前へ目次ページへ次へ

2025-12-09

山田五郎さん、おめでとうございます! 


第17回伊丹十三賞贈呈式レポート

こんにちは。
ほぼ日の松本です。
昨年に引き続き、今年も「伊丹十三賞贈呈式」に
うかがってきました。
べっかむさん、サノさん、ごとうさんと一緒でした。
ちなみに、ふだんまったくカメラを使わない
サノさんが、昨年同様カメラ係で、
「一見カメラマンのように見えるたたずまい」に
磨きがかかっていました。

伊丹十三賞贈呈式の会場で、カメラをさげてガッツポーズをするサノさんと、へなへな立っている松本。 ▲右がサノさんです。カメラマンには見えないか。

本題に入ります。
伊丹十三賞は、
多岐にわたる分野で偉業を残した
伊丹十三さんを記念してつくられました。
その伊丹さんが才能を発揮された、
エッセイ、ノンフィクション、翻訳、
編集、料理、映画、テレビ番組、俳優、
イラストレーションなどの分野において、
実績を上げた方に贈られる賞です。
糸井重里が第1回の受賞者に選ばれたことから、
ほぼ日は毎年贈呈式におじゃましています。
第17回となる今年、受賞なさったのは、
編集者・評論家としてご活躍の、
山田五郎さんでした!

「第17回 伊丹十三賞 贈呈式 主催:公益財団法人ITM伊丹記念財団 協力:株式会社 伊丹プロダクション」という文字の書かれたパネルの下で、金の屏風の前に、左から周防正行さん、酒井順子さん、山田五郎さん、宮本信子さん、南伸坊さんが並んでいます。

「美術を対話的に掘り下げるインターネット番組
『山田五郎 オトナの教養講座』の斬新さ、
おもしろさに対して」賞が贈られました。
『オトナの教養講座』は、山田さんによる、
美術作品が段違いにおもしろくなる解説で
人気を博しています。
アシスタントさんと対話する形式で、
視聴者もアシスタントさんと共に
納得したり、驚いたりできる、
わかりやすい構造が特徴です。
選考委員を代表して、
南伸坊さんから祝辞が贈られました。

金の屏風の前で南伸坊さんが壇上に上がり、両手で紙を持って、マイクに向かって山田五郎さんへの祝辞を述べています。ステージの左側では、山田五郎さんが椅子に座って聞き入っています。

南伸坊さん
「山田五郎さん、
伊丹十三賞受賞おめでとうございます。
そして、受賞ありがとうございます。
私は美術番組が好きで、
テレビでやっていますと必ず見てしまいます。
見て、必ずがっかりします。(会場笑い)
最近はYouTubeでも美術番組は増えましたが、
大半は、テレビとあまり変わりません。
つまり、見ていて発見がないのです。
番組をつくっている側に発見がないので、
見ているほうも気持ちが動かないままです。
私は、人間の脳は『発見が嬉しい』ように
プログラムされていると考えています。
誰かの言うことに発見があると、
それに触発されて、見ている側にも、
聞いている側にも発見が湧き出てくる。
こういうときに人間は、面白いと感じます。
人間って、まあ、私のことですけど、
私も人間ですから。(会場笑い)
山田さんのYouTubeの美術番組には、
この『発見』があるんです。
いままで、どんな美術番組や美術評を見ても、
『セザンヌは絵が下手だった』なんて、
聞いたことがありませんでした。
大橋巨泉さんが公言したことくらいしか知りません。
しかし、私にも
『セザンヌはどうしてこんなに
尊敬されているんだろう』という疑問はありました。
『どうしてピカソは、
セザンヌをあんなに持ち上げたんだろう』
という疑問が。
ピカソがアンリ・ルソーを褒めるのはすごくわかる。
ものすごくわかります。
でも、セザンヌは‥‥。
ところが、山田さんが『オトナの教養講座』で
おっしゃっていたように
『セザンヌは絵が下手だった』と考えると、
いろいろと腑に落ちることがあったのです。
山田さんの番組では、
『この絵を見てくださいよ』と、
セザンヌの学生時代の絵を出すんです。
お父さんに画家志望の進路を反対されて、
自分がいかに絵がうまいか、
才能があるかをアピールするために描いた絵です。
それが、下手なのです。典型的な素人の絵です。
セザンヌが絵が下手なのはひと目でわかります。
じゃあ、なぜピカソはそのセザンヌを尊敬したのか。
セザンヌといえば必ず出てくるのが
『多視点』という言葉です。
いろんな方向から見たものを、
同一平面上に平気で描いてしまう。
これが、絵が下手に見えてしまう、
『典型的な素人の絵』の特徴です。
プロの画家は視点を動かしません。
いつも同じ一点から見ていると、
『上手な絵』が描けるのです。
上手な絵とはなにを指していたかというと、
それは『写真のような絵』でした。
セザンヌはこのコツがなかなか掴めなかった。
一生掴めなかったかもしれません。
それで、開き直ったんです。

