糸井が「今日のダーリン」で
「つくづく観てよかった」と絶賛を重ねた、
西川美和監督の新作映画「すばらしき世界」。
「もう観た? どうだった?」と、
社内のあちこちで「大感想大会」が
開かれている光景をよく目にします。
Shin;kuu岡田いずみさんとの対談、
YouTubeライブ「贋くらぶはうス」と、
ほぼ日社内で四方八方からラブコールがつづき、
西川監督に登場いただくのは三度目になりました。
映画の話、ものづくりのこと、
たっぷりとお話を伺いました。

>西川美和さんプロフィール

西川美和(にしかわ みわ)

映画監督、脚本家。
1974年、広島県生まれ。
早稲田大学第一文学部在学中から映画製作の現場に入り、
是枝裕和監督などの作品に参加。
2002年、『蛇イチゴ』でオリジナル脚本・監督デビュー。
第58回毎日映画コンクール・脚本賞ほかを受賞する。
2006年『ゆれる』でも、国内映画賞を数多く受賞。
『ディア・ドクター』、『夢売るふたり』、
『永い言い訳』など話題作を数々と手がける。

糸井との対談は3度目、
過去の対談はこちらをご参考ください。
ディア・ドクターのすてきな曖昧。
「夢売るふたり」はややこしいからすばらしい。 

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02. 善意も悪意も、ある分だけでいい。

糸井
西川監督にとって脚本を書くことは、
とても重要視されていますよね。
西川
私に限っては、そうですね。
糸井
ふだんと勝手が違うから、
原作から脚本をおこすのは
大変だったでしょう。
西川
大変でしたね。
原作を2時間の映画の脚本にまとめる技術を
勉強したことがなかったので、
全てが手探りでした。
効率のいい方法はあるんでしょうけど
わからなかったので、
まずは佐木さんが書かれたものを
ぜんぶ自分の中に落とし込んで、
誰よりも理解することからはじめました。
糸井
「ぜんぶ」っていうのは、
具体的にどんなことをされたんですか?
西川
何にもわからなかったので、
一行ずつ、ぜんぶタイピングし直しまして。
糸井
そうじゃないかと思った(笑)。

西川
(笑)。
スポーツでいえば、
筋トレや走り込みみたいなものですよね。
佐木さんの文体や口調を
自分の中に一度取り入れる作業でした。
そこから必要なシーンや場面転換など、
小説を分析しながら考えました。
ただ、30年以上前に書かれた小説で
原作の主人公は終戦前に生まれた人なので、
時代背景が全然違うんですよ。
物語にも、戦後史が絡んできたりして。
そこがおもしろいんですけれど、
自分に許される予算の中で実現するのは
ちょっと難しそうで。
糸井
なるほど。
西川
許された予算の中で、
いまの人に訴えられるものにするには
どうしたらいいのかと考えまして。
出所してきた人たちの生活ぶりを調べるために、
取材をはじめました。
準備期間が3年とお話ししましたけど、
取材が大好きなわけではないんですね。
はじめての人に会うのは
とっても怖いことですし、
「映画監督です」と自己紹介すると
だいたい怪訝な顔をされますし。
糸井
俺をネタにするのか、と。
西川
だけど案外、自分たちの体験してきたことや、
思いを伝えてほしい、という反応が多かったんです。
調べないと書けない性分なので
いろんなところへ行きました。
糸井
そうとう取材に行かれましたか。
西川
行きましたね。
過去に刑務所に入っていた経験のある人にも会いましたし、
彼らをサポートしている人たちにも会いました。
世の中には、自分が思っている以上に、
人の力になろうとする人が実在するんだということを
実感していきながら、
なんとか自分なりの造形力を
付けていった感じだったと思います。
糸井
最近、配信で世界的にヒットした作品を
よく観ているんですね。
そうすると何ていうんだろう……
簡単に「裏の裏」を描くんですよ。
裏切りと不信が積み重なった人間観が、
一種のエンターテイメントになっていて。
おもしろい作品ももちろんあるけれど、
それを前提に生きていく人だらけになったら、
とてもつらいですよね。

