冷戦時代、旧ソビエト連邦では、
ジャズやロックンロールなどの
「ブルジョワ的、自由主義的」音楽は、
厳しい取り締まりの対象でした。
そこで、
ジャズやロックを聴きたいソ連の人は、
使い古しのレントゲン写真に
「ブルジョワ的、自由主義的」音楽を
刻み込み、地下流通させていました。
見つかれば収容所送り、それも覚悟で。
この、ほとんど知られていない
「ボーン・レコード」を、
あの都築響一さんが持っていた!

音への渇望、アートと自由の関係性。
興味深い話、たくさんうかがいました。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第4回 まだまだ、ネタはある。

──
最初にふれた都築さんの作品って、
『TOKYO STYLE』なんです。

都築
ああ、ありがとうございます。
──
そのときは、まだ学生‥‥
というか高校生くらいだったので、
都築さんのことは存じ上げず、
なんてカッコいい写真集なんだと。
都築
ああ、はい(笑)。
──
いや‥‥「写真集」とか、
「カッコいい」っていうこと自体、
わかってなかったと思います。
 
田舎の高校生ですから、
「写真集」に触れるような経験も、
それまでは、
おそらく『Santa Fe』くらいで。
都築
ああー、そうなんだ(笑)、はい。
いや、でも大事ですよね。

──
もう、何度も何度も見返しました。
 
今もよく覚えてるのは
東大の寮の、木造3階建ての‥‥。
都築
ああ、本郷館ね。
もう、なくなっちゃいましたよね。
──
あと、新宿の三畳一間のアパートで、
なぜか建物に番地がなくて、
住民登録できない代わりに税金もない、
みたいな物件。
都築
あったあった。中野坂上だ。
──
たしか、床が市松模様だった気が。
都築
そうそう、よく覚えてますね。
──
当時は、ただおもしろいと思って
眺めていただけなんですが、
今から思うと、
すごいお仕事だったなあと思います。
 
つまり、家って、日本全国に
何百万軒あるかわからないですけど、
ひとつとして同じ中身がない‥‥。
都築
本当ですよね。
──
新幹線の窓から
沿線の家がたくさん見えますけど、
あれ、ぜんぶ中身が違うと思うと、
果てしない気持ちになるというか。
 
つまり、家というのは一点物、
その意味で「作品」なんだなあと、
そういうことを、
都築さんの『TOKYO STYLE』で、
考えさせられたんです。
都築
ええ、なるほど。
──
でも、そのままにしてるだけでは
「作品」にはならないから、
ああやって額縁をかけてやったら、
作品のように見えてくる。
 
そういうことこそ、
まさに都築さんのやってきたこと、
今もやってらっしゃることで、
ボーン・レコードにも通じるなと。
都築
ちょっと遠くの人の目じゃないと
気づけないおもしろさって、
たぶんね、あると思うんですよ。

──
遠くの人の目。
都築
つまり『TOKYO STYLE』で撮ったのは、
当時の自分よりも、
ずいぶん年下の人たちだったわけだけど、
僕じゃなくて、
そういう子たち自身がやったら、
もっと簡単に、つくれたと思うんですよ。
 
だって、わざわざ苦労して探さなくても、
友だちんとこ行きゃいいだけだから。
──
なるほど。
都築
でも、つくんないですよね。
 
なぜかって言えば、
そこに、おもしろみを感じてないから。
──
近すぎて。自分の家も同じようだし。
都築
だから、このボーンミュージックでも、
ロシアの人だったら、
もっと簡単にいろいろたくさん集めて、
本だって書けると思うんです。
 
だけど、きっと、やんないでしょうね。
──
ええ、ええ。
都築
だって、ロシア語はできるわけだし、
ツテは探しゃ見つかるわけだし、
ずっとラクにやれるはずなんだけど、
そこを苦労して
最初に掘ったのはイギリス人だから。
──
そうですね。
都築
やっぱり、ちょっと離れたところの、
遠くの人の目から見たときに
わかるおもしろさって、あるんです。
──
都築さんって、一貫して
そのスタイルでやってきてますよね。
 