南伸坊さんが壇上で話し続けています。

『自然そっくりに描けない』という弱点を
開き直って、『多視点から見る』ということを
自分の芸風にしたのです。
そのように肝を据えてしまったら、
どういうことが起きたか。
自信を持てるようになったんです。
人が自信を持って描いた絵は魅力的だというのは、
みなさんもご存知だと思います。
『そうか、セザンヌはピカソにとって
ルソーと同じだったんだな』と思いました。
これは面白い、発見でした。
セザンヌの理屈は、頑固なだけではありません。
『人間はいつもそうやって見てるじゃないか。
一点からだけなにかを見るなんてことはしていない。
人間はいつだって多視点で見てるんだ』
と主張しているわけです。
セザンヌは、普通の、器用な画家たちのように
プロのコツを飲み込めないまま、
下手を温存することになったのですが、
その代わりどんどん自信を持って
理屈を言えるようになり、
すっかり堂々たる絵が描けるようになって、
堂々たる画家になったのです。
ピカソは一点から見るコツを身につけなかった
セザンヌにヒントを得て、
『キュビスム』という手法を思いついた。
キュビスムというのは、
いろんな視点から見たものを
平面に展開してしまう、掟破りの絵です。
しかし、掟とはなんでしょうか。
掟のおおもとは『写真のイメージ』です。
つまり、対象をそのまま忠実に写すこと。
西洋の絵は、写真のイメージに何百年ものあいだ
囚えられてきたのです。
印象派、イタリア未来派‥‥と起こっていった
絵画の革命競争は、
『写真の呪縛』から逃れるあがきだったんです。
といったことを、『暴論』的な部分まで
山田さんがおっしゃったわけではありませんが、
山田さんの発見が、
このように私に影響を与えてくださった
ということを、私は言いたくてたまりません。
こんな美術番組がほかにあるでしょうか。
私が、山田さんの番組のほかに
発見を促された番組は、ひとつしかありません。
伊丹十三さんの『アートレポート』
という昔の伝説的番組だけです。
こんなに伊丹十三賞にふさわしい人は、
今年は山田五郎さんしかいない、
いないじゃないか! と私は思いました。
そして私はそれを激しく主張しました。
だから私はきょう、すごく嬉しい。(会場笑い)
山田さんが伊丹十三賞をもらってくれて、
すごく嬉しいです。ありがとうございます。」
(拍手)

