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2026-04-20

府中市美術館「長沢蘆雪展」に行ってきました!

府中市美術館で、
「春の江戸絵画まつり 長沢蘆雪展」が開催中です。
この展覧会は、以前「ほぼ日の學校」で
「江戸時代のやたら『かわいい』子犬の絵」
授業をしてくださった、
学芸員の金子信久さんが企画されたものです。
金子さんの授業を受けて、江戸時代の子犬の絵の
あまりにも愛くるしい姿、
そして「この犬がかわいいんですよ〜」と
語る金子さんの「かわいい絵画愛」に射抜かれた、
ほぼ日の安木と松本がおじゃましてきました。
金子さんにうかがった展示の見どころを
レポートします! 
府中駅からバスに乗って、美術館へ。
ちょうど「府中市民桜まつり」の期間で、
道中は桜が満開でした。

▲桜がまったく写っておらずすみません。 ▲桜がまったく写っておらずすみません。

美術館に着くと、開館前からものすごい列が! 
これだけたくさんの方が、
蘆雪のかわいい子犬を観に来ているとは‥‥
さっそくかわいいの力を感じました。

▲本当にかわいい。 ▲本当にかわいい。

展示を回る前に、
金子さんにお時間をいただきました。
金子さん、お久しぶりです! 
長沢蘆雪展、すごい人気ですね。

金子さん
ありがたいことに、
以前開催した「かわいい江戸絵画展」や
「へそまがり日本美術」の入場者数を上回る
お客さまが来てくださっています。
これまでは、「へそまがり日本美術」の
来場者数が約47000人で、過去最高でした。
私は、20回以上府中市美術館で展覧会企画を
してきたのですが、長沢蘆雪展が最後なんです。
だから「へそまがり日本美術のときの、
自分の記録を抜いて辞めたい」と、
半分冗談、半分本気で言っていたんですよ。
そうしたら、蘆雪展の前期は約40800人と、
想像以上の勢いでお客さまがお越しくださって。
うれしいですが、館内にいると、
スタッフが忙しそうで
ちょっと肩身が狭いです(笑)。
グッズもすごく売れていて、
主なものはほとんど完売してしまったので
(3月27日時点)、
ミュージアムショップで一所懸命増産しています。
嬉しいことなんですが、
やっぱりグッズを求めて来てくださった方には
申し訳なくて。
なるべく多くの方に手に入れてほしいから、
結局、自分のぶんを買うのもやめました(笑)。
こうやって、
かわいいグッズが売れるというところにも、
蘆雪の人気の性質があると思います。
「かわいい日本美術」なんて、
昔は見向きもされなかったし、
どちらかというとバカにされていたんです。
でも、蘆雪展には、
若い方がたくさんいらしていてね。
従来の美術好きな方や、年配の方だけでなく、
漫画が好きな層や若い層も
興味を持ってくださっています。
美術というものの「かわいらしさ」を、
みんなが楽しんでいる。
「いい世の中になったな」と思いました。
昔の人が動物に寄せた心や、
動物たちの命や心の表現に注目が集まるのは、
すばらしいことだと思います。

▲長沢蘆雪 菊花子犬図 ▲長沢蘆雪 菊花子犬図

金子さん
ある人が、友だちに蘆雪の絵を見せたら、
「現代の作家さんが描いた絵?」と
言われたんですって。
蘆雪の人気って、その感じなんです。
250年前の人だった、ということは関係なく、
「この絵いいな。え、江戸時代の絵なの?!」
と受け取られているような。
この人気の出方は嬉しいです。
美術は勉強のためにあるわけじゃないと、
私は思っています。
もちろん、勉強や研究に基づいた歴史のなかで
蘆雪を見ることで感じられるものもあるから、
それは展覧会に盛り込みます。
だけど、勉強が目的ではないんです。
時代を超えて、みんなが蘆雪の絵を
「かわいいな」と言ってくれてるって知ったら、
蘆雪だって大喜びですよね。

──
昨年開催されていた、金子さんの企画
「司馬江漢と亜欧堂田善 かっこいい油絵」も
見に行きました。
展示の内容はもちろん、各作品についている、
金子さんの解説文がすごくおもしろかったです。
博物館や美術館の展示を見に行くと、
頑張って解説文を全部読もうとしても、
なじみがない言葉だからなのか、
うまく頭に入ってこないことがあるんです。
でも、金子さんのキャプションは、
それが全然なく、スッと入ってきました。
今回の蘆雪展でも、
金子さんがキャプションを書かれているんですよね。
読むのが楽しみです。
金子さん
そう言っていただけると、
あんなふうに書いてよかったなあと思います。
つい、語っちゃうほうなんです。
──
愛ですね。
解説文を書かれるとき、
意識されていることはありますか。
金子さん
基本的な説明はもちろん入れます。あとはね、
ちょっといい子ちゃんな答えですけど、
「一緒に絵を見ましょう」という気持ちが強いです。
「この絵はこうですよ」じゃなくて、
誰かと一緒に絵を見ながら
「ここおもしろいね」「あれかわいいね」と
言い合っているときの楽しさが
伝わるようにしたいんです。
美術に「絶対こうだ」なんて答えはないから、
それぞれの人は自分の経験や感覚のなかで
作品を見ています。
だから、人によって感じ方は違う。
私は私の感じ方にもとづいて
好き勝手に書いているのかもしれませんが、
それによって、お客さんにも
「自分も好き勝手に見ていいんだ」と
思ってもらえたらいいですね。
だって、それが美術だもん。

