俳優として45年目のキャリアを迎える役所広司さん。
最新作の映画『PERFECT DAYS』で演じたのは、
渋谷の公衆トイレの清掃員・平山です。
『パリ・テキサス』や『ベルリン・天使の詩』
など数々の名作を手がけてきた
ヴィム・ヴェンダース監督がメガホンをとり、
本作で役所さんは第76回カンヌ国際映画祭
最優秀男優賞を受賞しました。
毎日同じ時間に目覚め、カセットテープをかけ、
一杯飲んで、布団で本をめくる‥‥。
静かに満たされている平山の生き方に、
あこがれのまなざしを向けるふたり。
たっぷりとお時間をいただき、
役所さんに糸井がじっくり話をうかがいました。
この対談の動画は「ほぼ日の學校」でも
ご覧いただけます。
役所広司(やくしょ・こうじ)
1956年1月1日生まれ、長崎県諫早市出身。1983年、NHK大河ドラマ『徳川家康』で織田信長役を好演し、脚光を浴びる。主な出演作に『Shall we ダンス?』(1996)、『CURE』(1997)、カンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した『うなぎ』(97)、『ユリイカ』(2001)など。『SAYURI』(2005)、『BABEL』(2006)など海外作品にも出演。『孤狼の血』(2018)においては、3度目の日本アカデミー賞・最優秀主演男優賞を受賞、また2019年の第13回アジア・フィルム・アワードにおいては最優秀主演男優賞、特別賞Excellence in Asian Cinema Awardをダブル受賞。『すばらしき世界』(2021)では、シカゴ国際映画祭最優秀演技賞を受賞するなど、世界的にも高い評価を受けている。
第四回
ただそこに生きている人間が、映画になった。
- 糸井
- 役所さんが出られた『PERFECT DAYS』は、
ひとり暮らしの、ある程度年を重ねたおじさんが
生活しているところから始まりますけど、
状況としては役所さんが前に出られた映画、
『すばらしき世界』の男と
重なるところがあるわけですよ。
見た目というより環境が似ているから。
- 役所
- 実は、あのとき撮影したアパートも近くて。
- 糸井
- へえ!
- 役所
- 今日も別の取材で言われました。
『すばらしき世界』の男が、
まっとうな職に就いた“その後”のように見えると。
- 糸井
- 僕はそこがとてもおもしろかったんです。
役所さんはこの役を
自分の意志で選んだわけだから、
『すばらしき世界』の男と
『PERFECT DAYS』の男が
似てるかどうかという話を越えて、
「この役をやりたかったんだろうな」と
思ったら、もうそこからワクワクしたんですよ。
- 役所
- そうでしたか。
- 糸井
- 『PERFECT DAYS』のベースを作っているのは、
朝起きて、身支度して、缶コーヒーを飲んで
っていう繰り返しの場面だと思っていて。
- 役所
- ええ。
- 糸井
- 思ったのは、彼の一連のルーティンを、
どうしてこんなに退屈せずに
観ていられるんだろうと。
脚本を書いた人は退屈させない自信があるから
書いたわけだし、監督も自信を持って撮っているし。 - これをやってみなさい、と言われた俳優さんは、
「大丈夫だろうか」と一瞬不安になると思うんです。
- 役所
- でも、「大丈夫かな」とは思わなかったですね。
言われてみればたしかにそうですけど。
- 糸井
- それはすごいことですよ。
- 役所
- 僕は台本に書いてある通りに動いているだけで、
やっぱり編集のテンポが心地いいから
同じことの繰り返しでも飽きないんだと思います。
- 糸井
- ああ、なるほど。
- 役所
- それは、映画のマジックですよね。
同じことを繰り返しているだけで、
衣装もライティングも変わらないけれど、
編集でリズムがちょっと変わる。
それによって歯を磨いたり本を読んだり、
ただそこに生きている人間が
映画になるんだなと思いました。
- 糸井
- ああいう、なんでもない日常を演じるときは、
役所さんの頭の中にはなにがあるんですか?
