昨年の前橋ブックフェスで、
作家の岸田奈美さんと糸井重里が
トークショーをおこないました。
岸田さんが本を出版される前から
何度もおしゃべりしてきたふたりですが、
ふたりだけで、多くの人の前で、
じっくり話すのはこれがはじめて。
書くだけで生きていくには、枠線、
悲しみから芽吹くもの、家族についてなど、
話はどこまでも広がっていきます。

>岸田奈美さんプロフィール

岸田奈美(きしだ・なみ)

作家。

Webメディアnoteでの執筆を中心に活動。車いすユーザーの母、ダウン症の弟、亡くなった父の話などが大きな話題に。株式会社ミライロを経て、コルク所属。

主な著書に『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』、『傘のさし方がわからない』、『国道沿いで、だいじょうぶ100回』など。Forbes 「30 UNDER 30 JAPAN 2020」「30 UNDER 30 Asia 2021」選出。 

岸田さんのnoteはこちら。

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第4回 お父さんのことを書くには。

糸井
今って、ほとんどのことを
意味」に分解しますよね。
岸田
考察とかですよね。
糸井
そう。
意味がいくつ、どれだけ細かく出せるか
っていうところで、再現できてるつもりになる。
だから、デジタルを使ってどんどん置き換えていけば、
本物そっくりにまでたどり着けるよ、と。
それは、素晴らしい部分もあると思います。
通じない人同士だと思っていたけど、
この要素、この要素、この要素って、
ここまで重なるんだからほとんど同じみたいだと言う。
その考えは、たくさんの幸福をもたらしたとも、
言えると思うんです。
岸田
はい、わかります。
糸井
同時に、同じようにできていると思いすぎてると、
人間が考えたり思ったりできることの限界を、
絶えず「足りない」と思いながら
生きなきゃならなくなる。
岸田
ほお。
糸井
たとえば、岸田奈美ってこういう人だよ、
っていうのを100ぐらい書いて、
本人も「その通りだな」って思う内容だとする。
全部読んだ人から
岸田奈美がわかった」と言われても、
困るじゃないですか。
岸田
困りますね。
糸井
それよりは、
岸田奈美になんか借りたんだけど、
返してくんないんだよ」とか、
何でもいいんだけど。
岸田
私の日常見てます?(笑)

糸井
いや、見てません、見てません。
岸田
返してねぇなぁ‥‥。
糸井
だいたい雑な女だなっていうのは思ってますけど(笑)。
岸田
雑な女です。
糸井
その「雑な人だ」っていうほうが、
なんかいい気がするんですよ。
岸田
それが言えないから、
どういう賞をとってて、どんな仕事で、
って説明になっていく。
でも、言葉にすればするほど、
その人の魅力から遠ざかっていくことってありますよね。
糸井
そうなんです。
だから、ぼくがやってることはそればっかりで、
一番聞かれたのは「ほぼ日って何ですか?」ですよ。
岸田
ほぼ日って何ですか?」(笑)。
糸井
ほぼ日って何ですか。
‥‥わかんないですよ、ぼくだって。
やりたいからやってることが、
こうなっただけだから。
岸田
ほぼ日でやったこと、形にしたこと、
集めた人‥‥やったことがいっぱいあって、
その集合体として、ほぼ日という概念がある。
糸井
ありますね。
事実何してきたかっていうのが、
わかってもらえた部分かもしれないんですけど、
自分だってもっと変えたいわけだから。
岸田
ここで一個ちょっと謝ってもいいですか。
糸井
謝られるようなことが‥‥
岸田
わたしこの3年間、ずーっと避け続けて、
雑な女ゆえに避けてたことがあって、
この中に絶対何人か
あれどうなってんの?」って思ってる人が
いると思うので、ここで謝らせてください。
糸井
なんですか?
岸田
わたし、ほぼ日でお父さんの連載を
させていただいているんです。
いなくならない父のこと。』
それが、3回目ぐらいで終わってるんです。
糸井
終わってないんじゃないですか。
岸田
ほんと、そうなんです。
Coming soonですよね!
糸井
つまり、3回やって止まってるだけじゃない?
岸田
そう、
これをサグラダファミリアだと思われてるか、
こいつ途中で筆を投げやがってと思われてるか、
どっちかだと思う。
糸井
もっと言うと、なんにも思ってないですよ。
岸田
‥‥ああ、よかった。
あの、何も思ってない人は、
何も思ってないって言ってくれますかね。
糸井
ぼくは、そういう人です。
つまり、どっちでもなくてもいいじゃない。
お父さんの話から変えて書けばとかさ、
あそこから後は、あれはあれで、1回忘れてもいいし。
岸田
あ、ほんとですか‥‥。