──
展示の方法にも、金子さんのその考え方が
表れたところはありますか。
金子さん
展覧会の中身には、
この考え方が関係しているかもしれません。
たとえば長沢蘆雪展をやるとなったら、
ふつうはこれまで研究で取り上げられてきた
蘆雪の代表作を揃えて、年代順に見ていくという
展示になります。
でも、いままで語られてきた蘆雪のストーリーには
入っていない、おもしろい作品は
たくさんあるんです。
「それをみんなでおもしろく見よう」という思いで
展示をつくりました。
蘆雪展に限らず、いままでやってきた展覧会の
根っこの部分には、必ずこの思いがあります。
だから、美術史のストーリーでは
説明しにくい作品もいっぱいあるんだけど、
知られていなかった蘆雪の魅力を発見できれば
いいじゃないか、と思っております。

──
今回の蘆雪展には、前期と後期があるんですよね。
金子さん
そうなんですよ。
これにはわけがあって、
蘆雪のいちばん有名な作品のひとつ、
無量寺にある「虎図襖」が、
会期の半分しか展示できないんです。
そこで、あの有名な虎が展示できない期間は
どうするか悩んだ末、
「ああ、犬の展示をしてしまえばいいんだ。
私がいちばん推したいのは犬だった」と、
自分の気持ちに立ち返って、
「前期はとにかく徹底して犬」と決めました。
でも、蓋を開けてみれば
犬のほうが人気なくらいの勢いで。
「蘆雪の犬がかわいい」って、
みんなびっくりしたんじゃないかな。
──
蘆雪自身も、やっぱり「かわいい」と思って
描いていたんですかね。
金子さん
そうでしょうね。
「どうやったらかわいくなるか」って、
くふうしてますから。

▲長沢蘆雪 南天狗子図(部分) ▲長沢蘆雪 南天狗子図(部分)

金子さん
蘆雪の師匠だった円山応挙も、
子犬のかわいいポーズを探して描いています。
後ろ足を横に投げ出すとかね。
中国や朝鮮の子犬の絵も
日本に入ってきていたけれども、
応挙や蘆雪ほどストレートに
かわいい絵ではないんです。
そこを、あのふたりは思いっきり、
まっすぐ人の心に飛び込むかわいらしさを
つくっちゃった。大発明だと思います。

──
「かわいい江戸絵画展」と今回の蘆雪展で、
違うポイントはどんなところでしょうか。
金子さん
蘆雪は作品がたくさんあるので、
今回、また新たに発見された絵画が増えています。
ぼくがとくに好きなのは、
朧月を描いた作品がふたつ並んでいるところですね。
この絵は、光の当たり方によって、墨色に見えたり、
青に見えたりするんです。
たぶんね、墨にちょっとだけの
藍を混ぜてるんだと思います。

▲長沢蘆雪 朧月図 ▲長沢蘆雪 朧月図

金子さん
それから、めちゃくちゃ微妙な表情をした、
老子の絵。
老子が、国が衰えていくのを見て
がっかりして去っていくという場面だから、
テーマが「がっかり」なんです。

▲長沢蘆雪 老子図(敦賀市立博物館)(部分) ▲長沢蘆雪 老子図(敦賀市立博物館)(部分)

金子さん
蘆雪は鳥もよく描いています。
スズメなんて、一羽一羽、
本当に慈しむように描いてますね。
だいたい一作に一羽は、
こっちを見てる子がいるんですよ。
見つけてみてください。
あとは、蘆雪の描く子どももかわいいんです。
手習いしなきゃいけないのに
遊んじゃってる子たちとか、
水に手を伸ばしている幼い子とか。
描かれる場面がいつもかわいいんです。
蘆雪の虎もかわいいですよ。
これには理由があるんです。
禅の世界では、虎は「かわいいのが正しい」んです。
蘆雪が描く動物のかわいらしさのルーツのひとつは、
ここにあるんじゃないかと思います。

▲長沢蘆雪 四睡図(本間美術館) ▲長沢蘆雪 四睡図(本間美術館)

──
虎がかわいいのが、正しいんですか。
金子さん
そうです。虎は本当は怖いじゃないですか。
でも、禅を極めた人は、そんな怖い虎も
手なずけちゃうと言われているんです。
禅を極めるとはそのくらいすごいことだ、
と、かわいい虎を描くことで表せるんですよ。
──
だから、「かわいいのが正しい」‥‥! 
金子さん
蘆雪がどんな人だったかについては、
真偽があやしいものも含め、
いろいろなおもしろい説があります。
でも、たぶん、
かわいいものが好きだったでしょうね。
生まれは武士の子だったのに、
絵の道に行った人なので、
それなりのプライドはあったかもしれませんが、
絶対、いい人だったと思います。
こんなかわいい絵は、悪い人には描けないですよ。

金子さん、おもしろいお話がたくさんの、
ぜいたくな時間をありがとうございました。
金子さんとお別れして、展示のなかへ。

展示の写真は撮れなかったのですが、
もう、かわいいの渋滞でした。
いつまでも見ていたい、
すみずみまでくふうの凝らされたかわいさが、
次から次へと‥‥。
モデルの動物たちの「かわいいポイント」を
忠実に押さえた絵から、
蘆雪の、「かわいいなあ」という気持ちが
びしびし伝わってきました。
抱きしめる代わりに
絵を描いたのではないかと思うほどです。
きっと「このかわいさ、尊さを
形にして残しておきたい」と
思っていたんだろうなあ。
蘆雪が残したかったかわいさに、
いま共感できることがうれしかったです。
会期は、前期が3月14日(土)~4月12日(日)で
すでに終了していますが、
後期は4月14日(火)~5月10日(日)、絶賛開催中です。
かわいいをチャージしに、行ってみてください。
ちなみに、金子さんのYouTube番組
「へそまがり美術チャンネル」にも、
蘆雪展がより楽しめる動画があります。
展示と合わせて、おすすめです。
金子さんと、カエルの
「へそ君」がかわいいですよ。

2026-04-20-MON

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