
「ずんっとしてて凄みのある、
しかもちゃんと娯楽作品になっている大傑作」
糸井重里がそう感想をもらしたのが、
10月24日公開の映画『愚か者の身分』です。
この作品を手がけたのは、
5年前にほぼ日手帳のキャンペーン映像を
撮ってくださったこともある、永田琴さん。
しかも原作に選んだのは、
これまでの永田さんからは想像もつかない、
半グレの世界を舞台にした
ハードボイルド小説というからびっくり!
どうしてこの物語を撮ろうと思ったのか。
この5年での変化。作品に込めたもの。
あらためて糸井重里がうかがいます。
永田琴(ながた・こと)
映画監督。
大阪府出身。関西学院大学商学部卒業後、
岩井俊二監督をはじめ数々の撮影現場で
助監督経験を経て、
2004年にオムニバス映画『恋文日和』で劇場公開デビュー。以降、映画『渋谷区円山町』
『Little DJ~小さな恋の物語』『全員、片想い』、
WOWOWドラマ東野圭吾『分身』『変身』『片想い』、
テレビドラマ『イタズラなKiss Love in TOKYO』、
配信ドラマ『東京ラブストーリー』、
ドラマ『ライオンのおやつ』などを手掛ける。

映画『愚か者の身分』
永田琴監督、渾身の最新作です。
原作は、第二回大藪春彦新人賞を受賞した
作家・西尾潤さんの同名小説。
「闇ビジネス」に手を染める若者3人による、
3日間の逃走劇を描いたクライムサスペンスです。
本作は「第30回釜山国際映画祭」の
コンペティション部門に選出され、
主演の北村匠海さん、
共演の林裕太さん、綾野剛さんの3名がそろって
「The Best Actor Award (最優秀俳優賞)」を
受賞するという快挙を成し遂げました。
この映画に少しでも興味がある方は、
SNSなどで感想を目にする前に
まっさらな気持ちで観てもらいたいです。
どんなことを思い、何に心を動かされるのか。
若者たちを巡る3日間の怒涛の物語に、
ぜひ劇場でどっぷり浸ってみてください。
・映画『愚か者の身分』公式サイト
- 糸井
- その若者をきっかけに、
半グレについて勉強しはじめたんですか?
- 永田
- 勉強というより、
そういうテーマの番組を見たり、
本を読んだりって感じですね。
心理学の人が書いたものとか、
少年院にいる人たちを取材した本とか。
- 糸井
- 主に本ですか、多いのは。
- 永田
- 本が多かったですね。
あと、実際に取材もしました。
体を売っていた若い人で、
そのとき施設に保護されていたんですけど、
取材中も「あー、誰かと寝たい」っていうんです。
- 糸井
- えーっ。
- 永田
- 「どういうこと?」って聞いたら、
「いま誰にも愛されてないのが寂しい」って。
それは一時的な関係だから、
愛されてることにはならないと思うんですけど、
「それでもいいんです。
2時間だけでも私のことだけ見てるから」って。
- 糸井
- はぁーー。
- 永田
- そんなふうにいわれたら、
私も「それはちがう」とはいえなくて。
そんなに愛に飢えてるのかぁと。
それはすごいショックでした。
そんなこと考えたこともなかったので。
- 糸井
- 考えたことない人でも、
それはあるんだろうなぁって
想像することはできますよね。
その部分が自分の中にゼロではないから。
- 永田
- そうですね。
- 糸井
- ぼくは昔、冗談めかして、
「銀行員の人たちが、
自分に愛想よくしてくれるのが好き」と
いったことがあります。
- 永田
- はははは。
- 糸井
- それはわかりやすい例え話だけど、
やっぱり人がやさしくしてくれるのって、
それが芝居だとしてもうれしいんですよ。
ふつうの暮らしの中でも、
にこやかに接してくれるほうがうれしいわけで。
- 永田
- そりゃそうですよね。
- 糸井
- だって、その逆は嫌じゃないですか。
態度のわるい銀行員が来て、
「あー、きょうはダメだな」とかいってたら。
- 永田
- 嫌ですね(笑)。
- 糸井
- だからその若者の
「2時間だけでもいいんです」を薄めたものって、
たぶんぼくらの中にもあるんでしょうね。
- 永田
- そうですね。
- 糸井
- 昔、AV業界の人が話していたことで、
体を売る女性の多くは、
母親との関係が影響しているそうなんです。
もちろんそうじゃない人もいると思いますけど。
つまり、母親がオンナを
見せちゃったのを見ちゃった人は、
そういう業界に関わりやすいって。
- 永田
- そういうのはやっぱりあると思います。
育ってきた環境というか。
- 糸井
- あと、少年院に入った子の
就職先を考えるグループの人がいうには、
「誰かひとりでいいから、
本気でそいつのことはわかってやれる奴がいれば、
だいたいは立ち直れる」って。
- 永田
- あー、それはすごく思います。
- 糸井
- でも、それも一時的にわるい先輩が
「お前のことを俺はわかる」という役をしちゃうから、
そこに付いていっちゃうんだろうなぁ。
- 永田
- まさにそういうようなことを、
この映画でも描きたいと思っていたんです。
©2025 映画「愚か者の身分」製作委員会
- 糸井
- 今回、自分で原作から作るのではなく、
『愚か者の身分』という原作をもとにしたのは、
どうしてだったんですか。
ふたつの道があったと思うんですけど。
- 永田
- 現実の話として、
そもそも私が売れっ子監督ではないので、
自分で原作を書いたとしても、
それに乗ってくれるプロデューサーいないと、
映画を作ることすらできないんです。
- 糸井
- そうかー。
- 永田
- なので、いまの自分の思いを
表現してくれるような原作がないかなって、
じつはずっと探してはいたんです。
その中でもこの『愚か者の身分』は
爽やかなところがありながら、
クライムサスペンスの部分もあります。
サスペンスがあることで、
映画としては見やすくなるんじゃないかなと。
- 糸井
- なりますね。
- 永田
- やっぱり内面を延々見ていても疲れちゃうけど、
サスペンスものには
2時間人を引き付けるだけの力があります。
そういうことを考えていたときに出会ったのが、
この小説だったんです。
- 糸井
- 自分で物語から作っていたら、
もっと自分の最初に考えた動機に
近づいちゃうような気がしますよね。
- 永田
- はい、説教臭くなるのが嫌なんです。
- 糸井
- なりかねないですよね。
でも、この原作は最初からある種、
娯楽小説として突き放した書き方をしています。
話の展開も都合がいいし、
場所の設定や小道具の使い方も、
娯楽のお約束をポピュラーソングにして
上手に聞かせてくれています。
おかげで観客も楽なんですよね。
「そうじゃないかなぁ‥‥あ、やっぱり」みたいな。
- 永田
- 私にはそれが必要だった気がします。
- 糸井
- お客さんもそれが必要だったと思います。
このテーマの場合、それをやってくれないと
考え込んじゃうような気がする。
もちろん考え込むのもいいんだけど、
答えが出ないのに俺と一緒に、
この渦の中でどんよりしようよっていうのも‥‥。
- 永田
- そういうのは私も望んでいないです。
自分の生業も映画だけじゃなく、
いろんなジャンルの映像を作っているので、
エンターテインメント性は、
自分の中でもけっこう大事な部分なんです。
(つづきます)
2025-10-29-WED