ぶどう畑に挟まれた斜面を、
富士山に背を向けてのぼっていくと、
一軒の古民家があります。
エッセイストの寿木けいさんが
オーナーシェフを務める宿、
「遠矢山房」です。
寿木さんは、ここで暮らしながら宿を営み、
文章を書いています。
暮らしの延長上ではたらく日々に
どんな思いを込めているのでしょうか。
担当は「ほぼ日」のかごしまです。

ほぼ日の學校で、ご覧いただけます。

>寿木けいさん プロフィール

寿木 けい(すずき・けい)

エッセイスト。富山県砺波市出身。
大学卒業後、編集者として働きながら執筆活動を始める。
2023年に遠矢山房(山梨市)を開業。
二人の子どもと甲斐犬と暮らす。
『わたしの美しい戦場』(新潮社)、
『わたしのごちそう365 
レシピとよぶほどのものでもない』(河出文庫)、
『土を編む日々』(集英社)、
『泣いてちゃごはんに遅れるよ』(幻冬舎)などがある。
2026年1月に家づくりにまつわる新刊を発売予定。

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第2回 センスを磨くヒント。

──
最初にこちらに来たときに圧倒されたのが、
寿木さんのセンスのよさ。
置物から食器、絵、家具‥‥
目に入るものがすべて素敵です。
ここにお客さまが来たときの喜びに
つながっていると思うんです。
寿木さんはセンスはどうやって磨いたのか、
どうやって磨けるのか聞きたいです。
寿木
ありがとうございます。
センス‥‥難しいですね。
この家に惚れ込んだポイントが
おそらくヒントになるかなと思うんです。
わたしはスウェーデンの画家のカール・ラーションが
好きなんですけど、
カール・ラーションの名言に
「正しく古いものは永遠に新しい」という言葉があります。
この家を見たときに、
「そういうことだな」としっくりきたんです。

寿木
この家は古いんですけど、
日本人が培ってきた大工の工法を使って、
釘を1本も使わないで建ってるんです。
大黒柱を中心に柱があって、
それが梁で渡されて、
ほぞという部分で
ガチッと木材と木材が噛み合わせている。
シンプルな構造で130年も建ってるんですよね。
これこそが「正しく古いもの」で
それが私には新しく感じたんです。
いま見ても、そう思います。
骨董は昔から好きなんですけど、
物を選ぶときも、
「正しく古いもの」を集めてるのかもしれません。
──
正しく古いものは新しい。
この空間でこの言葉を聞くとしっくり来ます。
寿木
新しいものを買うときでも
売らんかなで作られているものより、
10年20年経ってもかっこいいと思えるような
情熱を持って作られているものを集めてるんです。
会社員時代は雑誌の編集者を長くやっていました。
そのときにデザイナーさんや建築家さん、画家さんに
会って、インタビューをする中で
自分の中に蓄積してきたんだと思うんですよね。
あとは好きなものとか嫌なものを、
とことん掘り下げる癖があります。
それは本を書いてるからかもしれません。
「なんとなく嫌」じゃなくて「何が嫌いなのか」、
「なんとなく好き」じゃなくて「どこに惹かれるのか」、
それは歴史的な背景なのか、
その作品を作ってる作家さんの生きざまに惹かれてるのか。
そういうことをなんやかんやと考えて
言葉にするのが好きですね。
売れてるからとか、流行りだからとかではなくて、
どうして自分がこれを欲しいと思うのか。
これが5万円でも10万円でも買うのか‥‥とか。
──
好き嫌いの理由をよく考えているんですね。
寿木
はい。このダイニングテーブルはオーダーメイドなんです。
「150センチの直径で円形のテーブルが欲しい」
というアイデアは最初から持っていたんです。
円形だと、補助イスを持ってくれば何人でも座れるし、
上座と下座がない、
つまり上下関係が発生しないのもいいなと思った。
それでショールームや家具屋さんを見に行ったんですけど、
装飾があったり余計なものが塗られていたりして
納得できるものが見つからなかった。
それなら作ってもらおうということでオーダーしました。
オーダーするときも
「ほっこりさせないで」とか、
「女性の部屋に置くからといって、
フェミニンにする必要はないです」とお願いして
これができました。
──
このテーブルは新しいものなんですね。
シンプルでいっぱいお皿を置ける大きめサイズです。
寿木
栗の木でできているんです。
家も栗材で作られています。
建ったばかりのころ
きっと家の栗材もテーブルのような色だったと思うんです。
それが時を経て自然に黒くなってる。
それがおもしろいなと思って、
おなじ栗材で揃えました。
色味が全然違うけど、このテーブルはこの家に
馴染んでいる気がするんです。