- 役所
- この脚本を読ませてもらったときに僕が思ったのは、
日本ではだいたい顔が知れ渡っているけれど、
僕のことを知らない世界の人が観たときに
「ヴィム・ヴェンダース監督は日本で
ほんとに清掃員を連れてきて演らせたんだろうな」
と思ってもらえるような演技をしたいと
思ったんですね。
- 糸井
- なるほど。
- 役所
- なので、どうすれば役者くさい動き、
喋りを避けられるのか、
それを常に考えていたように思います。
- 糸井
- でも、おじさんが歯を磨いて、コーヒー飲んで、
居酒屋でごはんを食べて、本を読んでっていう姿を
飽きずに観られて、しかも全国で上映される
っていうのはすごいことですよね。
- 役所
- すごいことですね。
- 糸井
- あまりにも平凡な行為がずーっと続くので、
“謎”のように思えてきたんです。 - それは役所さんが確信を持って
演じてらっしゃるのが伝わってくるからで、
その様を観ていると「これどうなるんだろう」って、
推理小説のイントロみたいに思えるわけです。
冒頭の、長いルーティンの描写が。
- 役所
- ええ、ええ。
- 糸井
- それが、うまくいっているなあと感心しました。
物語にすーっと惹き込まれていく要因は、
あの“退屈かもしれない”イントロでしょうね。
- 役所
- でも、一見なにも起こらないことを映画にするのは、
なかなか勇気が必要なんでしょうね。
- 糸井
- 勇気が必要だと思います。
- 役所
- 実のところを話すと、
この企画をいただいたとき
大手の映画会社では、
絶対に通らない企画だと思いました。
- 糸井
- ああ、そうかもしれないですね。
- 役所
- 「渋谷区にあるThe Tokyo Toilet プロジェクトの
トイレが舞台で、役はトイレの清掃員です」、
と言われただけでおもしろそうというか‥‥
うつくしい物語が生まれそうな予感がしていました。
たぶんこういう映画には、
一生役者をやっていたとしても
なかなか出会えないだろうなと。
- 糸井
- そうですよね。
僕のなかでは絵本をめくるような映画だったというか、
顔つきや身なりはリアリズムだけど
非常に寓話的だったじゃないですか。
めくるたびに、意外な小さなできごとが起こる。
なので、共同脚本が高崎卓馬さんだと知って、
なるほどと思いました。
- 役所
- そうですか。
- 糸井
- 以前、高崎さんが手がけられた絵本と
構造が似ているなと思ったんです。
『まっくろ』(講談社)といって、
家でも学校でも休みの日も
画用紙をまっくろに塗り続ける子の話で、
周りは不安に思っているんだけど
じつはちょっとずつのことが何かを作っていて。
今回の映画の脚本も、そういう風に感じました。
- 役所
- 脚本を読ませてもらったとき、
高崎さんの文章の美しさみたいなものに
「ああ、すごいなあ」と思って、
この文章をどうやって映画にするんだろう
というのは思ったんです。
これは、動いてみないとわからないだろうと。
- 糸井
- はい。
- 役所
- 脚本に沿って人間が動いて、
まわりの木が揺れたり風が吹いたり、
そういうもので受け取る感じが
変わるんだろうなあと思いました。
そうしたら、こう‥‥
想像もできない仕上がりでしたね。
- 糸井
- 脚本の感じとはまた違いましたか。
- 役所
- そうですね。
映画とは動いて完成するものなんだなと思いました。
文字だけでは感じられなかったことが
映像に入ってきていて、
すごい、なんていうんでしょう‥‥
僕が演じた平山という男は、
大都会の東京でたったひとり
“森で生きている”ような
感じがしました。
- 糸井
- 静かなところに、主人公のまわりの人たちが、
ちょっとした事件の元みたいなものを
持っているじゃないですか。
たずねてくる親戚の女の子だとか、同業の青年だとか。
でも、主人公はそこに影響されない。
- 役所
- ええ。
- 糸井
- 相手のことを感じていないわけじゃないけれど、
爆発もしなければ、同情も共感もせず、
ある一定の距離と温度を保っている主人公というのは、
先ほど話した『すばらしき世界』の男とは違いますよね。
