みんなだいすき祖父江慎さんと、
伝説のプリンティングディレクター
佐野正幸さん、
図書印刷の製本コンシェルジュ・
岩瀬学さんに、
じっくり語っていただきました。
印刷について、製本について、
紙について、色について‥‥そして
3人でつくった
junaidaさんの絵本『の』について。
たいへん、おもしろい内容です。
福音館書店の編集者・岡田さんも、
ときどき混ざってくださいます。
担当はほぼ日奥野です。どうぞ〜!
- 岩瀬
- もうあと15分しかない。
- ──
- まずいですね。
- 佐野
- まだまだしてない話、ありますよね。
- 岩瀬
- ここはコズフィッシュの藤井さんに、
きちんとした『の』の話を、
してもらったほうがいいんじゃない。
- ──
- そうかもしれないです。
- 岩瀬
- 藤井さん、藤井さーん。ちょっと。
- 藤井
- はーい。祖父江さんはどこへ?
- ──
- いや、ちょっと、いつの間にか‥‥。
(また、いなくなってる‥‥)
- 岩瀬
- これ、この『の』の本ですけど、
わたしが覚えている限り、
5回くらいは束見本(つかみほん)を
つくり直してると思うんですよ。
- 藤井
- はい、そうなんです。
何度も造本テストをしていただいて、
はじめは
「丸背」というプランもありました。
- ──
- 頼みの綱の藤井さん、
ずばり、『の』の造本のポイントを
教えてください。
- 藤井
- はい、いろいろありますが、
大きな特徴のひとつは
「チリがないこと」ですね。
- ──
- チリ。
- 藤井
- ふつう、ハードカバーの場合、
本文と比べて、
表紙が、少し出っぱってますよね。 - そこを「チリ」って呼ぶんですが、
スタンダードな製本だと、
チリは「3ミリ」になります。
- ──
- ええ。
- 藤井
- でも、この本ではチリが「0ミリ」。
- 岩瀬
- チリのない上製本をつくりたいと。
- ──
- junaidaさんのリクエストですか?
- 藤井
- 打ち合わせをしているときに、
表紙をめくったら
いきなり物語の中に入っちゃうような
つくりがいいんじゃないかって。
- ──
- ええ。
- 藤井
- それなら扉をつけずに
見返しから本文をスタートしてはどうか、
という話になりました。
チリ「0ミリ」は祖父江さんの提案です。 - junaidaさんも、その構成を
おもしろがってくださったんです。
ただ、見返しにできる
段差が気になるとおっしゃって。
- ──
- 段差。
- 岩瀬
- 上製本というのは、
表紙の紙を内側に折り返してるんです。 - そこにどうしても「段差」が出てきて、
印刷された絵に影響する。
だから、折り返しを、なくしたいって。
- ──
- 「困ったリクエスト」‥‥来ましたね?
- 岩瀬
- 来ました。
- そこで、
折り返しのない表紙にするにはって、
いろいろ考えた結果、
最初に表紙と本体をくっつけてから、
表紙ごと裁断したらどうかと。
- ──
- ダイナミックな解決法!
- 岩瀬
- ところが、いざテストしてみると、
本の構造的にどうしても
キレイに断裁できない部分が出てきて。 - 結局、丸背を角背に変更して、
「段差」については
上製本らしさとして活かすことになり、
今度は、祖父江さんが言い出した
「チリを、どこまで詰められるか」を
追求していくことになったんです。
- ──
- いろんな変遷があったんですね‥‥。
- そんな展開に、
製本コンシェルジュ・岩瀬さんは。
- 岩瀬
- ぼくらは「0ミリ」と言われた場合、
「0ミリとは、1ミリです」と。 - つまり、完全に「チリ0ミリ」では、
製本時の個体差によって、
本体のほうが、
表紙より出っぱってしまうケースが、
かならずあると思ったんです。
- ──
- 0ミリとか1ミリとか、
もう完全に「誤差の範囲」ですしね。
- 藤井
- 現場立ち会いでいろいろ試した結果、
最終的には、
「0.5ミリ」で決着しました。
- ──
- うわ、その「あいだ」を取りますか!
「0.5ミリ」の攻防‥‥。
- 岩瀬
- ギリギリまで追い込みました。
- 藤井
- 0ミリだと、あまりに0ミリ過ぎて。
- 実現はできたんですけど、
製本がほんの少しでもずれると、
指の腹に本文の引っかかりを感じたり、
本文が
角からはがれるリスクがあって。
- ──
- なるほど。
- 藤井
- 何度も繰り返し読みたい本なので、
恐る恐る扱わないといけないようでは、
本末転倒になると思ったんです。
- 祖父江
- その昔ね、とり・みきさんの本でね、
『御題頂戴』っていうんだけど、
原稿を束ねただけの本にしようって。 - 「チリをなくしたい」って言ったら、
たちどころに印刷所から
「無理ですね」と断られたんですよ。
- ──
- へえ‥‥。(おかえりなさい‥‥!)
- 岩瀬
- まあ、製本の常識で言ったら、
製造上「チリなし」は無理なんです。
- 祖父江
- でも、図書印刷さんが、
限りなく「なし!」にちかいものを、
つくってくださって。 - チリのない本ってねえ、かわいいの。
花布(はなぎれ)が
本の「天」からペロっと出ててるの。
- ──
- ペロッと。そりゃかわいい!
