▲神戸にある、岡田さんのアトリエにおじゃましました。

──

きょうは、よろしくお願いいたします。
最初に、子どものころからの
『こそあどの森の物語』シリーズのファンとして、
「シリーズ30周年、おめでとうございます」と
伝えさせてください。

岡田

昔から読んでくれていたのですね。
ありがとうございます。

──

小中学生のころに、夢中で全巻読みました。
子ども心に「こんなお話はほかにない」と
感じていました。
児童文学ではあるけれど、
子どもを「考えのあるひとりの読者」として
あつかってくれている気がして。
少しおおげさですが、「こそあどの森」は、
私にとって第二の故郷のような存在です。

岡田

うれしいことです。

──

30年前、『こそあどの森の物語』シリーズは、
どんなきっかけで始まったのでしょうか？　

岡田

『こそあどの森の物語』を書く以前は、
日常にふしぎなものごとが入り込んでくる
ストーリーを多く書いていました。
そのなかで、
「ふしぎな世界だけで終始する話を書きたいな」
という思いが芽生えてきたのです。
シリーズをつくりたい気持ちもありました。

──

最初から、つづきものにする予定だったのですね。

岡田

「少なくとも３巻まではやってみよう。
そこまでで、あまりに人気がなかったら、
やめよう」と考えていました（笑）。
「ふしぎな森のなかの話を書こう」と決めて、
スケッチブックに
いろいろな設定を描いていきました。
これが、最初のスケッチブックです。

──

えっ、見せていただいていいのですか。
ありがとうございます。

▲『こそあどの森の物語』の構想を描いたスケッチブック。

──

‥‥うわぁ、へえー、すごい、これが‥‥。
それぞれのスケッチブックの１ページ目に、
すごくきれいな絵が描いてありますね。

岡田

そうそう、１ページ目はすごく気合いを入れて
描いているんです（笑）。

岡田

どんな話になるか、
自分でもわからなかったのですが、
とにかく森に住んでいる人と家を考えるところから
始めました。
いま思い返すと、このときにはもう、ほとんど
設定ができあがっていたんです。

当初の設定から変わったキャラクターとしては、
作家のトワイエさんがいます。
もともとは「J.ウノカタさん」という名前でした。

──

おもしろいお名前ですね。

岡田

「J.UNOKATA」とローマ字で書いたら、
続けて読むとJun.Okata（ジュン・オカタ）になる、
というしかけを入れようとしていました（笑）。

──

なるほど！　
気づく人は気づいたかもしれませんね。
こうして、
絵を描きながらお話を考えていかれた。

岡田

ええ。描くだけでなく、食べものは、
自分でつくって研究したりしました。
洞窟のなかでポークビーンズの缶詰を食べる
シーンを書くときには、
同じような食べものをつくって、
パンも作中と似たものを用意して。

──

ああ、だから、
登場する食べものにリアリティがあるんですね。
主人公のスキッパーがよく食べている
クラッカーやホットケーキも、出てくるたびに、
「おいしそうだなあ」と思っていました。

岡田

実際の新聞記事をもとに
キャラクターをつくったこともあります。
こちらに、帽子をかぶって
ステッキを持った男性の写真が
貼ってありますね。

岡田

この写真から、『こそあどの森の物語』９巻の
『あかりの木の魔法』に登場する、
森の人々をだまそうとする偽の科学者
「イツカ」のエピソードができました。

「こそあどの森の物語」第９巻『あかりの木の魔法』p.79

──

なんと。
『あかりの木の魔法』に書かれていたことは、
ほんとうの話だったのですね。
あの物語は、中学生のころ読んで、
それまで経験したことがなかったくらい
泣いてしまったので、すごく心に残っています。
「映像がなくても、
文字でこんなに泣くことがあるんだ」と、
驚いたのを覚えています。

▲右側のページの下のほうに、湖に映る人影の写真があります。

岡田

こちらの写真もおもしろいですよ。
水に写っている人影のほうが、
実際の人よりはっきり見えませんか？　

──

ほんとうだ、そう見えます。

岡田

‥‥というのは、ごめんなさい、
写真の上下をひっくり返しているだけです。

──

ええっ、信じてしまいました（笑）。

岡田

すみません（笑）。
ですが、もしもほんとうに湖のなかから
人影が浮かび上がったらおもしろいな、
と考えているうちに
物語ができていったこともあります。

──

ファンタジーのもとに、
現実の食べものや写真があるから、
実際に起こりそうなわくわくを感じられるのですね。

『こそあどの森』は、
どこにあるかわからない場所ですが、
まったくの異世界‥‥という感じではなく、
どこか私たちの世界と
似ている部分もあるように思います。

岡田

そのとおり、「ふしぎな森」と言いつつも、
森自体にふしぎなところはあまりないのです。
学校の裏山を登っていったら行き着きそうな、
気安さがいいかなと思って。
たとえば、しょっちゅう木が歩いているような、
わかりやすい「ふしぎ」が起こるのは、
僕のつくる話ではない気がします。

岡田

‥‥そうだ、みなさんがこのマンションに入るとき、
ロビーにインターフォンがあったでしょう？　

──

はい、ありました。

岡田

みなさんのように、外部からいらっしゃる方は、
訪ねる部屋の番号を押して呼び出しますよね。
けれども、マンションの住人は、
鍵を差し込んでキュッと回すと
ロビーのドアが開くんです。

──

はい。

岡田

僕が鍵を開けようと回すと、１年に１、２回、
風船を踏んだような、変な感覚が起こるんです。

──

へえー。

岡田

このあいだも、右足にその感覚が来て、
次に左足も同じようになって、
「あ、あれが来たか」と思って‥‥
床を見下ろすと、身体が３センチくらい
浮き上がっていたんですよ。

──

え‥‥ええっ？！　

岡田

というのは、いまつくった話なんですが‥‥。

──

よ、よかったです。また信じてしまいました（笑）。

岡田

ふふふ、すみません。
つまり、こそあどの森で起こるふしぎは、
こういうことなんです。
途中まで聞くと、「現実の話だな」と思う。
「風船を踏んだような感触」というところも、
「まあ、その感じはわかるな」と思う。
ところが「気がついたら浮き上がっていた」
となると、「ええっ、うそ！」と感じますよね。

──

あっ、そうか。
現実らしい場面を追っていくうちに、いつの間にか、
ふつうは起こりえない状況にたどり着いている、
という‥‥。
まさに、こそあどの森の世界観ですね。