ご存知のように、いま日本は、
新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、
さまざまなお店が休業し、
営業しているお店もお客さんが
とても減っている状態です。
そんななか、老舗のお弁当屋さん、
「弁松」さんが都内の対象エリアに、
お弁当を個別に届けるサービスをはじめました。
サービスの名前は「Post Bento!」。
どうやら、ナショナルデパートさんという
お店が配達を請け負っているみたいです。
飲食店は軒並みダメージを受けているのに、
なんだか、けっこう、元気みたい?
弁松の樋口純一さんと、
ナショナルデパートの秀島康右さんに
ビデオ会議のシステムをつかって
取材させていただきました。

>樋口純一さん

樋口純一(ひぐち・じゅんいち)

1971年日本橋生まれ。
有限会社日本橋弁松総本店八代目代表取締役。
大学卒業後、新潟にある親類の料理屋で
2年間の修行を終え、家業に入る。
先代の急逝により代表取締役に就任。
以来、家族やスタッフと共に暖簾を守り続ける。

>秀島康右さん

秀島康右(ひでしま・こうすけ)

岡山県生まれ。
2013年、5kgの大きさのパン「グランパーニュ」を
提供するナショナルデパートを岡山で創業。
その後、菓子の製造卸・プロデュースに業務を拡大。
食の可能性を無限に広げるバターブランド
「カノーブル」もプロデュースし、
東京と岡山でプロダクトをつづり続けている。

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第2回

まだまだやれることはある

──
百貨店の休業に危機感を覚えた
秀島さんが弁松のお弁当の配達サービスを
樋口さんに持ちかけて、
数日後には配達がはじまりました。
実際にやってみて、どうでした?
秀島
やっぱり、樋口さんに許可をもらって、
弁松さんという老舗の名前を
つかわせてもらってるわけですから、
しっかりやらなきゃと強く感じました。
はじまる前は、言い方は悪いですが、
新しいサービスをはじめるにあたって、
弁松さんの名前の強さを
ちょっと利用させてもらって‥‥
なんて思ってたんですが、
いや、これはしっかりやらなきゃな、と。
ぼくはいま樋口さんの家来なんで。
樋口
家来なんですか(笑)。
秀島
家来なんです。
樋口さんにはずっとこころをつかまれてます。
インターネットの使い方もうまいですし、
いま、樋口さんの影響で、
たくさんの老舗がSNSはじめてるんですよ。
でも、一方で、こういう
デパ地下の配達サービスみたいな新しい仕組みは、
ぼくみたいな身軽な、
お金がなくなっても平気な顔をしてるやつが
やらないといけないと思うんです。
今回は運よく樋口さんとの関係をいただいて
スタートしましたけど、
どんどんこれから広げていきたいです。
今度、下期から、百貨店の
買い物代行の話ももらったんで。
樋口
あ、そうなんですね。
秀島
そうなんです。
だから、ここまでは、当初、
樋口さんにお話した通り運んでるんですよ。
ぼくは樋口さんに最初に会ったとき、
ゆくゆくはテレビの密着取材を受けたいとか、
デパートの買い物代行という
サービスを広く展開していきたい
ということは宣言していたので。
そういう、新しいデパートの枠組み、
ちゃんと利益の出せる配送の仕組みが
つくれたらいいなと思っています。
そもそも、うちの社名って、
「ナショナルデパート」というんですけど、
まさにこれがやりたかったことなんです。

