
元気な男の子ふたりを育てる
シングルマザーのなおぽんさん。
ふだんは都内ではたらく会社員ですが、
はじめてnoteに書いた文章が話題になり、
SNSでもじわじわとファンを増やしています。
このたび月1回ほどのペースで、
子どものことや日々の生活のことなど、
なおぽんさんがいま書きたいことを、
ちいさな読みものにして
ほぼ日に届けてくれることになりました。
東京で暮らす親子3人の物語。
どうぞ、あたたかく見守ってください。
石野奈央(いしの・なお)
1980年東京生まれ。
都内ではたらく会社員。
かっこつけでやさしい長男(12歳)と、
自由で食いしん坊な次男(8歳)と暮らす。
はじめてnoteに投稿した記事が人気となり、
SNSを中心に執筆活動をはじめる。
好きなものは、お酒とフォートナイト。
元アスリートという肩書を持つ。
note:なおぽん(https://note.com/nao_p_on)
Twitter:@nao_p_on(https://twitter.com/nao_p_on)
それは、ある日突然やってきた。
わたしは腰が悪い。
学生時代、やり投げの選手だったころ、
トレーニング中に腰椎分離症を起こした。
かんたんにいえば、背骨の一部が疲労骨折してしまった。
それ以来、腰痛とは長いつき合いで、
だましだまし生きてきた。
通勤スタイルはリュックが基本。
身体にできるだけ左右差がでないよう気をつけている。
ある朝、電車に乗るとき、
ヨイショと肩から荷物を下ろした。そのとき——
ミシッ。
身体のどこかで、妙な音がした。
とっさに腰を心配したが、なんともない。
どこにも、痛みも違和感もない。
気のせいだと思っていたけれど、
電車を降りるときに異変に気づいた。
肩が上がらない。
荷物を背負おうとしても、腕が言うことをきかない。
肩から下に力が入らず、だらりとしている。
人混みの中で必死にリュックを担ぎ直し、
平静を装った。
身体がここまでいうことを聞かないのは、
はじめての経験だった。
謎はどうにか究明したいし、
なぜか人は痛みを試したがる。
(このへんまでは上がるかな、ここはダメか)
よせばいいのにあれこれ動かしているうち、
昼ごろには、肩も腕も完全に動かなくなった。
「これ、いわゆる四十肩ですかね」と
嘱託社員さんに話しかけたら、
「歳を考えなさい。五十肩っていうんだよ」と、
忖度のない一撃を食らった。
むかし、お笑い芸人のいとうあさこさんが、
「朝倉南40歳、最近イライラする」と
レオタード姿でネタにしていたのを思い出す。
石野奈央45歳、最近ものすごくイライラする。
あれは、笑い話じゃなかった。
長男は朝、わたしを見て
「母さん、今日も美人だね」と言ってくれる。
やさしすぎるその気遣いにさえ、
イラッとする時がある。
「美人じゃないよ、ムクんでるし、ひどい顔だよ」
と返すと、
「ムクんでいたって、中身の母さんはずっと美人でしょ」
と笑う。
ほんとうに、いい子である。
自分ではどうにもならない不調がつらい。
肩の痛みも、気分のムラも、顔のムクミも。
かつてはトレーニングやお酒で発散できたけれど、
今はそれもままならない。
つまり、真の理由は「加齢」だ。
その事実が一番こたえる。
若いころの無理の代償が、一気にのしかかってきた。
そんなわたしの心の処方箋が、「涙活」だ。
手持ちの「涙活アイテム」は、
5分で泣ける動画やマンガのワンシーン。
ストレスや哀しみにまみれたときは、
大好きな読書やドラマにすら集中できない。
インスタグラムのリール動画くらいがちょうど良いし、
短編マンガ集になっている
『泣きたい夜の甘味処(作・中山有香里さん)』
などがお気に入りだ。
そんな短時間で泣けるのか疑問に思うかもしれないが、
さいわい、涙腺は年々ゆるみ、