- 祖父江
- ぼくは、その一件で、一気に
図書印刷さんへ信頼感を持ちました。
- 岩瀬
- まあ、0.5ミリとか1ミリとか、
機械の刃のソリ加減とか、
その日の湿度とかでも変わってくる、
そういう世界ですからね。
- 祖父江
- これ、この記事を読んだ人が、
チリなしでやってくださいと言って、
殺到しちゃうんじゃないの?
- 岩瀬
- いやいやいやいや!
- ケースバイケースですから、すべて。
この紙で、この厚みで、
このサイズで‥‥という、
お客さまのご要望に沿ったうえで、
どう実現できるか考えていますので。
- 藤井
- 今回の場合も、
もうすこしページ数が多かった場合、
合わなかったかもしれませんね。
- 岩瀬
- そうそう、そうなんです。
- ──
- やってみなきゃ、わからない世界。
- 祖父江
- まあ、極端なことをやりたかったら、
デザイナーさんも覚悟を持ってさ! - 100%の可能性なんてないわけで、
デザイナーの側でも
ちーゃんと責任を取りますっていう、
前向きな気持ちが大事。
- 岩瀬
- 祖父江さんから
「困ったリクエスト」が次々来ても、
どうにかならないかなあって
がんばっちゃうのは、
その気持ちに支えられているからです。
- 祖父江
- わあ、あと5分しかないけど、
もっとレイアウトの話もしないとね。 - これの書体は何でしたか、藤井さん。
この『の』の書体は。
- 藤井
- 筑紫明朝です。
- 祖父江
- 筑紫明朝ですね。
- ──
- 筑紫明朝。
- 祖父江
- うるおいのある明朝体です。
- ──
- うるおい。
- 祖父江
- 明朝体という書体には、
ものによっては
金属的で硬質なものもありますが、
これは、
うるおいのあるしっとりした明朝。
- ──
- それは、物語の内容に照らして。
- 祖父江
- はい、感じよかったんです。
- 組んだ見本を見せてもらったら、
あら、いいじゃないって思ったの。
- ──
- なるほど。
- 祖父江
- あとね、センターでないのも大事。
- ──
- あ、文章の位置が、
ページの中央よりすこしズレてる。
- 藤井
- そうなんです。
- ──
- それは‥‥。
- 藤井
- 今回junaidaさんが描かれた絵には
シンメトリックな構図が
多かったんです。 - その数学的な美しさとつながりをもたせつつ、
文字のほうは、
ページをタテに3分割したうちの
3分の1の場所に置いてます。
- ──
- それは、かならずや、そのように?
- 藤井
- はい。
- 祖父江
- どうしてですか。
- 藤井
- 文字をセンターに置いてしまうと、
まず意味が知りたいと思って、
絵を見るより先に、
文章を読んでしまうと思ったので。 - 絵より文章が強くならないように、
わざとセンターを外したんです。
- 祖父江
- センター位置って強過ぎるんです。
- そんな気なくても、
いばりんぼうになっちゃうんです。
- ──
- なるほど‥‥。
- 祖父江
- 反対に、権威っぽく見せたいときや
いばった感じが必要なときは
センターもありです。
- ──
- そういうお話、おもしろいなあ!
- 祖父江
- まだまだいくらでもしゃべれるよ。
あと3分しかないけど。
字送りもね、いろいろやりました。
- 藤井
- 「の」によって展開していく
物語なので、
「の」の字を際立たせるために
「の」の前後を、
ちょっとだけ空けようか‥‥とか。
- ──
- へえ‥‥空けたんですか?
- 藤井
- 結局、「の」の前後だけ、
というのはやりませんでした。
個別の字間はいじらず、
連綿と続いていく感じがいいねと。 - 代わりに
本文全体を1歯アキにしています。
- ──
- イッパ。
- 藤井
- 0.25mm、ですね。
- ──
- ほんのわずかなそのアキに、
こめられているものがあるんですか。 - いろいろためしてるんだけど、
結局、最初に戻してる‥‥みたいな
表からは見えない話が、
最終的なデザインの表面のしたに、
地層のように、
ざくざく眠っているんですね‥‥。
- 祖父江
- 数量限定の「下絵版」のインキは、
4Bの鉛筆みたいな感じが
出るように濃度を調節しています。
- ──
- 4B。鉛筆の黒を表現するために。
- 藤井
- スミ‥‥つまりブラックのインキに、
銀色を混ぜた
鉛のようなインキをつくっていただいて。 - 紙に直接、鉛筆で描いたかのような、
すてきな仕上がりになりました。
- 岩瀬
- まだまだ、えんえん、出てきそうだけど。
- 藤井
- そろそろ、お時間のほうが。
- ──
- 本当ですか、ながながとすみません。
でも、本気でおもしろかったです。 - 今日は、ありがとうございました。
- チャイム
- ピンポ~ン!
- ──
- わあ。
- 藤井
- 次のお客さまが、見えたようです。
- 祖父江
- あ、きた! ヤッホー。
(おわります)
2019-12-06-FRI
-
祖父江さん+佐野さん+岩瀬さんが集結!
junaidaさんの絵本『の』が売れている。まだ発売してそんなに経っていないのに、
すでに重版がかかっているという
junaidaさんの最新絵本が、『の』です。
の‥‥という言葉が連れていってくれる、
王様のシルクのふとんの大海原、
銀河のはての美術館、
女の子の赤いコートのポケットの中‥‥。
この絵本をつくったのが、
本連載で語り合う3人のプロたち。
南青山のTOBICHI2では
『の』の原画展&
特別セット『のの』販売会を開催中です!詳細はこちらの特設ページでご確認を。