──
あーー、そうなんですか。
秀島
はい。ぼくは高級デリショップ、
たとえばディーン&デルーカとか、
パリの老舗百貨店の
ル・ボン・マルシェに憧れがあって、
そういうことがずっとやりたかったんです。
でも、実店舗でやろうとしても
たぶん難しいんで、ネット上のお店とか、
なにか新しい形でやりたい。
そういう思いをずっと持っていたんです。
そんなとき、こういうことが起こった。
やっぱり、こういう有事のときとか、
社会のレギュレーションが
変化していくようなときは、
ぼくみたいな、ふつうじゃない、
変わったことをしたい人が
役に立つと思うんです。
ですから、これから配送網を整えて、
もともとの夢である
「テナント料がかからないデパート」
というのを実現していけたらなと思ってます。
──
つまり、秀島さんからすると、
急場しのぎで
「Post Bento!」をやったんじゃなくて、
もともとやりたかったことがあって、
このアクシデントというか、社会の変わり目に、
自分のほんとにやりたかったことを乗せている。
秀島
そうですね。だから、
たんなる「お弁当お届けサービス」で
終わらせるつもりはないです。
まあ、現状はそう見えますけど、
たとえば、直接、お届けすることで、
お客さんとぼくのあいだに、
思いの外、交流が生まれるんですよね。
だって、ふつうはこんなおっさんが
「弁当の宅配してる」って聞いたら、
ちょっと悲壮感漂うじゃないですか(笑)。
でも、配達先のお客さんとの
メールは絵文字の応酬で、
ものすごくテンション高いんですよ。
お客さんも、家の前で
待っててくれたりしますからね。
樋口
へぇーー。
秀島
ですから、実際の配達を続けるなかで、
これは単なる弁当お届けサービスじゃないぞ、
ということがわかってきた。
届けに来る人を待ってるお客さんがいる、
いままでになかったサービスだと。
お客さんに求められてる、
っていう実感があるんですよ。
ものを運んで手間賃もらうじゃなくて、
待ってる人がいて、そこに届けるという、
そこの部分に、なにか生まれてきてるなと。
配達ってこんなにたのしいのかって、
よくわかんないよろこびが出ちゃって、
筋肉痛でも行っちゃうわけです。
もちろん、ちゃんと距離を保って
やりとりしてますけどね(笑)。
──
なるほど(笑)。
一方、樋口さんのほうは、
老舗のお弁当屋さんですから、
あたらしいサービスに踏み出すときには、
いろんなしがらみがあったと思います。
そんななかで4月3日にはじめて会った人と、
新しいサービスに取り組むというのは、
それほど簡単じゃなかったと思うんですが。
樋口
まあ、そうですね(笑)。
たとえば、配達の会社さんとも、
もちろんおつき合いはあります。
すでに自社便で、
お弁当の無料配送もしてるんです。
ただ、1万円以上とか、3万円以上とか、
ご注文金額の線引きがあるんです。
そうしないと配送料だけで赤字になっちゃうので。
ですから、個人のお客さんが
1個、2個、自宅でほしいという要望には
応えられていなくて。
出前館とか、Uber Eats(ウーバーイーツ)とか、
そういうところからお誘いもあって、
実際に検討もしたんですよ。
ただ、メリット、デメリットありまして、
オペレーション的に先方の条件に
うちが合わせられない部分があった。
だから、ニーズはあるのに、少数だから
お届けすることができないというのは、
なかなか歯がゆいことでした。
デパ地下の弁当や生鮮を近場だけに
配達するというサービスも、
じつは過去にあったんですよ。
でも、自然と途絶えてしまった。
おそらく採算が合わなかったのかな
と思いますけど。
だから、今回、お話しをいただいて、
まずは問題意識としてありましたから、
まったく抵抗はなかったです。
秀島さん個人についても、
ツイッター上とはいえ、やり取りがあって、
おもしろおかしい話から
真面目なビジネスの話まで、
いろいろと話していたので、
そこも問題はありませんでした。
ただ、いっしょになにかしましょう、
というのは、最初はまあ、
社交辞令なのかなとも思っていました。
そしたら、「Post Bento!」という
新しい企画の提案とともに、
ほんとにコンタクトが来たので、
ぜひ聞きたいと思い、
その日のうちに会ったわけです。

