みんなだいすき祖父江慎さんと、
伝説のプリンティングディレクター
佐野正幸さん、
図書印刷の製本コンシェルジュ・
岩瀬学さんに、
じっくり語っていただきました。
印刷について、製本について、
紙について、色について‥‥そして
3人でつくった
junaidaさんの絵本『の』について。
たいへん、おもしろい内容です。
福音館書店の編集者・岡田さんも、
ときどき混ざってくださいます。
担当はほぼ日奥野です。どうぞ〜!
- 佐野
- 話を戻しましょう。
- 祖父江
- はっ!
- ──
- お願いします!
- 佐野
- わたし、junaidaさんとのお仕事は、
前作の『Michi』が最初だったんです。 - 装丁なさったのは、
祖父江さんではないんですけど。
- 岡田
- そうですね。ハル・ユデルさんでした。
- 佐野
- で、あのとき原画をスキャンして、
junaidaさんにデータをお渡ししたら、
これ、おかしいんじゃないか、と。
- ──
- おかしい?
- 佐野
- そう、うちのスキャンしたデータが。
- そこで、junaidaさんと
電話でお話をさせてもらったところ、
「ライト寄りの情報が少ないと思う」
と、おっしゃったんです。
- ──
- ライト寄りの情報が少ない。
- 佐野
- そう。
- ──
- ‥‥どういう意味ですか。
- 佐野
- たとえば、うっすらした影なんかが、
なくなっちゃってる‥‥と。
- 祖父江
- ハイライト部が飛び気味ですね、と。
- 佐野
- そうです、そうです。
- あらためて
junaidaさんが入稿されたデータと、
うちのデータを見比べたら、
おっしゃってることがよくわかった。
- ──
- ほおお。
- 佐野
- つまり、junaidaさんのデータって、
昔のアナログデータに近い‥‥
そのままを印刷すると
キレイな色が出ないんだけれど、
階調は豊かなんですよ。 - そういうデータだったんです。
- 祖父江
- 補足すると、junaidaさんのデータは、
PCのモニターが鮮やかなぶん、
モニター上で自然に見えるように
色を抑えてるんですよ、アンダーめに。 - でしょ?
- 佐野
- そう、だと思います。
- ──
- なるほど。
- 祖父江
- つまり、junaidaさんは、
デジタルデータを整えるときも、
実際に紙の上で見ているつもりで
色を調整するんです。 - でも、モニター上で最適にしても、
そのまま印刷すると、
暗くなり過ぎちゃったりするのね。
- ──
- その意味で、
印刷の場合「キレイに出ない」と。
- 祖父江
- junaidaさんは絵を描く人のなかでも、
かなり製版に詳しいと思います。 - ただ、そのまんまでは、
印刷向きではないデータだったんだね。
- ──
- そういうときに、
PDである佐野さんの知識や経験が、
モノを言うわけですね。
- 佐野
- junaidaさんのデータを見たら
階調が豊富だったし、
直接お話もさせていただいたので、
ああ、そういうことか、
こんなふうにしたいんだなあって、
すぐにわかりました。
- ──
- それで、軌道修正して。
- 佐野
- はい。
- ──
- junaidaさんも納得されて。
- 佐野
- もちろんです。
- 祖父江
- おめでとうございます。
- 佐野
- ありがとうございます(笑)。
- なので、そのときの経験があったので、
今回の『の』では、さほど悩まずに。
- 祖父江
- わー、やっと『の』の話!
- 岡田
- ありがとうございます!
- ──
- 岡田さんも喜んでおられます!
- 祖父江
- ここで、せっかくなんで
『の』の色校を見ながら話しましょう。
- ──
- あ、見たいです。
- 祖父江
- じゃんじゃじゃーーーーーーーん。
これです、これこれ。
王様のキングサイズのベッドの絵。 - これ、かなり青に変遷があります。
- 岩瀬
- たしかに、並べると、ぜんぜんちがう。
- 佐野
- でしょう。
でも、カメラには、写りますかね。
- 祖父江
- 一回目かな、青がちょっと暗いんです。
もうすこしキレイに青を出したい、と。
この時点ではCMYKの4色です。 - それで、2枚めね、
ここでCMYK+蛍光ピンクの5色に
増やしたんだけど、
明るくあざやかになったぶん、
今度は立体感が失われちゃったんです。
- ──
- じつに微妙な差ですけど‥‥本当だ。
ベッドの立体感が。
- 祖父江
- 明るいけど、ペタッとしちゃいました。
- そこで、ベッドの上面と側面に、
ちょこっとだけね、調子の差をつけた。
そうしたところ‥‥。
- ──
- ええ。
- 祖父江
- ほーらほらほら、
最初は、暗くて重くて寒かった部屋が、
あざやかで、あたたかそうで、
健やかなベッドに早変わりしましたっ。
- ──
- すごーい。
- 今の説明を受けてから改めて眺めると、
ぜんぜん、ちがいますね。
- 佐野
- junaidaさんも、
もう少しあたたかい世界や空気を
描いているつもりだって、
はじめ、おっしゃっていたんです。
- 祖父江
- インキの青ってね、どうやっても
重くて暗い印象になっちゃう。 - だから、佐野さんとしては
あざやかに見せるために
彩度ではなく、明度で、