山田五郎さんが立ち上がり、壇上の南伸坊さんと笑顔でお辞儀をしあっています。

続いて、選考委員の酒井順子さんから賞状の贈呈、
伊丹十三記念館の宮本信子館長から
副賞の贈呈がおこなわれました。

酒井順子さんが、壇上で山田五郎さんに賞状を手渡しています。

宮本信子さんが、壇上で山田五郎さんにご祝儀袋に入った副賞を手渡しています。

そして、山田五郎さんによる、
受賞スピーチがありました。

山田五郎さんが壇上でマイクに向かって話しています。

山田五郎さん
「みなさん、きょうはお忙しいなか
お集まりいただきまして、
まことにありがとうございます
このたび、私が伊丹十三賞を
頂戴することになりまして、
南伸坊さんから『たいへん嬉しい』
というお言葉がありましたけれど、
私も大変に喜んでおります。
私の人生、賞罰とはまるで無縁な
66年間の人生でございました。
いままでにもらった賞といえば、
大学のマスコミ関係者の人が、
マスコミ関係で活躍する人に贈る
『コムソフィア賞』と、友だちのみうらじゅんが、
その年に一番よく飲んだ友達に贈る
『みうらじゅん賞』だけです。(会場笑い)
このふたつしか受賞したことがなかった私が、
伊丹十三賞という身に余る賞をいただいて、
長生きはするものだなと思っております。

山田五郎さんが壇上で話し続けています。ステージの右側で、南伸坊さんが嬉しそうに山田さんを見上げてほほえんでいます。

私は学生時代から、リアルタイムで
伊丹十三さんの活躍を見てきました。
洒脱なエッセイに感心したり、
グラフィックに感心したり。
あるいは80年代に『モノンクル』という
雑誌を出しておられ、
そののちに映画も撮られたという
ご活躍を目の当たりにして、
『おもしろい人だな』『こういう大人になりたいな』
と思っていたんです。
だから、
フランス語で『ぼくのおじさん』という意味の、
伊丹さんの雑誌のタイトル『モノンクル』は、
まさに、我々の世代にとって伊丹十三さんを
指していました。
学校で教わらないいろんなことを教えてくれる
『モノンクル』、『おしゃれなおじさん』
だったわけです。
その方の名前を冠した賞をいただけたというのが、
ことのほか嬉しいです。
芥川賞や直木賞と言っても、
生前の芥川龍之介を知りませんし、
直木三十五に至っては、著作を一冊も
読んだことがないわけですけど(笑)、
それに対して伊丹十三の仕事は、
たっぷり見てきました。
その伊丹十三さんの賞をいただけたというのが、
本当に嬉しいのです。

選考委員の南伸坊さん、酒井順子さん、周防正行さん、そして宮本信子さんが並んで椅子に座り、山田五郎さんのスピーチを聞いてにこにこしています。

そしてまた、授賞理由に、
YouTubeの番組を選んでいただいたということが
とても嬉しいです。
この『山田五郎 オトナの教養講座』という番組は、
じつはコロナ禍にできました。
私は以前、BS日テレで『ぶらぶら美術・博物館』
という、展覧会を紹介する番組を
やっていたのですが、コロナの影響で
展覧会がほとんど全部中止になってしまいました。
私も困ったけども、番組の制作会社も困りまして、
当時ADだった和田という者が企画書を書いて、
YouTubeで番組をやることになったのです。

山田五郎さんが壇上で話し続けています。片手をマイクに添え、笑顔です。

私はYouTubeなんて
さっぱりわかりませんでしたから、
『なにになるんだろうか』と思いながら始めて。
最初のころは、見てくれる人もいなくてですね、
ADの和田のご両親が一日中つけっぱなしにして、
再生回数を稼ぐっていうことをしていました。
(会場笑い)
それでも、100回再生もいかなかったです。
そんなところから始まって、いまや
チャンネル登録をしてくださっている方が
75万人にもなりました。
私が雑誌編集をしていたころ、
担当した雑誌で一番売れたのは、
たしか62万部だったので、70万という数字は、
達成したことのない数字でした。
まさか、ここにきて70万を達成するとは
思っていませんでした。
その数もさることながら、伸坊さんのように、
『こんなによく見てくれてる人がいるんだ』
ということに驚いております。
私一人の力ではなくて、
制作会社『東阪企画』のスタッフみんなと
一緒につくり上げてきた番組が評価されたこと。
つまり、一緒に喜ぶことができる仲間がいる
ということが、また、とても嬉しい点でございます。
今回、賞をいただいたときに、
伊丹十三記念館さんから『13の顔を持つ男』というDVDと、
伊丹十三さんの業績を紹介する本をいただいて、
見返したんです。
僭越ながら改めて思ったのは、
伊丹十三という人は、なによりもまず
絵の神童だったということでした。
セザンヌと違って、小さい頃から抜群に絵がうまいんですよ。
絵を描くことを通して観察眼を身につけられ、
洒脱なエッセイを書かれて、
最終的に才能の全てを映画というものに
集約なさったんだなと思いました。
絵を紹介するYouTubeの番組を評価されて、
絵の神童である伊丹十三の賞をもらったということが、
三番目に嬉しい点です。
そんなこんなで、三重に嬉しい受賞になりました。
宮本信子館長、選考委員の皆さん、
ありがとうございます。
そしてお集まりのみなさん、
きょうはどうも、本当にありがとうございます。