──
内部で反対意見とかはなかったですか?
樋口
いえ、ほかの社員のほうも、
いま売上がつくれるんだったら、
なんでもやるべきじゃないかと。
──
ああ、そうですか。
樋口
4月に緊急事態宣言が出たあと、
完全に工場を休業することも考えたんです。
百貨店が休みになるならそのほうがいいかなと。
でも、一回、機械を止めてしまうと、
厨房の手入れも大変だし、
仕入先の業者さんたちも困るし、
うちだけで決められない部分もあったので、
開けておくことにしました。
助成金もらっても、それだけでは足りない。
じゃあ、試しに工場で売ってみようかと、
ぼくが言ったら、職人たちも、
「ぜひやるべきです!」と、
すぐに賛同してくれたんですよ。
今回の「Post Bento!」に限らず、
この状況で売上をどうやってつくるかは
いまもいろいろ考えています。
たとえば、先日、知り合いのパン屋さんで、
うちの弁当の予約を取ってもらう
という実験もやってみたんですが、
数時間で35個ぐらい予約が入ったんですよ。
さらに、そこのパン屋さんパンを、
うちが逆に20斤ほど仕入れて工場で売ったら、
30分で売り切れちゃったんですよ。
──
はーーー。
樋口
いまこういう事態になって、
みなさん遠出できないと思います。
もちろん、スーパーは開いてるんですけども、
たぶん、いつものものしか置いてない。
そういうところに、週に何回かでも、
うちのお弁当とか、秀島さんのバターとか、
確実におすすめできるなにかを
紹介するような場ができたら、
まだまだやれることはあるなと思ってます。
たぶん、コロナが収束して、以前の日常に戻ると、
そんな余裕はなくなっちゃうほど忙しくなるので、
いま時間があるなかで、いろいろ試してみて、
今後につながるようなことができればと。
だから、いまはそういう下準備というか、
種まきみたいな時期だと思って、
なんでもやってみようかなと思ってます。
──
なるほど、なるほど。
樋口さんも秀島さんも、
現状に困ってその場しのぎで
なにかをしているわけではなくて、
いまのこういう状況を
これまでやりたかったことの
挑戦の機会ととらえてらっしゃるんですね。
樋口
はい。
秀島
そうですね。

こんなふうに届きました。 その2

こんにちは、ほぼ日の菅野です。
今日は宅配当日のようすをお伝えします。

お昼の時間帯に配達されることは
注文時にわかっていたのですが、
いったいドンピシャ何時に
配達されるかがわからないので、
朝からソワソワしていました。
すると、すでに早朝の時間帯に、
ナショナルデパートの秀島さんから
メールが入っているではありませんか。

「実証実験にご参加ありがとうございます。」
おお、ゲームみたいだ。
「お届け時間が近づいたら、
ショートメールをさしあげます」
うわぁ、やっぱり探検隊がやってくるよう。
早く来て。気をつけて来て。
おなかがギュワンギュワンです!

すると携帯電話にSMS着信があり、
「10分ほどでお弁当をお届けにあがります!」
との文字が見えました。やったぁ。

しかし、家周辺の地理は少し複雑。
心配と空腹と興味津々とで、
家の前までお迎えにいくことにしました。

さて、弁松のお弁当を
配達してくださったのは。


▲撮影:菅野


▲撮影:りか先輩

大柄のおにいさま(こちらが秀島さん)でした!
一日じゅう綱渡りのような配達でしょうから、
ササッとお受け取りだけしようと思っていたところ、
「今日は時間どおりに来られてよかったです」
「どうぞ、めしあがってください」
と声をかけていただきました。

私もマスク越しに
「いただきます。配達ありがとうございます」
と、お伝えしました。

ここでね、私はちょっと思ったんです。
最近、スーパーに買い出しに行っても
レジの方に話すことはしないので、
買物がとにかくひたすら、味気なかったんですよ。
売り場の人も「おいしいですよ~」とは
おっしゃらないんです。
ええ、しょうがないんです、
そうせずにおくべきだし、
いまはしょうがないんですよ。

買物って、
お金とものを交換していただけじゃなかったんだな。
ものは、私のところへ、
人の手を通ってわたってくる。
「いいものだよ」とおすすめしてくれる人が、
届けたいという情熱がこもったものを、
手にわたしてくれる。
それが、買物のたのしさだったのだな。

そして私は、
ニッコリ顔で手にしました。

MY LOVE、弁松のお弁当!

(次回、食べるところにつづきます)

(つづきます)

2020-04-29-WED

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