みんなだいすき祖父江慎さんと、
伝説のプリンティングディレクター
佐野正幸さん、
図書印刷の製本コンシェルジュ・
岩瀬学さんに、
じっくり語っていただきました。
印刷について、製本について、
紙について、色について‥‥そして
3人でつくった
junaidaさんの絵本『の』について。
たいへん、おもしろい内容です。
福音館書店の編集者・岡田さんも、
ときどき混ざってくださいます。
担当はほぼ日奥野です。どうぞ〜!
- 祖父江
- 岩瀬さんのことを忘れていませんか。
ぼくは、忘れてました!(笑)
- 岩瀬
- お誕生日席にいるのに‥‥。
- ──
- 今までは主に印刷のお話だったので、
ここからは、
ぜひ製本についてお聞かせください。 - なんでも、祖父江さんのような人が
困ったことを言い出したとき、
出てこられるのが岩瀬さんであると。
- 岩瀬
- ねえ。そうなっちゃいました。
- ──
- これまでにつくった「困った本」って、
たとえばどういうものが。
- 岩瀬
- まあ、祖父江さんとの出会いからして、
少々「困った本」だったんですよ。
- 祖父江
- あー、そうだった。
- 岩瀬
- 当時、上製本の現場課長やってまして。
- 祖父江
- 現場のお偉いさんだったんです。
- 岩瀬
- いちばん下っ端の偉いさんだったので、
祖父江さんから
こんなリクエストが来てるから、
おまえ相談してこいと言われたんです。
- ──
- もっと偉い人から。
ちなみに、それって、どのような‥‥。
- 祖父江
- 綾辻行人さんの
『深泥丘(みどろがおか)奇談』です。 - 綾辻さんって、
室内もののミステリーが多いんですが。
- ──
- 『十角館の殺人』は読みました。
- 祖父江
- 外が舞台のミステリーを書いたんです。
- それなんで、いつもとは反対なので、
表紙をひっくり返して、
通常は本の「背」が来るところに、
本体をくっつけて製本してほしいと。
- ──
- ええー‥‥っと。
- 祖父江
- 内側が外側で、外側が内側なんです!
- 岡田
- つまり通常は表2・表3にあたる面が、
表1・表4側にくるように?
- 祖父江
- これ、見てもらったほうが早いかも。
お見せいたしましょう。どこかにあるよ。
(ぴゅーっといなくなる)
- ──
- もうしわけございません、
にわかにはイメージできてませんが、
つまり「困った本」なんですね?
- 岩瀬
- まあまあ、なかなかに手ごわい本で。
- なので、当時の上司に、
「おまえ、直接行って相談してこい」
と言われたんで相談に来たら、
祖父江さんに
あるテレビの取材が入っていまして。
- ──
- あ、はい。
- 岩瀬
- そこで、僕、どういう本なら可能か、
なんとか着地させようと、
祖父江さんのプランを踏まえ、
それだと製造上難しいから
代案などをご用意して
「ご相談」にやって来たはずなのに。
- 岡田
- ええ。
- 岩瀬
- カメラは回ってるし、
なんか、簡単に「むずかしいですね」
とも言えない状況でして。
- 岡田
- わかります、なんだか(笑)。
- 岩瀬
- そのとき、祖父江さんという人に、
はじめてお会いしたんです。 - こっちは「ご相談」で来てますから、
製造上の問題点や懸念を、
一個一個、説明していくんですけど、
祖父江さん、何を言っても
「はい、いいです」
「はい、大丈夫です」と言うんです。
- ──
- 言いそう!
- 祖父江
- これね、ふつう、製本するときには、
ここにこうして本体をはさみますね。 - でも、そうじゃなくて、
表紙の表と裏をひっくり返しつつね、
背の裏側にタイトルを入れて、
背の部分に本の本体を貼ってねって。
- ──
- なるほど!(いつの間に‥‥!)
- 祖父江
- わかった?
