だまし絵で知られる版画家エッシャー。
エッシャーの絵に隠されたトリックを紐解く
『エッシャー完全解読』が発売された。
執筆したのは近藤滋さん。
芸術作品に詳しいアート評論家と思いきや、
本職はなんと国立遺伝学研究所長。
しかも「生き物の模様や形がどうやってできるのか」
という研究をしていたとのこと。
学会では大御所先生の顔写真に落書きをする
企画をつくるなど、エンタメ精神もある近藤さん。
エッシャー作品の謎解きや魚の模様の話をしながら
だまし絵と科学研究の共通点に迫ります。
聞き手は、ほぼ日の松田です。
近藤 滋（こんどう しげる）
博士（医学）。1959年生まれ。
2018年ノーベル生理学・医学賞を受賞した
本庶佑氏のもとで大学院生として研究したのち、
長らく大阪大学でパターン形成研究室を主宰。
2025年1月より国立遺伝学研究所所長。
研究活動以外にブログ『生命科学の明日はどっちだ』や
「ガチ議論」などの学会企画でも知られる。
関連リンク
国立遺伝学研究所 所長挨拶
- ──
- 観覧している人もいるから
質問があればぜひお願いします。
- 近藤
- どんなことでも。
- 観覧者
- 生き物の模様の話、面白かったです。
物理学の人は模様に何かあると考えていて
生物学の人はあまり考えなかったという、
その分かれ目って何だったんでしょう？
- 近藤
- 数学だと思います。
チューリング・パターンの原理を
理解しようと思ったら
数学の知識が必要なんですよ。
偏微分方程式で書かれているから、
それがわかっていないとどんなものなのか、
正確に理解できないんです。 - だから、物理学の人は
「こういう原理がありそうだ」と理解できて、
砂丘のふもとで波のような模様ができる現象があるから
それと同じことが生物の中で起きていても
おかしくはないよね、と物理学の人は考えるんです。
でも、自分では証明できない。
生物を使った実験をやったことがないから。 - 一方で、生物学の人たちのほとんどは、
偏微分方程式で書かれたモデルを見たところで、
そもそも何のことだかわからない。
- ──
- 確かに、何の式なのかさっぱりでした。
- 近藤
- そうだったでしょ？
考えるよすががないというか、
自分の研究には必要ないって思ったら、もうやらない。
そこで、興味をもつ人は
100分の１か1000分の１くらいに減っちゃうと思う。 - 僕はたまたま、
大学に入ったころは数学をやろうと思っていたから
あまり抵抗がなかったんです。
それもたまたまです。
大学に入ったら数学ができるすごい賢い人がいて、
自分はかなわないと思って数学からドロップアウトして。
でも、生物の研究の中で数学と出会った。
これも幸運だなと思います。
- 観覧者
- ありがとうございます。
- ──
- ほか、どうでしょうか。あ、どうぞ。
- 観覧者
- チューリングが1952年に
論文を書いたってことなんですけど、
映画とかだと戦後の人生は
かなり不遇だったように描かれていて、
どういう感じでこの論文を書いたのか、
もしわかっていることがあれば教えてください。
- 近藤
- これは非常に悲しいストーリーがありまして。
チューリングは幼少のときから
ホモセクシュアルを自認してて、
子どものときは自分より1つ年上の男の子のことが
好きだったんです。
その人は数学が大好きで、
数学科に行きたいと言っていたから
チューリングも数学の勉強を始めたそうです。 - でもチューリングは天才すぎて。
中学生のときに
アインシュタインの相対性理論の論文を読んで、
インドに住んでいる母親に送った手紙の中で、
「この論文のここの書き方は間違っているんじゃないか、
僕はこういう書き方をしたほうが正しいと思う」
みたいなことを書いているんですね。
アインシュタインの論文を添削しているんです（笑）。
それくらい、ヒトを超えたレベルなんですけど。
- ──
- すごい（笑）。
- 近藤
- その大好きなひとが
病気で亡くなってしまうんです。
その後、チューリングがケンブリッジ大学に入学して
数学を学ぶようになったのは、
いつか天国に行って好きだったひとに会って、
「自分はあなたの好きな数学をこんなにやりましたよ」
ということを話したかったから。 - さらに、人工知能やコンピュータを考えたのも、
それをもっと進化させて、
そこに自分の愛するひとの魂を宿らせるため。
人工知能というのは、チューリングにとって
そういう意味があったんだそうです。
- ──
- 魂、ですか。
- 近藤
- 泣けるでしょう？
- ただ、不遇だったのはその後です。
暗号解読のエキスパートだったけど、
イギリスにとって軍事上の機密になるんですよ、
チューリングの存在自体が。 - 戦後、冷戦が始まったころになると、
学者は共産党に感化されやすい、
さらにホモセクシュアルはもっと危険だという
思想が広がっていきました。
日本でいうレッドパージで、
学者が結構捕まることになります。 - そのころに、ギリシャから来た同性愛者が
チューリングをたぶらかして親密になり、
二人で一夜を過ごしたと。
当時、キリスト教に照らし合わせると
ホモセクシュアルは犯罪だったんです。 - その同性愛者はチューリングと別れた後、
