冷戦時代、旧ソビエト連邦では、
ジャズやロックンロールなどの
「ブルジョワ的、自由主義的」音楽は、
厳しい取り締まりの対象でした。
そこで、
ジャズやロックを聴きたいソ連の人は、
使い古しのレントゲン写真に
「ブルジョワ的、自由主義的」音楽を
刻み込み、地下流通させていました。
見つかれば収容所送り、それも覚悟で。
この、ほとんど知られていない
「ボーン・レコード」を、
あの都築響一さんが持っていた!

音への渇望、アートと自由の関係性。
興味深い話、たくさんうかがいました。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第3回 アートと自由の関係性。

──
禁制品というものが放つ、
何ともいえない「魅力」について、
都築さんは、どう思われますか。
都築
うーん‥‥何なんでしょうねえ。
 
戦前の日本とかでも
アメリカの音楽を演奏しちゃダメ、
みたいな時代もあったけど、
ジャズミュージシャンは、
いたわけですよね、その時代にも。
──
ええ。
都築
服部良一さんなんかにしたって、
そういう時代に、
いい曲をたくさんつくってるし。
──
完全に自由‥‥というわけでない、
そういう環境のもとで。
都築
今、僕たちは、
どんなおかしな音楽をつくったって
逮捕されたりしないから、
何かを禁じられている状況で、
どうしてもつくりたい、
逮捕覚悟でつくるんだ‥‥というね、
そういう経験はできないわけ。
──
はい。
都築
まあ、過激なエロ本をつくったり、
ものすごいハードコアな
ウェブマガジンを配信したりして
逮捕される人もいるけど、
そんなの、
どうってことないじゃないですか。
 
回収します、でおしまいでしょう。

ボーン・レコード Ⓒ Photography by Paul Heartfield ボーン・レコード Ⓒ Photography by Paul Heartfield

──
たしかに。
都築
だけど、ボーンミュージックの場合、
生き死にが関わってくるわけです。
 
だから、そういうギリギリの状況で、
何かを生み出す行為自体が、
平和で恵まれた時代の人にとっては、
ひとつの憧れなのかもしれない。
──
つくるほうも、聴くほうも、
「渇望している感じ」
が、ものすごいですものね。
都築
いかにぬるま湯に浸かってるかって
ことですよ、僕たちが。
 
「いい曲ができたのに、
 レコード会社が出してくれない」
とか、
「いい写真が撮れたのに
 出版不況で、写真集にならない」
とか、
いろいろゴチャゴチャ言うでしょ?
──
はい(笑)。
都築
何言ってんだって話ですよ。
──
やれることがありはしないか‥‥と。
都築
レコード会社が出してくれないなら、
自分でレコードをカットして、
自分で道ばたで売りゃいいだけです。
──
それで逮捕はされないし。
都築
バカだと思われるかもしれないけど。
──
シベリア送りには、されない。
都築
やりゃいいんです、つべこべ言わず。

──
でも、そのボーン・レコードにも、
当然「玉石混交」というか、
クオリティの差はありましたよね。
都築
でしょうね。でもね、僕は、
いろいろ取材してきた経験で言うと、
音楽でも何でも、
これはいい曲、これはダメな曲って、
そういうことはないと思う。
──
ま、絶対的な基準は‥‥。
都築
音楽なら音楽で、
そのとき、その人が、どう聞くかが、
すべてだと思うんです。
 
だって、僕らの年代で
「ビジュアル系」って言われても
ピンとこないけど、
15の子には最強なわけですから。
──
ああ、そうですよね。
都築
だから、いいとか悪いとかについて、
普遍的な基準なんてない。
規模が大きければいいわけじゃない、
規模が小さいからってダメじゃない。
 