ボーン・レコードについても、
まずは、興味の赴くままに関わって。
都築
ええ。
──
結果、ボーン・レコードについて
お話をうかがえる誰かを探したとき、
最初に来ちゃうというか、
都築さん以外に
見つからないというのがすごいです。
都築
僕はロシア語もできませんし、
音楽史の専門家でもないわけですよ。
 
他方で、ロシア音楽研究家なんかは、
アカデミズムの世界をはじめ、
たくさんいるし、
それこそレコードマニアの人なんて、
世界中に数えきれないほど。

──
ええ、いらっしゃいますよね。
都築
そういう人にくらべたら、
自分なんてめちゃくちゃ素人だし、
何にも知らないに等しい。
 
でも、専門家は、やらないんです。
ボーン・レコードなんて。
──
ああ‥‥つまり都築さんは
「そこ」をやってこられたんですね。
都築
さっきの『TOKYO STYLE』だって、
日本は世界でいちばん、
建築雑誌を出版してる国なんです。
 
本屋に行けば、死ぬほどあるでしょ。
──
へえ、世界一なんですか。
都築
カッコいい建築が載ってる雑誌から、
奥様収納ナントカの本まで、
至れり尽くせり、何でもありますよ。
 
ただ『TOKYO STYLE』みたいのは
それまでなかったし、
そのあともたぶん、出てこなかった。
──
専門家が、やろうとしなかったから。
都築
そう。だから、僕は、
特別なことをやってるわけじゃなく、
専門家の目に留まらなかったこと、
専門家が手抜きして
やってこなかったことを、やってる。
 
それだけなんですよ。
──
専門家がやったら、
でも、何か別のものになりそうです。
都築
単純に、僕の100倍やれますよね。
 
大学の先生とかテレビ局が
モスクワにリサーチャー飛ばして、
お金をかけて、
きちんと徹底的に調べてやったら。
──
でも、やらない。
 
そこで、専門家の先生が
なぜか手を出してこなかった領域を、
非専門家の都築さんが‥‥。
都築
そうそう(笑)。

──
このボーンミュージックのような、
生(き)の素材というか、
あまり人の手の入ってない素材に
出会うことって、
それでも、めずらしいでしょうか。
都築
いや、よくあるとは思いますけど。
どっちかと言うと典型例かなあ。
 
他に話を聞くべき人がいないのは、
むしろ不思議な気がしますね。
──
そうですか。
都築
最初に、このレコードに注目した
イギリス人だって、
別に専門家でもないだろうし、
お金持ちでもないだろうから、
自費でコツコツ、
モスクワと往復してたわけでねえ。

ボーン・レコード Ⓒ Photography by Paul Heartfield ボーン・レコード Ⓒ Photography by Paul Heartfield

──
遠くの人の目で、おもしろがって。
都築
そう、あげくの果てには、
日本で、数枚しか持ってない僕が、
えらそうに、こんな話して。
──
おもしろかったです、とても。
都築
だから、何なんでしょうね。
 
まだまだ、
ネタはいっぱいあるってことですよ、
ようするに。
──
まだ誰も手をつけていない、
とんでもなく、おもしろいものが。
都築
あると思いますよ、この世の中には。
 
編集者とかと話してるとさ、
「都築さん、
 何かおもしろいことないですかね」
みたいによく聞かれるんだけど。
──
ええ。
都築
「いっぱいある」ですよね、答えは。

(おわります)

2019-04-26-FRI

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  • BONE MUSIC展が
    日本にやってくる!

    インタビューで語られている
    ボーンミュージックの
    日本初の展覧会が、東京・表参道の
    BA-TSU ART GALLERYで開かれます。
    2014年、ロンドンからはじまり、
    イタリアやロシアをめぐった企画展が、
    日本にやってくるのです。
    ボーン・レコード現物の展示を中心に、
    会場には、貴重な「音源」が、
    BGMとして流されているそうですよ。
    Tシャツなどのグッズも、よさそう。
    期間が4/27(土)~5/12(日)と
    短めなのですが、
    ご興味を持たれた方は、ぜひとも。
    詳しいことは、
    展覧会の公式サイトでチェックを。