚40枚の原稿が仕上がっているのを見て、
「林さんってゴーストライターが
いるんじゃないですか?」と
本気で聞いてきたことがあります。
そのくらい速いんですよ。 - 歴史物語を書くときも、
いったん資料を頭の中に入れると、
書き出すのが速いんです。
もうちょっと文章を重くするには
速度を遅くしなきゃいけないんだけど、
遅くする術がわからない。
これがちょっと問題かなと思っています。
書き走る。早くて安い蕎麦屋みたい。 - 昔は300枚、400枚の一気書き下ろしがあったんですけど、
あの頃はちょっとつらかったです。
ホテルに閉じこもって書いて、
貧血を起こして何度も倒れちゃいました。
今はあんな書き下ろしもないし、
「一気掲載400枚」なんていう時代ではないですから。 - 私たち職業作家にとって、
「読む喜び 書く歓び」というのがあって、
書いてるうちに時間がぶわぁーっと過ぎていく。
ああいう瞬間がないと、
多分職業作家にはなれないと思います。
書きはじめは嫌ですよ。
嫌ですけど書きはじめたらたのしく書けちゃう。
たのしい。つらいけどたのしい。
我を忘れる時間。
それがあるから書いていけるんじゃないかなと思います。
自分で自分をほめたいと思うところは?
- 林
- 諦めなかったこと。
このへんでいいやと思ったことがないんです。
もう充分やってきたし、とは思わないんですね。
もしそうなったら、もう落ちるだけです。 - 『野心のすすめ』の中でも書いたけれど、
人って崖の上を登りはじめるじゃない?
いろんな気概を持って。
「ちょっと私の能力では頂上には行けないわ」
そう思って下を見ると、
何も知らない人たちが平らなところで遊んだり、
踊ったりしている。
それを見るとあの中には入りたくない、
戻りたくないと思う。
そうするとまた上に行くしかないんです。
そういう人生だったんじゃないかなと思います。 - いろんな逆風の中でよくやってきたなと思います。
山田詠美さんも、世界中が全部敵だと思った時が
あったと何かに書いていたけど、
その感じ、わかるなと思います。
当時の世の中は、
物を書く女性たちを、いろんな意味で
温かく迎え入れてくれてたわけじゃないですから。
それは私のキャラクターによるものも
大きかったと思うけれど、
「女が物を書くというのは嫌だ」
「女が発言するのが嫌だ」
という気運がすごくあったと思います。 - 先頭に立っていたとは言わないけど、
今にして思えば、一応風よけのような役目で、
パーッと前に行ってたのかもしれない。
そういうことを言ってくれる若い作家がたまにいて、
うれしいです。
作家とはどんな存在だと考えますか?
- 林
- 「人の心に杭を打っていく人たち」だと思います。
嫌なことでもいいことでも、
何かを心に残していく人たち。
それによって人生が変わることはないと思うけど、
何年か経った時に、
「あのフレーズが心に染みた」というような
ファンレターをいただくことがあります。
私自身は忘れているんですけど、
「あの時のこれが、私の人生の決め手になった」
なんて書いてくださる方がいて、びっくりします。
もちろん数は少ないですけど、
少なくても何人かにそういう杭を打てたというのは、
うれしいことだと思います。 - 渡辺淳一先生が、
「恋愛小説を書く作家だけが
読者と濃密な関係を結ぶことができる」と
おっしゃっていましたが、確かにそうなんです。
私たち恋愛小説を書く作家と読者の結びつきというのは、
すごく深いものがあると思うんですね。
他のものも書くけど、やっぱり恋愛というテーマだと、
非常に個人的な悩みに遭遇した時に、
天啓のように作家の言葉が降ってくる、
身にしみるという経験が多くの人にあるみたいで。
それは私も感じますね。 - 作家はいい仕事だと思いますよ。
私は基本的に書くことが好きだし、
苦にならずに書けるし、それで少なからず
お金を頂きましたし。
本当に幸せな人生だったなと思います。
人生の先輩として伝えたいことは?
- 林
- 『野心のすすめ』が売れた後から、
世の中がコロナ禍になっていく前くらいにかけて、
「あなたは生きているだけで素晴らしいんです」
「あなたはそれだけで尊いんです」という言葉を
みんなが求めているような気がしています。
そこで努力しなきゃダメなんだよ、って言えない。
うちの母親は、努力しない人間は
生きている価値がないと言ったことがありますけど、
今そんなこと言ったら石ぶつけられますよね。 - そんなことを私が実践してるわけじゃないんだけど、
今はそういうことを言う人もいなくなっている中で、
私はどこかでそういう残滓を
引きずってるのかもしれないです。 - 今の世の中は、
「とにかく、今いる場で生きていけば
いいじゃないですか」
「あなたはあなたでそのままでいいんです」
というように、「そのままでいい」というのが
ひとつのキーワードになっているんですよね。
そのままでいいんだったら人間は別に‥‥。
私なんかは「そのままのあなたとは何者じゃ」
なんて思っちゃうんです。
そういうこと言うから一部の人には嫌われるんだろうな。 - 多様性の時代と言われて、新聞などでも
いろんな生き方があっていいと言うじゃないですか。
それを認める世の中になってほしいですねと、
いつも同じようにまとまるんですけど、
そういうことを言われると、
かえって人は不安になるんですよ。
いろんな生き方ってわかんないんだもん。
だってひとつしか生きてないから。 - このあいだ、世界でいちばん貧しい大統領が
「人生ひとりで生きていくんじゃない」
「お前たちの仲間を作れ、家族を作れ」と言っていて。
久々にそこまではっきり言い切る言葉を聞いて、
少なくともその言葉には、
「いろんな生き方でいいんじゃないですか」よりも
愛があるなぁと思って、
私はこっちの方が好きだなと思いました。 - 私は仲間を作りたいし家族を作りたい。
作れなかった人や作りたくないと思う人のことは
もちろん認めて、いろんな生き方があると思うけど、
自分の生き方としては、
そっちの方が好きなんだな、とこの頃思うんです。 - そのままでいいなんてことを
こんなに推奨する世の中って、よくないんじゃないかな。
みんながなぐさめ合って肩をたたき合ってるって
ちょっと嫌だなと。
そうしていくうちに、どんどんどんどん、
どこかで地盤沈下していくような気がします。 - 憎まれてもいいから、
何か言わなきゃいけないんだと思います。
佐藤愛子先生は憎まれてもバシッと言うじゃないですか。
早くああいう年齢になりたいな。 - がんばったら違う世界が見えてくるし、
いつも同じ人と居酒屋で飲んでいる人生より、
ちょっと階段を上に行くとこんな人がいたんだとか、
こんな面白いことを
考えている人がいるんだと知ることは、
人間にとってすごく幸運なことだと思うんですよね。 - いろんな分野の一流の人と会うたのしみを
ぜひ知ってほしいなと思うんです。
そういう人に会うと、
自分がいかに無知かということがまた分かりますから。
そこでもう1回がんばるのも、
いいことじゃないかなと思います。
林真理子さんの授業のすべては、
「ほぼ日の學校」で映像でご覧いただけます。
「ほぼ日の學校」では、ふだんの生活では出会えないような
あの人この人の、飾らない本音のお話を聞いていただけます。
授業(動画)の視聴はスマートフォンアプリ
もしくはWEBサイトから。
月額680円、はじめの1ヶ月は無料体験いただけます。