こんにちは、ほぼ日の奥野です。
昭和の東京喜劇で大爆笑を取り続けた俳優・
三木のり平さんを知る旅に出ます。
数多くの喜劇役者や舞台人に影響を与えた
「三木のり平さん」については、
世代的に「桃屋のCM」しか知りません。
もちろん、それだって大名作なのですが、
のり平さんが役者人生を賭けた
「生の舞台」については、
現在から遡って見ることは、むずかしい。
そこで、生前ののり平さんを知る人や、
のり平さんをリスペクトしている人たちに、
「のり平さんって、
いったい、どんな人だったんですか?」
と聞いてまわることにしたのです。
のり平さんの孫・田沼遊歩さんも一緒です。
第1弾は、高田文夫先生です。
のんびりじっくり、お付き合いください。
第6回
すべての芸能の神さま
- 遊歩
- 高田さんは、
志ん朝師匠とも懇意の間柄でしたね。
- 高田
- 志ん朝師は、すごいよ。
俺は、落語の芸については、
志ん朝が
いちばんすごいと思ってるんだけど、
あの人の『文七元結』って、
ぜんぶのり平が演出してるんだよね。 - あの『文七元結』たるや、ないよね。
- 遊歩
- 落語や歌舞伎の『文七元結』が
『めおと太鼓』という舞台になって。
- 高田
- そうそう、『めおと太鼓』な。
- お芝居になって、
五十両をアレする話だけど、
落語の場合は金をこう持つんだけど、
のり平の演出だと、
演劇っぽく
五十両をこんなふうに見せるとかさ。
細かいところの演出を、
のり平が志ん朝さんにつけていてさ、
素晴らしいんだよ。
- ──
- お金の見せ方・持ち方とか、
細かい部分まで演出してたんですね。
- 高田
- ぜんぶやってるんだ、のり平さんが。
- 志ん朝さんも、
のり平をとことん尊敬してるからね。
芸事の神さまだと心底思ってた。
そういえば、護国寺でやったじゃん、
のり平さんの葬式。
- 遊歩
- はい。
- 高田
- 俺、お通夜にパッと行って、
高平(哲郎)と
お清めのお酒を飲んでたんだけどね。 - 洒落てるのが、
何しろ三木のり平先生の葬式だから、
各所にモニターが置いてあって、
昔の芝居の映像を流してるんだよね。
粋なもんだろ。
それを見ながら、酒が飲めるんだよ。
「やっぱりおもしれぇな」
なんて、みんなゲラゲラ笑いながら。
- ──
- 素敵なお通夜ですね。
- 高田
- そしたらさ、どこからか志ん朝師匠が
すっ‥‥と俺らの間に入ってきたんだ。
「よぉ、ご両人」なんて言いながら。
うれしかったねえ。天下の志ん朝に
「ご両人すいませんね、
うちの先生のために」なんて言われて。 - こっちもこっちで
「おっ、こりゃ師匠どうもすいません」
なんて返したら、
志ん朝師匠、そこへ座り込んで、
映像をぜんぶ説明してくれるの。
「この芝居はね、
こういうくすぐりがおもしろいんだよ」
とか何とか。
- ──
- ぜいたく!