山田五郎さんが話し終わり、壇上でお辞儀をしています。ステージの右側で、選考委員の3名と宮本信子さんが並んで座り、拍手を贈っています。

(拍手)
最後に、伊丹十三記念館の
宮本信子館長からご挨拶がありました。

宮本信子さんが壇上に上がり、左側に立った山田五郎さんとお辞儀をしあっています。

宮本信子館長
「きょうは、お忙しいなか、
たくさんの方にご出席いただきまして、
まことにありがとうございます。
改めまして、山田五郎さん、
本当におめでとうございました。
山田さんの受賞のコメントに、
『最高の励ましをいただきました』というお言葉が
ございまして、私はちょっと胸が熱くなりました。
そして『いやいや、こちらこそ
賞をもらっていただいて、
本当に嬉しく、ありがたい』と思いました。
ありがとうございました。」
(拍手)
宮本信子館長
「では、山田五郎さんの受賞に乾杯をします。
そして、山田さんと、奥様の礼子さんに、
エールを送りたいと思います。
乾杯!」

壇上で宮本信子さんがコップをかかげ、乾杯の合図をしています。左側では、山田五郎さんもコップをかかげています。

乾杯のあとは、記者のみなさんによる、
質疑応答の時間がありました。
原発不明がんとの闘病中である山田さんは、
病と闘うなかでの受賞について訊かれ、
「受賞を喜んで食が進みました(笑)。
本当に、この1ヶ月で3キロぐらい、
体重が増えてるんですよ。
食べてるうちは死なないですからね」と、
明るくお答えになっていました。

壇上で、頭に手を添えて笑う山田五郎さんを、南伸坊さんと酒井順子さんが笑って見上げています。

また、美術の素人にとってわかりやすく、
新鮮に感じられる知識を伝える
『オトナの教養講座』で、山田さんご自身は
どのような立場から解説なさっているのか
という質問には、
「私は、専門の研究者でもなければ、
学芸員でもないわけです。
その『素人』の立場には強みがあるんですよ。
いまはどの分野でも、
研究がものすごく細分化されていて、
細かくなってきています。
だから、専門家の肩書きがついていたら、
うかつなことは言えません。
肩書きが縛りになってしまって、
はっきり言い切らない話になりがちです。
その点、私は、
ただの素人の美術が好きなオッサンなので、
うかつなことをどんどん言えるんですよ。
専門家ではない立場だからこそ、
『セザンヌは絵が下手だ』って
平気で言えちゃうんだと思います」
と分析なさっていました。

壇上でマイクを持ち、笑いながら話す山田五郎さん。

記者の方が、
山田さんがセザンヌの解説動画でおっしゃっていた
「天才は天然に勝てない」という言葉を
引き合いに出されていたとおり、
山田さんも、ご自身の「素人」という強みを
活かされているのだなと感じました。
恒例の、お庭での記念撮影をして、
笑いの絶えないままに
今年の贈呈式はおひらきとなりました。

50名ほどの出席者全員が庭に並び、笑顔を浮かべています。 ▲撮影:池田昌紀(ゆかい)

山田五郎さん、あらためて、
第17回の伊丹十三賞受賞、
おめでとうございました! 
これからの『オトナの教養講座』も
たのしみです。

2025-12-09-TUE

前へ目次ページへ次へ