
だまし絵で知られる版画家エッシャー。
エッシャーの絵に隠されたトリックを紐解く
『エッシャー完全解読』が発売された。
執筆したのは近藤滋さん。
芸術作品に詳しいアート評論家と思いきや、
本職はなんと国立遺伝学研究所長。
しかも「生き物の模様や形がどうやってできるのか」
という研究をしていたとのこと。
学会では大御所先生の顔写真に落書きをする
企画をつくるなど、エンタメ精神もある近藤さん。
エッシャー作品の謎解きや魚の模様の話をしながら
だまし絵と科学研究の共通点に迫ります。
聞き手は、ほぼ日の松田です。
近藤 滋(こんどう しげる)
博士(医学)。1959年生まれ。
2018年ノーベル生理学・医学賞を受賞した
本庶佑氏のもとで大学院生として研究したのち、
長らく大阪大学でパターン形成研究室を主宰。
2025年1月より国立遺伝学研究所所長。
研究活動以外にブログ『生命科学の明日はどっちだ』や
「ガチ議論」などの学会企画でも知られる。
関連リンク
国立遺伝学研究所 所長挨拶
- ──
- 魚の模様がチューリングの方程式でできるという
論文を発表したのはいつですか?
- 近藤
- 1995年ですね。
僕が35歳のときです。
その後はいろいろな大学や研究所を渡り歩きながら
チューリング・パターンの実態を研究しました。
つまり、どういう細胞やどういう遺伝子が
チューリング・パターンに関わっているのか、
実際の反応がどういう原理で行われているのか。
そういうことを詳しく調べる研究をしていました。 - それを15年くらいやって、
自分の中ではほぼ答えが出てひと段落すると
少し余裕が出てきて、
次に何をやろうかなと思ったタイミングで
最初にお話しした分子生物学会の大会長の
オファーがあったから、
ちょっとがんばってみようと思って
大会長の仕事を1年間やって。
それが2013年。 - さらに時間が経って、そろそろ定年というときに
『エッシャー完全解読』に取り組んだというわけです。
- ──
- これからはどうするのですか?
- 近藤
- 国立遺伝学研究所長の仕事はやりつつ、
定年になったらやりたいと思っていたことが
ずっとあって。
それは何かっていうと、
ヒマワリの種の並び方です。
ヒマワリの種はらせん状に並んでいるんですが、
そのらせんの数がフィボナッチ数列になっているという
有名な事実があるんです。
- ──
- フィボナッチ数列?
- 近藤
- フィボナッチ数列というのは
1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34・・・・というように
前2つの数を足したのが次の数になるという数列です。
ヒマワリの種の並びは、
右回りのらせんも左回りのらせんも、
フィボナッチ数列の数字がよく出てくるのですが、
それがなぜなのかは800年くらい謎だったんです。 - なぜフィボナッチ数列になるのかは
いろいろな説があるんですけど、
僕が満足いくものがなくて。
でも、こんな面白い話はないから
絶対自分でやろうと思って、
とっといていたんですよ。
なんでだろうと考えていて。 - そうしたら、2021年に他の人が
解いちゃったんですよ。
- ──
- なんと。
- 近藤
- カナダの数学者で僕の友人なんですけど、
本当に素晴らしい回答で。
だから、今は何をやったらいいか
見失っている状態ですね(笑)。
あれ以上に楽しいクエスチョンがなかなかなくて。
- ──
- そういうものですか?
- 近藤
- 次に新しい何かをやるとなったら
たぶん人生最後のチャレンジになるから、
それを取られちゃって困ったなあと。
- ──
- 人生最後のチャレンジになるんですか?
- 近藤
- だって、新しい研究を始めたら
10年とかの単位で絶対かかるから。
エッシャーの解読も10年なんですよ。
今65歳だから、10年したら75歳。
75歳で新しいチャレンジはもう無理だと思うし。
- ──
- 次のものを探しているところ?
- 近藤
- そんなところですね。
- ──
- このインタビューも終わりに近づいていますけど
何か最後に言っておきたいこととかありますか?
- 近藤
- そうですね・・・・チューリング・パターンの問題にしろ
エッシャーのトリックにしろ、
とても幸運だったなって思うんですよ。
だって、チューリングの理論は明らかに美しいし、
熱帯魚の縞模様なんか水族館に行けば
いつでも誰でも見られるわけじゃないですか。
なんで誰も気付かなかったのだろうって
ずっと不思議だったんです。 - エッシャーのトリックもそうです。
エッシャーのファンなんて世界に1000万人とか、
もしかしたら億単位でいて、
みんなエッシャーの絵を見ているんです。
ちょっと考えればトリックのことはわかるのに、
なんで誰もそれを言わなかったのか。
誰も言わなかったからこそ
僕が本を書くことができてラッキーだったけれども、
なぜなのかっていうのはずっと不思議ですよね。 - もしかしたら、トリックに気付いちゃった人を
裏世界の機関がこっそり始末しているんじゃないかと
考えたり(笑)。
エッシャーの版権が厳しいのもそれが理由かな、とか。
- ──
- はは(笑)。
- 近藤
- それは冗談としておいて。
- 自分も最初にエッシャーの絵を見てから
30年間トリックに気がつかなかったんだけど、
その確率を1000万とか1億とかかけたら
やっぱり誰かが気付くはずなんですよね。 - たぶん、気がついた人は、
大したことじゃないと思って言わなかったのか、
本とかを出すためのアクセス方法がなかったのか。
僕は科学者だから、
新しい知見があったら発表するという
手立てがあるというのはわかっているけど、
科学者以外はそういうこと自体が
あまり思いつかないから、
面白かったと思うだけで出さなかったのか。
そのあたりはよくわからないですね。
- ──
- 個人的な感想になっちゃいますけど、
エッシャーの絵の遠近法も数学的というか、
図形的ですよね。
- 近藤
- 幾何学ですね。
- ──
- 原理があって、原理があるならばこうなる、
そこから外れているからこうなるという
考え方をされているじゃないですか。
- 近藤
- はい。
- ──
- それって、研究でやられていることと一緒だな、と。
チューリング・パターンという原理がある。
そこがつながっているのかな、というのが感じられて。
それが幸運だっておっしゃいましたけど、
近藤さんみたいに好奇心をもっている・・・・
- 近藤
- 好奇心がそこに向いていた、ですね。
- ──
- そうか、そうですね。
近藤さんがそこに好奇心を向けていたことが
僕らにとっても幸運だなと思いました。
- 近藤
- 普通の人はたぶん、これを面白いと思っても、
これを何十時間も考え続けることはしないんですよ。
それは効率が悪いとわかっているからだと
思うんですけど、
研究者はそれが普通にできるんですよ。
考え始めたら1か月くらい頭の中にあって、
みたいなことが普通にあるんです。
もちろん、他のことも考えてはいるんですけど。
- ──
- それも研究者の特殊能力ですかね?
- 近藤
- そうだと思っています。
研究者はそういう人が多いですよね。
- ──
- 考え続けることができる、と。
(つづきます)
2025-05-04-SUN
-


近藤さんが中学生で出会って以来、
ずっと考え続けていたエッシャーのだまし絵。
いろいろな解説を読んでも
納得できなかった近藤さんが
科学者だからこそたどり着いた
エッシャーの緻密なトリックとは?
近藤さんからの7つのヒントを手がかりに
あなたも謎解きに挑んでみよう!※株式会社みすず書房のサイトの書籍紹介ページにリンクします。