- 岡田
- 通常は見返しに隠れていて見えない
本の構造部分が、
表側にあらわになるってことですか。
- 祖父江
- そうそう、こういうね、
いまにも破れそうな部分なんかがね、
表に出ちゃう本でした。
- ──
- 聞くだに困ったリクエストですね。
- でも、そんな困ったリクエストを
どうにか
どこかへ着地させようとするのも、
すごいと思います。
- 岩瀬
- そう、こういうところって弱いから、
破れますよとか言ったんだけど。
- 祖父江
- ここ、繊維の長い紙を使ってるんで、
破れにくくします、とかご説明して。
- 岩瀬
- 破れてもいいと言ってました(笑)。
- 祖父江
- あ、そうでした。
- まあ、まんがいち破れたとしてもね、
それは仕方ないことだものね。
- 岩瀬
- 祖父江さんって人はそこまで言うし、
じゃ、ちょっと試してみるか‥‥と。 - だからまずはテストしてみたんです。
で、300部くらいつくってみたら。
- ──
- ええ。
- 祖父江
- 最初、絶対に破れるって言われたの。
- 製造現場で見学したら破れないので、
「破れてないですね」
「いずれ破れます」
「破れてないですね」
「そのうち破れます」
みたいなことを繰り返してるうちに、
破れなかったんです、最後まで。
- ──
- 予想に反して。
- 祖父江
- で、そのときに
岩瀬さんのおっしゃった言葉が、
「あれー、おかしいな」って(笑)。
- ──
- 破れてほしかったかのような(笑)。
- 岩瀬
- そんなことはないですけどね(笑)。
でもよかったです、実現できて。
- 祖父江
- 大丈夫なんです。本当はね、多少は。
ミスがあったって、それくらいは。 - ひとつも失敗は許されませんよって、
そんな言い方する人がいると、
「何もできない」になっちゃうのね。
- ──
- そうですよね。自戒を込めて。
- 祖父江
- だから、ちょっとくらいは
ミスしてもいいですよ~って気持ち、
それさえあれば、
「じゃ、できるかも」になりますよ。 - クレーム言わない心意気、これ大事。
- ──
- 肝に銘じます。
- 祖父江
- そんなこんなで、
こちらのお誕生日席の岩瀬さんには、
今までに聞いたこともない、
新しい肩書きがついてしまいました。
- 岡田
- 製本コンシェルジュ、と。
- 岩瀬
- まあ‥‥。
- 祖父江
- 造本の知恵をたくさん持ってますし、
現場の機械にも詳しいし、
本当に技術的にできないのか、
工夫すればできそうなのかについて、
知見をお持ちの岩瀬さんです。
- 岩瀬
- でもね、祖父江さんとは
お仕事をたくさんご一緒しましたが、
さっきも言いましたけど、
あるていど、
自分もリスクを背負ってくれる感が
あるんですよ。だから、実現できる。 - こんなふうにしたい、
でも、リスクはぜんぶそちらで‥‥
だと、当然、
やめときましょうって話になります。
- ──
- 造本に関する知見を多くお持ちでも、
「飛んでくるボール」って、
それぞれ新しい魔球なわけですよね。
- 岩瀬
- 経験上、だいたい予想はつきますし、
ご相談のうえで、
べつのところへ
着地させることだって当然あります。 - オナラの出る本をつくってとか‥‥。
- ──
- うわー‥‥なんか、もう(笑)。
- 祖父江
- つまり、本を開いたり閉じたりって、
ある意味「ふいご」状態だから、
そのたびごとに、どうにかして、
プップップーって
音が鳴る本ってできないかなと。
- 岩瀬
- あのときは、ボール紙に
刻みだとか切れ目を入れるみたいな、
そんなことでしたっけ。
- 岡田
- おもしろいなあ(笑)。
- 祖父江
- 実は、さらにその手前のプランは、
コンニャク本にするには
どうしたらいいかと相談しました。 - 本を持ち上げると、
全体がコンニャクみたいに
プルンってして、
本体部が重力に負けて
ダラっと垂れたりする本とか‥‥。
- ──
- 想像を絶します。
- 祖父江
- 最終的には、
板紙と板紙の間にスポンジを挟んで、
指で押すと「背」の上下のスキマから、
風がヒュイヒュイヒュイと出てきて、
ほっぺに当てたら涼しいという本に
なりました。
- ──
- そこへ着地されましたか。
- 祖父江
- しました。
- さくらももこさんの『神のちから』
という本です。
- ──
- そのような見たことのない変化球を、
岩瀬さんは、
1球1球、打ち返してこられた、と。
- 岩瀬
- ま、「ご相談」させていただきながら。
- ──
- ちなみに
「祖父江さんみたいなリクエスト」を
してこられる方っていうのは、
他にもいらっしゃったりするんですか。
- 岩瀬
- 町口さんとか。
- ──
- あ、町口覚さん。
- 岩瀬
- ですね。町口さんとか、町口さんとか、
町口さんですよね(笑)。
- ──
- つまり「町口覚さん」であると(笑)。
- 町口さんがおつくりになった、
本体がグニューッ‥‥とズレた写真集、
拝見したことがあります。
- 岩瀬
- ああ、やりました。
- ──
- ああ、あのお仕事も岩瀬さんでしたか!
さすがは製本コンシェルジュ‥‥。
- 岩瀬
- あの企画、はじめにいただいたときは、
主に時間がなかったので
実現できなかったんですが、
3年だか4年くらいしたら、
また、リクエストをいただいて(笑)。 - そのときは、3ヶ月くらい考えて、
最終的には、いいものができましたね。
- ──
- 信じられないようなつくりの本でした。
- ページをめくるごとに、
酔うような感覚を覚えると言いますか。
- 岩瀬
- 酔っぱらって思いついたそうです。
- ──
- あ、ご本人も。
- 岩瀬
- はい(笑)。
(つづきます)
2019-12-05-THU
-
祖父江さん+佐野さん+岩瀬さんが集結!
junaidaさんの絵本『の』が売れている。まだ発売してそんなに経っていないのに、
すでに重版がかかっているという
junaidaさんの最新絵本が、『の』です。
の‥‥という言葉が連れていってくれる、
王様のシルクのふとんの大海原、
銀河のはての美術館、
女の子の赤いコートのポケットの中‥‥。
この絵本をつくったのが、
本連載で語り合う3人のプロたち。
南青山のTOBICHI2では
『の』の原画展&
特別セット『のの』販売会を開催中です!詳細はこちらの特設ページでご確認を。