©2025 映画「愚か者の身分」製作委員会

糸井

正直にいいますけど、
最初は「嫌な奴らだなぁー」と
思いながら観ていたんです。
だって、ぼくら、
ふだんはふつうのいい子なんで（笑）。

永田

（笑）

糸井

だからあの物語に入っていくとき、
ちょっと虚勢を張らなきゃいけなくなる。
すこし気を強くしながら観るというか。
監督自身もああいう世界とは、
ふだんは関係がないと思うんですけど。

永田

私もどっちかっていうと、
ほぼ日よりの人間だと思っているんです。
ふだんの自分の生業は。

糸井

そんな気がしてます。

永田

そう思っていたんですけど‥‥。
ちょっと重めの話をしてもいいですか？

糸井

はい。

永田

コロナ禍のときの話なんですけど、
知り合いの若い人が
警察にお世話になったことがあったんです。
私、すごいびっくりしちゃって、
「ええーーっ！」って心配していたら、
その若者のまわりの人たちが、
そのできごとをきっかけに、
サーッといなくなってしまったんです。

糸井

あぁー。

永田

私も「あれっ？」て感じで。
「みんな力になってあげないの？」って。
まわりの人たちは知らないフリで、
「もう関わらないほうがいいね」みたいになって。
でも、私、大阪出身なので、
そういうときに大阪人気質が出ちゃうんです。

糸井

ちょっとおせっかいなところがね。

永田

はい、私、おせっかいなんです（笑）。
それでその若者をサポートをして、
警察のお世話になったあとも、
それ以上先に行かないよう説得したり。
でもその若者は
「犯罪歴があっても別に気にしないし、
いちいち調べられることもないし」とかいうんです。
それ聞いてイラッとしちゃって、
「ダメだよ、そんな考えしたら！」って。

糸井

はぁーー。

永田

いまそう思っていても、
いつか絶対に後悔するだろうし、
まずはその考え方を変えないとだと思って、
ずっと説得したりしていたんです。

糸井

次のおせっかいに入ったわけですね。

永田

そのときにすごく思ったことで、
いまってなんでもネットで調べられるけど、
実際に面と向かって注意してくれたり、
相談できる人がいない時代なんじゃないかなって。

糸井

あぁー。

永田

みんな知らないフリをして注意しない。
近所の子どもが悪いことしても
怒らない時代ってよくいいますけど、
そういうことの綻びが出てるんじゃないかなって。
身近に怒ってくれる人がいないから、
ちょっと感覚がずれちゃってるというか。

糸井

コロナの頃ってことは、わりと最近ですよね。

永田

ここ５年以内にあったことですね。
そのあたりから半グレのこととか、
オレオレ詐欺に加担しちゃう中学生とか、
そういう問題に興味をもちはじめて、
自分でいろいろ調べるようになったんです。

糸井

ということは、この映画があって、
急にこの世界に触れたわけじゃないんですね。
その前から、段階をのぼるように。

永田

じつは段階をのぼっているんです。

糸井

そうだったんですね。
まさしくそういうテーマが、
この映画の中には溢れてますよね。

永田

なので、ほぼ日のお仕事をしていたときも、
じつはそういう世界に、
半分足を突っ込んではいたんです。

糸井

女子高生の書道を撮影しながら、
もう一方では半グレの世界に‥‥。

永田

だからこそ余計に、
いろいろ感じたのかもしれないです。
ああいう素直によろこびあったり、
ふつうの平和な学生生活を
みんなが送れるわけじゃないんだなって。
もらえるはずの愛情がもらえなかったり、
親の貧困で自分も貧困になるしかない子がいたり。
いろんなパターンがあるんですけど、
あの頃はその両極端な面を見ていた気がします。