- 高田
- 天下の志ん朝が俺と高平のためだけに
のり平を解説するんだよ。
えんえん1時間くらい。
師匠も、しゃべりたかったんだろうね。
わかる人にね。
あのとき、俺、本当に幸せだったなあ。
- 遊歩
- すごいです、その状況。
- 高田
- 映像の中には三木のり平がいて、
となりには志ん朝がいるんだよ。
たまんないよ、俺らとしてはさ。
- ──
- しかも、それを聞いているのが、
高田先生と高平さんのおふたり。 - そのようすを傍から見たら、
さらにとんでもない状況ですよ。
- 高田
- 俺と高平も「ああ、そうですか」なんて、
ありがたく拝聴してね。 - でもさ、のり平先生が亡くなったのって、
1999年でしょ。
2年後の2001年には、
その志ん朝師匠も亡くなっちゃうんだ。
まわりの人たちには
「ぼくのときも護国寺でやってください」
と言い残したらしい。
のり平さんの葬式がよかったからだよね。
- ──
- そうなんですね。
- 高田
- それで、俺、また護国寺へ行ったんだよ。
2年前、この同じ場所で、
志ん朝師匠に
のり平先生の話を聞いたなと思いながら。 - すごいだろう。
- ──
- すごいです。
- 高田
- いっぱい覚えてるよ、そういうことをさ。
- これものり平さんの葬式のときだけど、
前から2番目の席に座らせてもらったの。
目の前には森繁さんとか、
桃屋の会長がいるんだよ。
「あ、桃屋の会長がいるぞ。すごいなあ」
とか思ってたら、のり一が呼ばれてね。
- 遊歩
- ええ。
- 高田
- 桃屋の会長が「おい、のり一」
「何ですか」
「おまえ、明日から仕事どうするんだ。
収入ないんだろ」
「はい、ないです」
って丸聞こえなんだよ、前の席だから。 - で、おもしろいから聞いてたんだけど。
- ──
- はい。おもしろいから(笑)。
- 高田
- 「おとっつぁんも死んじゃったし、
収入もないんだったら、2代目やるか?」
「やります」 - そこで決まっちゃったんだ。
- ──
- 桃屋のCMの2代目のお仕事が!
- 高田
- のり平さんが死んじゃったあとも、
新商品のCMしてて、おかしいじゃない。
あれ、
亡くなったあとの声はのり一がやってる。 - 声がそっくりなんだよな。
- 遊歩
- びっくりしました。
- 高田
- だろ。俺もびっくりしたよ。
「なんで、新商品の名前が言えるんだ?」
って、みんな思ったんじゃないの。
のり平、死んじゃったのに。
つまり、のり一は、
葬式の場で仕事をもらってるんだよ。
会長も偉い人でね、「お前、やれ」って。 - あの後、のり一がうれしそうに言ったよ。
「仕事、確保したよ」なんて。
ああいうのは、何だかほほ笑ましいよな。
葬式の場で、目の前で見せてもらったよ。
- ──
- やっぱり親子だから。
- 高田
- 寄せてたのかな。のり平にな。
- 遊歩
- 最初は寄せてたと思います。
- 高田
- しゃべりの調子とかね。
- 遊歩
- でも、後々になったら、
いつのまにかのり一の声になってました。
- ──
- あらためて‥‥なんですけど、
高田先生にとって、三木のり平さんとは、
どういう関係性だったと思いますか。 - あこがれの人か、それとも友だちなのか。
- 高田
- どうだろうな。
やっぱり「芸能の神さま」なんだろうな。 - 俺にとっては。
- ──
- ああ‥‥神さま。
- 高田
- すべての芸能における、神さまだよ。
森繁さんより上だと思ってる、俺は。 - 舞台に上がった人間にしかわからない、
凄みみたいなものがあるんだ。
パッと出るアドリブひとつにしてもね。
- ──
- 凄み。
- 高田
- そう。凄みが、あるんだ。
のり平さんの芸には「凄み」があるよ。
有島一郎さんと
(つづきます)
撮影:福冨ちはる
2025-06-15-SUN
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何はなくとも三木のり平
俳優‥‥といってしまうだけでは到底、
その多才ぶりを表現できない
故・小林のり一さんが、
実の父であり、
戦後東京喜劇の大スターでもあった
「三木のり平」について、
膨大な資料や証言を
縦横無尽に駆使してつくりあげた、
三木のり平さん本の決定版にして
金字塔ともいうべき作品。
作家・映画評論家の戸田学さんによる
丁寧な編集の手さばきによって、
実父に関する博覧強記と深い思いとが、
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