1981年に放送された名作ドラマ、
『北の国から』をご存じですか?
たくさんの人を感動させたこのドラマを、
あらためて観てみようという企画です。
あまりテレビドラマを観る習慣のなく、
放送当時もまったく観ていなかった
ほぼ日の永田泰大が、あらためて
最初の24話を観て感想を書いていきます。

イラスト:サユミ

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#4

文体と疾走。

『北の国から』第4回のあらすじ

ある日、純と螢は東京から来た
弁護士(宮本信子)から、母、令子の手紙を
五郎が勝手に処分していたと知らされ愕然とする。
翌日、純は弁護士をホテルに訪ねたが、
父親を非難されて怒りを覚える。
「母さんならいいけど、関係ない人が
父さんの悪口を言うのは耐えられず‥‥」
遂に純は母からの電話も振り切って
部屋を飛び出してしまう。

 

オープニングのタイトルバックの映像が
雪景色に変わった。
『北の国から』というドラマが、
ここからほんとうにはじまるような気がした。

純は盛大にここでの暮らしを愚痴っている。
でも、そこにはある種の安心感がある。
そう、彼は一旦覚悟を決めて、
東京に行かずに戻って来たのだから。
だからこそ、彼には、
「二階が寒くてやってられませんよ!」
と愚痴る権利がある。

もちろん、五郎さんは、
夜になったら寝るんです理論でもって、
「自分でなんとかしてください」と返す。

どうしてこの父子は、
「です・ます調」で話すんだろう。
あと、五郎さんは、
螢のことは「螢」と呼び捨てなのに、
純は「純くん」なんだよな。

そしてあいかわらずの「鉄腕ダッシュ」状態である。
岩城滉一さんは、きっと、
バイクの運転技術でキャスティングされたに違いない。
凸凹の泥道に片足を突いてぐるんとUターンしたり、
走りながら立ち上がって叫んだり、
軽くスタントマンの領域だと思う。

あとね、驚愕したのはね、
豚の出産シーンがあるんですよ。
そういうふうに見せるんじゃなくて、
完全に、まごうことなき、
リアルな豚の出産シーンが。
しかもそれがね、なんというか、
なにかの象徴となる感動的な場面、
というわけではまったくなくて、
ただの「暮らしの一場面」として、
序盤にひょいっと映されるんです。
ほんとの豚の出産シーンですよ?

さらにいうとね、豚のそのシーンはね、
横たわっているお母さん豚がいて、
だんだん息遣いが荒くなって、
ついに子豚の足が出てくるんです。
CGじゃありませんよ、ほんとの子豚の足です。
ていうか、1981年のテレビドラマにCGありませんから。
ピクサーの設立が1986年ですから。

その、お母さんの身体から、
ひょろっと出てきた子豚の足をね、
付き添っている人がぐっとつかんで
強すぎず弱すぎずという加減で
ずるずるっと引っ張り出すわけです。
そして、まだへその緒のついたままの、
ぬるぬるした子豚の身体を、
敷き詰めた藁をまぶすようにして、
拭いていくわけです。
はあ、こんなふうにして、
子豚は産まれてくるんだなあ、
藁が産湯がわりなんだなあと思っていると、
カメラがすーっと引いていってね、
その人の横顔がちらっと映ると、
それは五郎さんなんですよ!
つまり、田中邦衛さんなんですよ!

子豚の足をつかんで引っ張り出して、
へその緒ついたままの身体を
藁で洗うようにきれいにしていたのは、
俳優の田中邦衛さんだったんですけど、
なんですかこのさり気なさは!
字幕も効果音も感動の涙も一切なし。
「鉄腕ダッシュ」なら
年末3時間スペシャルですよ。

そのように、『北の国から』は、
いまの時代にはありえない肉体性でもって、
観るものをぐいぐいドライブしていくのですが、
今回は、これまでとうってかわって、饒舌です。

とりわけ後半、ことばが、
北の白い雪の景色を埋めるみたいに
どんどん連なっていくんです。
それは、研ぎ澄まされていました。
この回は、文学の回でした。

東京から、お母さん、
つまりいしだあゆみさんに雇われた
弁護士がやってきます。
弁護士は、宮本信子さんです。

弁護士は、五郎さんを問い詰めます。
そして、純と螢に取り入ろうとします。
ああ、ここからが、ほんとうに文学だった。

煙草の灰のメタファー。
目撃してしまった母親の情事。
ハイ・ファイ・セットのレコード。
届いていた手紙を焼いていた父親の矮小さ。
やさしく懐柔しようとする弁護士。
いつの間にかじわじわと迫られている大きな選択。
小さな子どもが感じる強烈な違和感。
少年のプライド。瞬発力。
暖かいホテルの暖房、雪の白さ、寒さ。

その語り部は、純くんです。
ドラマの後半、ことばをずっと彼がつむぐ。
その運びのなんと美しいこと。
ああ、こうして書いていても、
ちょっとこみ上げてきます。

電話口の向こうにいるお母さんを拒絶し、
混乱しながら純はホテルを飛び出します。
そこは、まっしろな雪です。
子どもの柔らかそうな髪の毛に、
ぼたん雪がどんどん降り積もる。

小さな彼が、救いを求めるように探すのは、
父親のピックアップトラックです。
数秒、白い世界の中で、
彼はあるはずのそれを見つけることができない。

見つけた瞬間に走り出す彼の姿が、
たまらなくかっこいい。
もう、ひとつひとつのモーションがかっこいい。
彼は段差を駆け下りるのだけれど、
そこにはふかふかの新雪が積もっていて、
彼はどうっと倒れ込む。
しかし、すぐさま立ち上がって、踏ん張って走る。
ここが最高だ。
ああ、優秀なアニメーターの方、
この場面をクールなアニメにして
ループして見せてください。

純くんがトラックのフロントガラスをばんばん叩く。
五郎さんが急いでドアを開ける。
父が迎える。息子が飛び込む。

トラックの中で純くんは混乱しながら息を弾ませ、
やっぱりなにもしゃべらない。
雪と汗で濡れた彼の髪を
五郎さんはぐしゃぐしゃと拭きながら、
「終わったんですか?」と訊く。

ああ、そうか、
このふたりの「です・ます調」は、
このドラマの文学のために発明された
ひとつの文体なのかもしれない。

(つづくわけで。)

2020-01-28-TUE

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