自分はチューリングと寝たと言いふらした。
それでチューリングは捕まって、
有罪判決が下されて
ホルモン注射を強制されたんです。
コンピュータの研究からも遠ざけられて、
何もやることがなくなったときに書いたのが、
模様の理論研究に関する論文だったわけです。
- 観覧者
- じゃあ、不遇なときに書いたのがあの論文？
- 近藤
- そうです。
その２年後に自殺しています。
映画の『白雪姫』を見て何かを言っていたという
友人との会話が残っていて、
リンゴに青酸カリを塗って、
それを食べて死んだ、ということになっています。
非常に悲しいですね。 - あと、ヒマワリの種の問題は
チューリングもかなり興味をもっていたらしく、
チューリングが残したノートには
ヒマワリの絵がたくさんあるんですよね。
だから解きたかったんだと思います。
- 観覧者
- ありがとうございます。
- ──
- ほかには････はい、どうぞ。
- 観覧者
- 今日の話は謎解きというか、
答えや仕掛けがあると思って
いろいろなことを見つけられていると思うんですけど、
これだけは絶対に誰も一生解明できないだろうなと
思うことは何ですか？
- 近藤
- 一生解明できないことかあ。
うーんと････ - 僕が大学に入って生物学をやろうと思ったときに、
これから生物学はどうなるんだろうというのを
考えたんですよね。
遺伝子のことは40年くらい前からわかっていて、
細かいこともわかってきたんだけど、
本質的なことは1953年の
ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックによる
DNAの２重らせん構造モデルでひと段落ついたと。
それはいいと。 - その次、遺伝子がわかっても
解決できない現象は何かと考えると、
すべての細胞は同じ遺伝子をもっているのに
動物になるとそれぞれの場所で
違う遺伝子がはたらく、そして形をつくる。
動物の形をつくるというところが、
次の問題だと思ったわけです。 - でも、それもチューリングの原理がわかってしまうと
それほど大した問題じゃなくなってきた。
その上にある問題は、たぶん脳だと思うんですよ。
意識とか、感情とか、そういう複雑な問題が。
ただこれもAIが出てきてしまって、
AIも心をもっているかもしれないじゃないですか。
私たちがわからないだけで。
この数年間のAIの進歩を見ると、
どこまでいくのかわからない。 - そうなってきて、今一番気になっているのが、
「AIは真に創造的な発見ができるのか？」ですね。
たとえばチューリングの原理みたいなものを、
まったくアイデアがないところから
AIが思いつけるかどうか。
そこはまだわかっていないんだと思うし、
気になるところですね。 - それができちゃったらもう、
人間は生きていてもあまりしょうがないかな（笑）。
AIにいろいろやってもらって。
そこ、どうなんでしょうね。
- ──
- いや、どうでしょうね。
- 近藤
- わかんないですよね。
でも、基本的にAIはいろんな情報をとってきて
それを組み合わせるだけだから、
アイデアがまったくないところから
何かを生み出すことはできない気もするし。
でも、人間の脳を考えると、
神経細胞1個が電子チップ1個に過ぎないと思えば、
人間もAIもそんなに変わらないですよね。
人間に新しい発見ができるなら
AIにもできそうな気もするし。 - AIに創造性はない、と言ったところで、
じゃあ、人間はどうなのか。 - チューリングにはすごい発見ができたけど
他の1億人には発見できないのであれば、
人もほとんど創造性はないことになる。
同じようにAIが１億個あったら、
ほとんどはだめかもしれないけど、
そのうちの1個は
新発見ができるかもしれないとか。
いろいろ考えるんですけど、どうでしょうね（笑）。
どうあってほしいですか。
- ──
- 個人的には、AIが発見できるようになったとしても、
自分が何かを発見したり理解したりする
喜びは自分だけのものだと思うんです。
- 近藤
- ああ、それはそうですね。
- ──
- だから、生きている意味はあるなって思います。
- 近藤
- でも、自分が疑問に思って入力した瞬間に
AIがその答えを出しちゃうんですよ。
そうなったら辛いなって。
ChatGPTは答えを出して嬉しいんですかね（笑）。
- ──
- 考えたこともなかった（笑）。
- 近藤
- 人間は答えを見つけると嬉しいんです。
ChatGPTは嬉しいのかな････
そこが、僕はすごく気になりますね。
専門家に聞いてみたい。
聞いてもわからないかもしれませんが（笑）。
- ──
- 難しそうですね（笑）。
これでみなさんからの質問が終わったようです。
- 一同
- （拍手）
- ──
- 今日はどうもありがとうございました。
（おわります）
2025-05-05-MON
-
近藤さんが中学生で出会って以来、
ずっと考え続けていたエッシャーのだまし絵。
いろいろな解説を読んでも
納得できなかった近藤さんが
科学者だからこそたどり着いた
エッシャーの緻密なトリックとは？
近藤さんからの7つのヒントを手がかりに
あなたも謎解きに挑んでみよう！※株式会社みすず書房のサイトの書籍紹介ページにリンクします。