江戸時代の京都では、
子犬の絵が大流行していたそうです。
円山応挙、長沢蘆雪、伊藤若冲といった
京都の画家たちは、
元々あった型にとらわれずに
子犬を「かわいく」描きました。
江戸時代の子犬の絵が
「かわいい」子犬の絵になるまでの歴史を
府中市美術館学芸員の
金子信久さんに教えてもらいます。

>金子信久さんプロフィール

金子信久(かねこのぶひさ)

府中市美術館学芸員。江戸時代の絵画史専門。
「かわいい江戸絵画」や「へそまがり日本美術」
「かっこいい油絵」などの展覧会を企画。
犬も猫もどちらも好きなので、
「犬派か猫派か?」の質問はちょっと苦手。

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第1回かわいい子犬キャラ、来日

──
金子先生は「かわいい江戸絵画」を研究されていますが、
美術に対して「かわいい」と言ってよかったんだ、
というのがまず、うれしい驚きでした!
なんとなく、ダメなのかと思っていましたので。
金子
私も「かわいい」って言っちゃダメなのかと
思っていましたね(笑)。

金子
私は府中市美術館で働いていますが、
ある時いつも来てくださるお客様が、
「府中の江戸絵画って、かわいい絵が多いですね」
と言ってくださったんです。
その言葉をきっかけに改めて見渡してみると、
江戸絵画の中にはかわいいものが
いっぱいあったんですよ。
学術的な言い方はいろいろあるんだと思いますが、
「あ、かわいい」って、
真っ先に口から出ちゃうようなものが、たくさん。
それで「かわいい江戸絵画」という展覧会を
やってみたら、みなさんにとても喜んでいただけました。
そんなことがあったおかげで、
江戸時代の美術のことを
いま生きている私たちの言葉で
語ったっていいじゃないか。
と、すこし自信を持っています。
──
今日は子犬の絵をたくさんご紹介いただけるので
安心して「かわいい」と言えます。うれしいです。
本日の授業、どうぞよろしくお願いいたします。
金子
はい。
よろしくお願いします。
金子
ではまずは、子犬の絵の歴史の話をさせていただきます。
起源は日本ではなく、中国です。

金子
おそらく平安時代から鎌倉時代ころ、
中国で言うと、宋の時代に子犬の絵が描かれています。
この絵は、それよりあとの時代、明のものです。

金子
ちびっこい子犬が親犬のまわりで
コロコロと遊んでいますね。
すでにかわいい絵になっていますが、
犬の描き方に特徴があります。
目のまわりが輪っか状に白くなっていて、
鼻から額にかけて、筋が入っています。
この特徴を覚えていただいた上、
次の絵を見てみましょう。

金子
こちらは、もう少し後の時代に描かれた絵です。
今、見たような子犬の特徴がちゃんと受け継がれてますね。
目のまわりがメガネみたいに白くなっていて、
鼻のところに筋がある。

金子
これはつまり、本物の子犬が
こんな見た目だったということではなくて、
子犬がこういうキャラクターとして
確立されたということです。
そしてこの子犬のキャラが
江戸時代の日本にも中国から入ってきました。
狩野派という、幕府の仕事もしていた
権威のある画家の流派があります。
この狩野派の画家が描いた犬がこちら。

金子
さっき見たような特徴がそのまま受け継がれていて、
日本でも、中国系の特徴を持った子犬が
ひとつのキャラクターになったということが
よくわかります。
なぜ子犬を見たままに描かないのか
疑問に思われるかもしれませんが、
当時の美術はそういうものではなかったようです。
中国から入ってきた「かわいい子犬キャラ」を
写してこそ、「かわいい子犬の絵」ができる
という考えだったのだと思います。
金子
この「かわいい子犬キャラ」は、
朝鮮でも描かれています。
これは「李巌」と書いて「イ・アム」という人の作品です。

金子
この李巌さんは子犬をたくさん描いた画家ですが、
よくご覧ください。
やっぱり中国の子犬の絵を踏襲してますね。

金子
ただ、李巌の描く子犬は中国のものよりも、
耳が横にたれていて、位置も離れている。
顔も平たくなっていますね。
中国のものをもとにしながらも、
また独自の新しいキャラクターに
変貌させているということです。
朝鮮系の子犬に影響を受けた画家が
日本にいるんです。
俳句で有名な与謝蕪村です。
与謝蕪村は俳人であり、絵描きでもあった人ですが、
こんな絵を描いています。

金子
耳が離れていて、真横に付いています。
本物とは違いますが、これがいいですよね。
中国や朝鮮系の子犬の絵で、
もっとインパクトのある作品を描いた
江戸時代の画家もいました。
ご存知の方も多いと思いますが、
伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)という人です。
若冲は意外と、「かわいいもの描き」でもあるんです。
この絵がそうです。

一同
おお〜。
金子
ね、すごいですよね。
これを見て「かわいい」って言う人と、
「気持ち悪い」って言う人が両方いるんですけれども、
まあうん、それは人それぞれ。
一同
(笑)。
金子
かわいいものは、ふわっと、やわらかく描くほうが
かわいらしくできるのですが、
若冲はみっしりと、時間をかけてでも
こういう描き方をするんですね。
『百犬図』という作品ですが、全体はこうなんです。

金子
さきほどからご覧いただいている
中国・朝鮮系の子犬に
若冲なりのアレンジが加えられています。
ポージングも特徴的です。
若冲は相当、写生をした人でもあるので、
かなり実物は見ているはずなのですが、
真ん中の上のほうに、
右手をあげている子犬がいますね。
「あんなんいるかな?」とはちょっと思います(笑)。

金子
若冲という人は、本物っぽくしたいというより、
おもしろいものをつくりたいという
意識のほうが強い人なので、
ポージングひとつとっても、それがよく表れてますね。

(明日は円山応挙の子犬が登場です)

2025-05-05-MON

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    場所:府中市美術館
    開館時間:午前10時~午後5時
    (入館は午後4時30分まで)
    休館日:月曜日(5月5日は開館)