今やちょっとしたことで滝のように泣ける。
短時間で「涙活」したい理由は、もうひとつある。
幼いころ、母の涙を見るのが嫌だった。
たとえ映画で感動していたとしても、
母が泣いていると不安になった。
だから、自分の涙も息子たちには見せたくない。
サッと泣いて、スッと戻る。
それがわたしの「涙活」だ。
涙には不思議な力がある。
何に対して泣いているかわからなくても、
心の澱が流れていく気がする。
気づけば心がすこし軽くなる。
涙を流せば、気分も視界もスッキリする——はずだった。
しかし、
最近は月がくっきり二重に見えるようになってきた。
長いあいだ視力2.0超えを誇っていたわたしが、
駅の行先表示を見間違えて、
逆方向の電車に乗ってしまったのをきっかけに、
人生初の眼科受診を決心した。
診察室で、衝撃の言葉を告げられた。
「涙の質が悪いですね」。
あの岡本真夜は歌っていた。
「涙の数だけ強くなれる」と。
でも、わたしの涙は、ダメな涙だったらしい。
「先生、それって悪玉コレステロールで
ドロドロの血液みたいなことですか?」と聞くと、
「いえ、逆です」と医師。
「サラサラすぎて目を潤していないんです」。
ふつうの涙は少し粘性があって眼球を守る。
でも、わたしのはただ流れるだけで、
ドライアイが進行していた。
二重に見えたりぼやけたりするのも、
それが原因だったらしい。
意味があると信じていた「涙活」まで、
否定された気がした。
「それより」と、医師はすこし深刻な顔になった。
「緑内障の疑いがあります。すぐ検査を」。
続けざまに言われ、心がまた一段と凹んだ。
加齢は仕方のないことだ。
でも、自信があった目にまで異常が出ると、
やっぱりショックだった。
ひとまずドライアイ用の目薬を渡され、
緑内障の検査を予約して、トボトボと帰宅した。
家では、お留守番をしていた兄弟が
テレビを見てお菓子を食べ散らかし、
ゴミの上に寝転がっていた。
はぁ、とため息をついた。
あきらめ顔で「宿題は?」と声をかけると、
次男がとつぜん暴れ出した。
怒られるのが嫌で、先に怒る支離滅裂な作戦だ。
「出ていけー!」とスリッパやクッションを投げまくり、
部屋はカオス状態。
毎度のことながら、戦場と化した。
わたしはただ立ち尽くしていた。
力が抜けた。怒る気力もなかった。
すると何かを察した長男がわたしの腕をとり、こう言った。
「母さん、家のこと、ぼくがやるから少し外に行ってきて」
それを聞いた次男が
「やだー!出ていかないでー!」と叫ぶ。
言っていることがめちゃくちゃだ。
それでも、長男はもう一度、
「ここは大丈夫だから。すこしたったら帰ってきてね」
と笑った。
背中を押されて、わたしはえいやっと外へ出た。
向かったのは荒川土手。
日が落ちて、夕焼けにもなりきれず、
夜にもなりきれない空の下。
せっかくだから、軽く走ってみた。
肩が痛んだ。
うまくいかない。
不甲斐ない。
情けない。
風が吹く。
目にしみる。
ぽたり、ぽたり。
目を潤さなかった涙が、頬を濡らした。
30分ほどして家に戻ると、
部屋はすこし片づいていた。
テーブルには長男の得意料理
「ほうれん草のおひたし」まで用意されていた。
「おかえり」と兄弟が声をそろえ、
わたしは「ただいま」と笑った。
後日、緑内障の検査は無事に「経過観察」で終わった。
ホッとしたものの、気になっていた目のぼやけ対策に、
人生初の眼鏡処方を受けてみることにした。
検査を終えると、技師の方がやさしく笑って言った。
「視力、いいですよ。
軽い乱視に、もともと遠視があるみたいです。
老眼じゃないですよ」
なんだ、まだまだ大丈夫じゃないか。
あの涙も、きっと無駄じゃなかった。
わたしはまた、すこしだけ強くなれた気がした。
イラスト:まりげ
2025-05-23-FRI