西川
物語をおもしろくするために
お話を加工する理屈はわかりますけど、
ものづくりの倫理としては
「どうなのかなあ」と考えるところですね。
糸井
だから、最近僕が思うのは、
善意も悪意も現実に「ある分だけでいい」
と思うんですよ。
裏の裏はもういいよ、って。
西川
なるほど。
糸井
そんな時にこの映画だったから、
僕はうれしかったんです。
たとえば、出所してきて
肩身の狭い思いをしていた主人公に、
近所のスーパーの店長である六角精児さんが
手を差し伸べるじゃないですか。
もしかしたら途中で、
主人公を見放したり裏切ったりする
可能性もありそうですよね。
でも、彼はそうしない。
一度離れても、もう一度、
彼の役に立とうとしてくれます。
西川
ええ。
糸井
あれがね、リアリズムだと思うんです。
西川
おっしゃる通りですね。
佐木さんがそういう書き方だったんですよ。
読者を楽しませるために、
物語をおもしろくするために、
人間を露悪的に書かない。
善意も悪意も、フラットに書かれていました。

糸井
「すばらしき世界」も、
善意も悪意もある分だけ描かれていましたよ。
西川
それは、もしかしたら
フィクションの作り手ができない、
リアリズムの書き方だったのかもしれません。
糸井
西川さんが今まで書いてきたタイプとも
違いますよね。
西川
私らしくない、と思われるかもしれません。
「甘い」というか。
糸井
人間はそんなにやさしくないぞと。
西川
そうですね。
もっと嫌な側面があるんじゃないかと。
糸井
でも「甘い」と評価する人は、
すばらしき世界をアイロニーと捉えたい人ですよね。
そういう考え方も理解はできるけれど、
そればかりではないと思いたい。
西川
悪いばかりが現実ではないと、
私もだんだん思えるようになりました。
だから、これからの物語づくりは
ますます難しくなると思います。
わかりやすいエンターテイメントに昇華されない
”何か”が必要になるわけですから。

(つづきます。)

2021-04-15-THU

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  • 人生の大半を刑務所で過ごした三上正夫(役所広司)。
    13年ぶりに出所した三上は東京へ向かい、
    身元引受け人である弁護士・庄司(橋爪功)のもと
    下町で”日常生活”をスタートします。
    人情深く、他人の苦境を見過ごせないまっすぐな性格は、
    ときに一度ぶちきれると手がつけられなくなり
    度々トラブルを巻き起こしてしまいます。
    彼の母親を探す目的で出会ったTVマン・津野田(仲野太賀)や
    近所のスーパーの店長・松本(六角精児)など、
    周囲との関わりによって”生きること”を考える三上。
    「人間がまっとうに生きるとはどういうことか」
    「私たちが生きる時代は”すばらしき世界”なのか」
    ということを問いかけてくれる映画です。
    原案は『復讐するは我にあり』で第74回直木賞を受賞した、
    ノンフィクション作家の佐木隆三さんの『身分帳』です。

    そして、映画と合わせておすすめしたいのが、
    西川美和監督によるエッセイ『スクリーンが待っている』。
    約3年におよぶ映画の準備期間や撮影のことなど
    主に制作過程が書かれた日誌なのですが、
    これが何とも臨場感があって、おもしろい。
    西川監督の細やかな視点によって書かれた文章は、
    ものづくりの醍醐味を追体験するような気持ちにさせてくれます。
    スタッフ替えのくだりなど胸の詰まるシーンが何度もあり、
    現実も捨てたもんじゃないと思いました。

    映画『すばらしき世界』
    出演:役所広司 仲野太賀 橋爪功 梶芽衣子 六角精児 北村有起哉 白竜 キムラ緑子 長澤まさみ 安田成美
    脚本・監督:西川美和
    原案:佐木隆三著「身分帳」(講談社文庫刊)
    配給:ワーナー・ブラザース映画
    ©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会  

    書籍『スクリーンが待っている』
    著者  西川美和
    定価  本体1,700円+税
    発行  小学館
    Amazonでのお求めは、こちらからどうぞ。