糸井
お母さんの話にしちゃえば、とか。
岸田
急に、オトンからオカンに。
糸井
なんだっていいと思います。
でも、やめたって言うまではやめてないんだよ。
ぼくの大好きな横尾さんの言葉で、
横尾忠則の絵は、どこで終わるんですか?」
って聞いたら、
なんか終わりかなって思った時に終わるけど、
後で足したりすることもあるし、
ずっと終わってないとも言える」って。
岸田
はぁ‥‥。
糸井
それなんですよ、たぶん。
岸田
あの連載はなんで書けなくなったかと言ったら、
嘘をついてないと思っているんですけど、
無意識に嘘をついているのかもしれなくて。
糸井
そうでしょうね。
岸田
あの連載は初期の話なんで、事実なんですよ。
わたしはお父さんのことを書けば書くほど
お父さんのことを理解できて、
どう父に愛されてたのか理解できる、
それで救われると思ってたんです。
でも、そうではなくて、
お父さんのことを書けば書くほど、
わたしが伝えたかったお父さんから
どんどん離れていくんです。
糸井
はいはいはい。
岸田
これを書いちゃうとわたし、
“嘘のお父さん”を好きになっちゃいそうで。
それは違うんじゃないかっていうので、
急に書けなくなっちゃって。
糸井
すごい‥‥。
岸田
実は夏井先生に相談したんです。
糸井
おお、夏井先生に。
岸田
書けば書くほどお父さんから遠ざかっていって、
もうお父さんのこと書けないかもしれないっていう時に、
小説とかフィクションでお父さんのことを書こうかと
思っているんです」って話したら、
それがいい」って言ってくださって。
夏井先生も誰かを失ったり、何かと離れたときの、
大きな喪失は、俳句にされているそうです。
あまり深く考えすぎずに、
それがいい句か、ダメな句かっていうのも考えずに、
その人について思ったことを全部、俳句にする。
糸井
思ったことを全部。
岸田
もう99パーセント、ダメな句になるんですって。
でもそんなこと関係なく、
その人について思い浮かんだことを全部書いて、
99句の下手な句を詠むと、
100句目くらいで急にすべてが客観視できて、
自分が思っていた、
その人にいちばん近い言葉が降って出てくると。
糸井
なるほど。
岸田
99句は念仏とか写経だと思って、
ひたすら書くんですって。
それが本当のお父さんか、嘘なのか、
なんて気にせずに全部書く。
そうしたら100回目にきっと成仏していく、
ということを言われて。
糸井
俳句の素晴らしい特性だと思うんですけど、
実は俳句って、メディアを持ってないんですよね。
岸田
メディア‥‥どういうことですか?
糸井
小説は読者がいるじゃないですか。
お笑いのネタもそうですよね、笑ってくれる人に向ける。
でも、俳句ってできたけど、
自分の句帳に書いておくだけっていう人もいて、
言っても言わなくてもどっちでもOKじゃないですか。
岸田
自分のための作品なんですよね。
糸井
吉本隆明さんと
詩の原型ってなんでしょうね」って
話をしたときに吉本さんが、
自己慰安だと思いますね」って言ったんですよ。
岸田
ほう。
糸井
あの人は思想家であり、大詩人ですよ。
そこで「自己慰安だと思います」っていうのは、
鍛え抜いた言葉だと思うんです。
きっと、自分を慰めるっていうのが詩の原型だと、
ものすごく若い時から、
ずっと考えてきたんだと思うんです。

岸田
ああー、なるほど。
糸井
だから、あなたは書くことで自己慰安してきて、
それに読者がついてきて、
メディアが間に挟まる。
本来は微妙にズレているものだから、
重なった時は幸せですよね。
岸田
そうですね。
書くことで自分を癒しながら、
みんなも癒されるというところが。
糸井
同時に、みんなに求められるから、
求められることに寄りすぎていって
お父さんのことを書きますよ」ってなると、
今度は自己慰安の成分が
なくなっちゃってるんじゃないかな。
岸田
やっと気づいたのが、
お父さんのことを本当に理解して書きたければ、
お父さんから一番遠いことを
書かないといけないのかもしれないです。
お父さんが見てたもの、好きだったもの、
一体何を思ってたのかっていうところから
一旦離れて書かないといけない。
家族だから愛したんじゃなくて
愛したのが家族だった』っていう初エッセイから、
家族のエッセイを5冊書いたのかな。
わたし、家族のエッセイだけで450本も書いたんです。
それで、やっと気づいたんです。
糸井
短い単位にしてあることも、
ものすごくあなたに向いてますよね。
岸田
あ、ほんとですか。
糸井
整合性を取ろうとかって、
あんまり意識しないで一つずつ書けるじゃないですか。
おかげで、さっき言った99本が作れる。
長編小説だけど短いセンテンスで作られてます、
みたいになったら、あんなにのびのび書けないよね。
岸田
たしかにそうですね。
糸井
同じ話だけどまた書くね、
とかやっていいわけじゃない?
岸田
やっていいです(笑)。
わたしはnoteという、
自分のブログでずっと書いてるので。

つづきます。)

2025-05-05-MON

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