彼は、いつ爆発するかわからない。
良いこともしたいけれどギリギリの感じもあって、
一度ネジが外れたらなかなか恐ろしい人だった。 - でも『PERFECT DAYS』の平山さんは、
自発的に行動したり、爆発したりしない。
変化することを禁じているようにも見えて。
- 役所
- 僕も、最初はもっと喜怒哀楽のない、
修行僧みたいな男だと思っていました。
そうしたら監督がところどころで、
「笑って、笑って」と言うんです。
- 糸井
- ああ。
- 役所
- 唯一怒ったのが、同僚の若者のせいで
ルーティンが乱れたときです。
あそこで「この映画でいちばん怒ってくれ」
って言われたんですよ。
- 糸井
- たしかに怒ってました(笑)。
- 役所
- 平山さんはそんなに怒る人かなと思いましたけど、
監督が言うのでやったんです。
でも、あとから監督の目線で考えてみると、
僕が演じようとした平山は完成されすぎていて
リアリティがなかったと思いました。
だから、親しみやすさみたいなものを、
すこし演出で足したかったのかもしれないです。
- 糸井
- お客側としては、
あのバランスは今までになかったと思いました。
- 役所
- そうですか。
- 糸井
- 無感情だったりクールだったり、
常に同じ表情をキープしている役は
見たことある気がするんです。
でも、彼は静かだけれど無感情ではない。
自分から働きかけるようなことは、
仕事以外でほとんどやらない生き方
というのがおもしろくて、
せいぜい、○×ゲームくらいでしたよね。
彼が自発的に変化を楽しんでいたのは。
- 役所
- テレビもないしネットもやらないから、
彼に入ってくる情報は
目に入るものだけなんですよね。
だから、目の前のことだけで判断する。
- 糸井
- 情報が少ないですよね。
- 役所
- この時代にはめずらしい人で。
- 糸井
- なるべく影響を受けないように
気を張っているわけじゃないんだけれど、
一定の距離をキープしたまま
終わりまでいったじゃないですか。
それが、最初の退屈かもしれない時間と
相似形だと思ったんです。
ルーティンを徹底してやるのは、
彼のなかで思い出したくないことがあるんだろうな、
結局なにがあったんだろうって思いながら。
- 役所
- 想像がふくらみますよね。
(つづきます。)
写真|有賀傑
2023-12-14-THU
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映画『PERFECT DAYS』
12月22日(金)より全国公開。カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞、
米国アカデミー賞国際長編部門にも選出され、
世界的にも高い評価を受けている
映画『PERFECT DAYS』。カメラはほとんどの時間を、
役所さん演じる平山をとらえます。
東京・渋谷のトイレ清掃員として働く平山。
決まった時間に起床し、
持ち物は同じ場所に整然とならべられ、
何年も聴いているカセットテープをかける。
淡々とした日々の繰り返しを映しますが、
そこには自ら選んだ大切なものしかなく、
観ていると心地よい気持ちになってきます。
彼のまわりにあらわれ、日々を静かに揺らす、
同僚役の柄本時生さんや姪役の中野有紗さんといった
役者陣の演技もすばらしいです。
「より良く生きるとはなにか」
そんなことを、平山の姿を通して思い返す。
言葉数は多くないけれど、
感じるものがたっぷりとある映画です。
ぜひ、劇場でご覧ください。監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:役所広司、柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、田中泯、三浦友和
脚本:ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬
製作:柳井康治
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