この部屋の明るさやあたたかさを、
表現できないだろうか、と。
- 佐野
- ただ、明るくしたぶん、
調子の差が、出にくくなるんです。
平面的になっちゃう。 - そこで後から整えてあげたんです。
- 祖父江
- 絵を描く方って、
原画の色にとらわれすぎて
しまうことがあるんですが、
junaidaさんは、
自分の絵はあくまでも
「基準」にすぎないよとおっしゃって、
びっくりしたんですよ。 - 柔軟性を持っているんです。
- ──
- 極端な話、
印刷で色が変わっちゃってもいい、と。
- 祖父江
- より魅力的になるんだったら、
あえて、原画に忠実でなくてもいいと、
そういうことですね。 - 原画は基準であるにすぎない、
必ずしも原画どおりにする必要はない。
- ──
- いさぎよい。
- 祖父江
- つまりね、たぶん、
印刷された状態を明確にイメージして、
絵を描いてるんです。 - 原画の水彩絵の具と、
印刷用のインキがちがうって知ってる、
というか。
- 佐野
- うん、うん。
- 祖父江
- 原画を基準として、
理想的な色にしてほしい、みたいなね。 - それくらいのつもりですと言われて、
あー、プロだなあ、
junaidaさんは、やさしいなぁ~って。
- ──
- 最終的な仕上がりを最優先にしている。
- 祖父江
- 原画の再現じゃなくて、
junaidaさんの頭の中にあるイメージを
優先してるんです。 - あと、途中で本文用紙も変えてます。
はじめはユーライトっていう、
真っ白で印刷のノリがきれいな紙に
刷ってたんだけど、
紙のほんの~り青みがかった地色が
絵に影響しちゃっていたので、
あたたかみがあるイエロー系の紙に、
変えたんです。
- ──
- それも、最終的な仕上がりのために。
- 祖父江
- だから、並べると、
もちろん厳密にはちがうんだけど、
どんどん
原画の「印象」に近づいた結果、
佐野さんが持ってきた最終の色校、
原画とくらべて、
junaidaさんでさえも、
一瞬「どっちがどっち?」ってね。
- ──
- そこまでの完成度!
- 水彩絵の具と印刷用のインキでは、
ぜんぜん別のものなのに。
- 祖父江
- 数値的、スキャナー的な眼ではなく、
心の眼で確認してるってことよ! - あやうく原画に赤字を入れかけました。
- ──
- 佐野PDの、さすがのお仕事。
- 佐野
- いえいえ。
- ──
- あの、junaidaさんの絵というのは、
制作側から見ると、
どういった絵なんでしょうか。
- 祖父江
- まずね、すっごいなあって思ったのは!
- ──
- はい。
- 祖父江
- なんと「原寸」で描いているんです~。
- ふつうは大きく描くよね。
でも、本になったときのことを
完璧にイメージしたいんだと思うけど、
junaidaさんは、原寸で描いてる。
- 佐野
- 出来上がった本とぴったり同じサイズ。
だから、現場での取り扱いもラクです。
- 祖父江
- つまり、よく描けるなと思うんですよ。
こんな細かいのが、原寸ですよ?
- ──
- 本当ですね‥‥細かい。
ベッドの上のクマのぬいぐるみの目が。
- 祖父江
- こんなこまかいところまで原寸じゃ、
一発くしゃみのハックションで
線がずれたら
終わっちゃうじゃない!? - 面相筆とか使って描いてるって言ってた。
- ──
- はあー。ためいき。
- 祖父江
- ほらほらほら、見て見て。このページ。
これも、佐野さんのすばらしい仕事。
波の濃淡や豊かさが、バッチリ出てる。
- ──
- 微妙な調整なんでしょうね。
- 佐野
- ここも、けっこう気をつかいました。
- 祖父江
- junaidaさんの要求って高いんだけど、
やりたいことは明確なんです。 - 最初、お話ししていたときは、
junaidaさんとしては、
物質には「重量感」がほしい。
人物には
魂とか命、生命感がほしいと。
- 佐野
- そうですね。
- こっちならこっちのほうがいいですと
意思表示してくれるので、
PDや現場としては、
むずかしいけど迷うことはないんです。
- 祖父江
- この部屋は、あたたかいのか寒いのか。
- そのあたりをきちんと表現するために、
季節や時間帯、
光や空気の感じをたいせつにしてる人。
- ──
- つまり、印刷というものは、
そんな、季節や空気や時間や温度まで、
表現しようとしているんですか。
- 祖父江
- そうだよ~。
- ──
- 今みたいな言葉や感覚を共有しながら。
- 祖父江
- そうなんですよ~。
(つづきます)
2019-12-04-WED
-
祖父江さん+佐野さん+岩瀬さんが集結!
junaidaさんの絵本『の』が売れている。まだ発売してそんなに経っていないのに、
すでに重版がかかっているという
junaidaさんの最新絵本が、『の』です。
の‥‥という言葉が連れていってくれる、
王様のシルクのふとんの大海原、
銀河のはての美術館、
女の子の赤いコートのポケットの中‥‥。
この絵本をつくったのが、
本連載で語り合う3人のプロたち。
南青山のTOBICHI2では
『の』の原画展&
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