──
好きなものだけじゃなく、
嫌いな理由も考えるのは大切かもしれませんね。
寿木
リノベーションするときに
工務店の方や大工さん、建築家さんとか
いろいろな人と会うなかで、
「嫌だ」ということを伝えるのが大事だと
学びました。
私は明治時代に建った古民家を買ったからといって、
暮らしぶりまで明治時代に戻りたいわけではないです。
というのは、みなさんにお伝えしたんです。
──
テーブルもですが、
置物や食器ひとつひとつについて
どんな出会いがあったかの
ストーリーを持ってますよね。
寿木
そうなんです。
食器一つでもよく考えて買ってます。
買うなら失敗したくない(笑)。
好きなもの、憧れのものだったり、
心地いいものを置きたいんです。
そこにある仏像は700年前のものなんです。
たぶんいろんな人の手を渡って
ここに来たんだと思うんです。
私や子どもたちよりだいぶ前に生まれたものですが、
私たちより長生きすると思うんです。
長い間存在していることがすごいなと思うんですよね。
すごいなと思うものを身近に置いておくと、
心が安らぎます。
あと立ち姿や、やさしい表情とか、
着ている衣装のなめらかなドレープとか、
見てるだけでうっとりしちゃうんですよ(笑)。

──
仏像、気になってました。
寿木
じつは家を作るとき、
この仏像を置くためのくぼみを
大工さんにわざわざ作ってもらったんです。
自分の目線に合わせて高さを測って。
縦と横の比率は黄金比にしました。
──
このスペースは仏像を置くために作ったんですね。
どうりでしっくりくる。
ちなみに衝動買いはしますか?
寿木
するんです(笑)。
だけど、10年前の衝動買いと今の衝動買いは違うと思う。
骨董屋さんでも洋服屋さんでも
衝動買いのジャッジが早くなっています。
床の間に置いているお花を生けている桶は、
骨董屋さんのガラクタ市のようなところに
ポツンと置いてあったんですよ。
見たとき、すぐに「花を生けよう」と思いました。
食べものを入れるには古いけど、
これに水を張ってお花を入れたら
気持ちいいなとパッとひらめいて、衝動買いをしました。
こちらが選ぶというより、
もののほうから呼ばれるような感覚がありました。
──
以前、初夏に来たときに、
桶にドクダミとカラーを飾ってくださっていましたよね。
お花の飾り方も素敵です。
寿木
茶道からヒントを得ています。
山梨に来てから茶道を習い始めて、
2、3年ぐらい経ちました。
茶道ではお花を「生ける」とは言わなくて、
「入れる」とか「投げる」と言ったりするんです。
野にある姿をそのまま持ってくる。
いじくりまわして形を整えたり、
枝をしならせて形を作ったりとかはしないんです。
それは今の私の生活に合っているんですね。
そもそも花をかたちづくる技術もないので、
自己流です。
茶道の先生がしつらえてくださった
掛け軸とお花の組み合わせを見て、
学ばせてもらっています。
──
寿木さんは、茶道を習ったりとか、
忙しいなかでもスキルアップをしているんですね。
寿木
そうですね。
習い事もしていますが、人に習うだけでなく
毎日学んでいます。
雲を見てるだけでも勉強になります。
夏の空って夕暮れが赤い。
冬は黄色とかオレンジ色になるんです。
夏は水蒸気が多いので、
それで赤く見えるっていうことも調べたり。
そんなところから、着物の色を考えたり、
インスピレーションを得たりしてます。

(明日に続きます)

2025-11-14-FRI

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  • 寿木けいさんが、
    山梨での生活の日々を描いた本はこちら。

    『わたしの美しい戦場』
    (新潮社)

     

     

    山梨に引っ越して遠矢山房をはじめてからの約1年で、
    起きた出来事や考えたことを書いたエッセイ。
    お客さんと交わした印象的な言葉や心を込めて作った
    お料理のお品書きなどもあり、
    寿木さんがどれだけ心を尽くして
    おもてなしているのかが伝わってきます。
    読むと、まるで遠矢山房で時を過ごしたような気持ちになります。

     

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