現代美術にしたって、興味があって、
意識も高い人たちの間では
「やっぱり、ボイスはいいねえ」
とかいう話になるかもしれないけど。
──
ええ。ヨーゼフ・ボイス。
都築
がんばって家を買って、
みんなでごはん食べるところの壁が
寂しいから、
絵でも飾りたいねえとなったとき、
イルカが飛んでるようなのを
選ぶ人のほうが、多いと思うんです。
──
ああ、ラッセン的な。
都築
それを、バカにすることはできない。
 
その家に住む人が、
その家に合うと思って選んだわけで、
それを、いいとか悪いって、
他人は判断できないじゃないですか。

──
じゃあ‥‥都築さんの判断基準って、
どういうところにありますか。
都築
興味があるのは、いい悪いじゃなく、
その作品に、どれだけ
エネルギーが篭ってるかというだけ。
──
エネルギー。
都築
そう、どんな思いでつくっているか。
 
そこだけですね、見てるのは。
結果的にくだらなくてもいいんです。
──
規模の大きなことをしたいなあとは
やっぱり思うものの、
でも、最後は規模じゃないのかもと、
自分でも思ったりはします。
都築
ああ。
──
自分はインタビューするということを
主な仕事にしているんですが、
極端に言うと、
話を聞かせてもらった人に
喜んでもらえたらそれでいいという気持ちが、
どこかにあるんです。
都築
僕も今、電子書籍をつくってまして、
ちいさいアートブックフェアで
手売りみたいなことをしてますけど、
目の前の誰かが、
2000円なり3000円なりを出して、
買ってくれる瞬間がいちばん嬉しい。
──
あー‥‥1冊1冊ではあるけれど。
都築
そう。話しながら、目を見ながらね。
 
そりゃ100万部売る人なんかには
かなわないけど、
たったの1万部くらいで
出版社にゴチャゴチャ言われるなら、
自分で1000部、
つくって売ったほうがおもしろい。
──
そういう時代なのかもしれない、と。
都築
だから、このボーンミュージックも、
今、同じように、
いろいろままならない状況で、
苦しみながら何かつくってる人には、
きっと「届く」と思うんです。
──
当事者たちのスピリットが。
都築
うん、数は多くないと思いますけど、
届いたら、きっとわかってもらえる。
 
僕なんかは、
そういうもののほうに魅力を感じる。

──
たしかに、ドアを閉め切って、
絶対に、誰にもバレないようにして
音楽を聴くときの気持ちって、
自分には、想像もおよばないです。
都築
自由に、すべて許されている状況が、
音楽をはじめアートにとって、
本当にいいのかどうか、
ちょっと、わからなくなりますよね。
 
何でもかんでもオッケーな場所から、
素晴らしい音楽が
うまれるとは限らないんだなあって、
これを見ると、思わされます。
──
アートと自由の関係性。
都築
だから、さっきも言いましたけど、
音楽「も」なんですよね。
 
本なんかも、同じように、
サミズダートという地下出版物が、
旧ソ連では流通していて。
──
サミズダート。
都築
たとえば『収容所群島』みたいな、
ノーベル賞を獲るような作品も、
その中から生まれてくるわけです。
──
ああ、そうだったんですか。
都築
あれも実際に地下鉄の駅なんかで
密かに売られていて、
でも、作者は捕まっちゃって、
本当に収容所に入れられたという。
──
その音楽版というべき存在が、
この「肋骨レコード」なんですね。
都築
そうなんです。

(つづきます)

2019-04-25-THU

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  • BONE MUSIC展が
    日本にやってくる!

    インタビューで語られている
    ボーンミュージックの
    日本初の展覧会が、東京・表参道の
    BA-TSU ART GALLERYで開かれます。
    2014年、ロンドンからはじまり、
    イタリアやロシアをめぐった企画展が、
    日本にやってくるのです。
    ボーン・レコード現物の展示を中心に、
    会場には、貴重な「音源」が、
    BGMとして流されているそうですよ。
    Tシャツなどのグッズも、よさそう。
    期間が4/27(土)~5/12(日)と
    短めなのですが、
    ご興味を持たれた方は、ぜひとも。
    詳しいことは、
    展覧会の公式サイトでチェックを。