糸井

そうでしたか。

©2025 映画「愚か者の身分」製作委員会

永田

それまでは、みなさんといっしょで、
私も闇ビジネスとか半グレとか、
まったく関係ない世界に生きていたので。

糸井

ふつうに生きてると、
わりとそこに行かないですよね。

永田

なので自分の作品の中に、
こういう世界のものが入ってくるなんて、
ぜんぜん想像していなかったです。
この５年の変化はとくに大きかったですね。

糸井

この映画を観たからかもしれないけど、
いまおっしゃっている気持ちは、
ぼくにもとてもよく伝わってきます。
生まれ落ちた場所とか、
歩いてるときの何かのきっかけで、
そういうことって起こり得ると思うんです。
昭和の頃だったり、
もっと前の時代劇の世界なんて、
じつはそんなことだらけですから。

永田

そうですよね。

糸井

農家の次男坊は土地がもらえないから、
江戸に行くしかない。
そこで誰かの世話になりながら
手に職をつけて生きていくしかない。
その道ってよっぽど倫理的な支えがなかったら、
どこかに行ってもぜんぜんおかしくない。
ドラマの中だと風来坊だとか、ヤクザものだとか、
そういう言葉でいっしょくたにして、
「悪い奴じゃないね」みたいに思われてるけど。

永田

バックボーンはあまり描かれないですからね。
キャラクターとして出てくるだけで。

糸井

顔のいい役者が
「俺はヤクザもんだから」とかいうけど、
ほんとうはそんなんじゃないですよね。
食いっぱぐれてるわけだから。

永田

はい。

糸井

そういう中に、ちょっとした友情とか、
兄貴がごちそうしてくれたのがうれしいとか、
誰もこっち向いてくれないときに
組の人だけがやさしくしてくれたとかがあって。

永田

「いい焼肉を奢ってくれた」とか。

糸井

そのあたりの話はぼくにもわかるんです。
自分がそれをやったことあるかどうかじゃなく、
近くにいるやさしい人というのは、
どんな価値観よりも大きいと思う。
だから「あの兄貴には逆らえない」とかいうわけで。

永田

とくに男性社会は、
その傾向が強いような気はしますね。

糸井

男ってどこかで理念を優先しないと、
軸が定まらないんでしょうね。
あの人にだけは逆らえないんだよ、
っていうのがあるおかげで、
他のところが思いっきりやれるというか。

永田

そういうの女性はあんまりないなぁ（笑）。

糸井

たしかに女性はそういうのないか。

永田

映画界でもやっぱり
「あの人にお世話になってるから」って、
男性の方はみんないうんですよ。

糸井

いいますよね。

永田

「あの人、裏表激しくない？」とかいうと、
「でも自分はあの人にお世話になってるんで」とか。

糸井

裏表があるのを実際に聞いてても、
「そういう話も聞くけどさ」ってなりますよね。

永田

「あの人は自分の兄貴なんで」とか。

糸井

『愚か者の身分』の「愚かさ」って、
まさにそういう部分なんだと思いますね。
利口ならやんないよね、
というほうを選んだりするわけだから。

永田

そこに人間味の話が入り込むんですよね。
些細なちっちゃいことでも、
それをちゃんとずっと大事にしようとする。

糸井

犯罪が絡んでいてもそうなるわけだから、
犯罪が絡んでないところでは、
そういうのは日常的にあるんだと思います。
でも、いまの若い子もそうなのかは、
ちょっとぼくにはわかんないことですけど。

永田

闇バイトとかだと、
インスタグラムのDMから
スルッと入っちゃう人も多いみたいです。
大学に行ってるようなまじめな子でも、
スッと闇バイトに手を出したり、
ちょっとお金欲しいと思ってそっち行ったり。
そういうのはすごく身近だと思います。

糸井

ぼくがよく出す例えなんですけど、
ゴルフボールが変なところに飛んでも、
勝手に手で動かしたらダメじゃないですか。

永田

はい。

糸井

そのルールは守らなきゃダメなんだけど、
「別に誰も見てないんだし」という発想は、
人を捻じ曲げるのにすごく都合がいいんです。
むしろ「動かさないほうが愚か」と思うのが、
いまの社会でもあるというか。

永田

あぁー。

糸井

ほんとうはルールの中で遊んでいたはずなのに、
やっぱりちょっと利口な子になると‥‥。

永田

「俺はうまくやれてるし、
お前もうまくやれよ」みたいなことですよね。
みんな情報過多になりすぎて、
時代の流れとしてはそうなのかもしれない。