ぶどう畑に挟まれた斜面を、
富士山に背を向けてのぼっていくと、
一軒の古民家があります。
エッセイストの寿木けいさんが
オーナーシェフを務める宿、
「遠矢山房」です。
寿木さんは、ここで暮らしながら宿を営み、
文章を書いています。
暮らしの延長上ではたらく日々に
どんな思いを込めているのでしょうか。
担当は「ほぼ日」のかごしまです。
寿木 けい（すずき・けい）
エッセイスト。富山県砺波市出身。
大学卒業後、編集者として働きながら執筆活動を始める。
2023年に遠矢山房（山梨市）を開業。
二人の子どもと甲斐犬と暮らす。
『わたしの美しい戦場』（新潮社）、
『わたしのごちそう３６５
レシピとよぶほどのものでもない』（河出文庫）、
『土を編む日々』（集英社）、
『泣いてちゃごはんに遅れるよ』（幻冬舎）などがある。
2026年1月に家づくりにまつわる新刊を発売予定。
- ──
- 寿木さんの本『わたしの美しい戦場』、
すごくおもしろかったです。
- 寿木
- ありがとうございます。
- ──
- 新しい土地に引っ越してきてお子さんと一緒に
一所懸命暮らしているということが伝わってきて
胸が熱くなってきました。
わたしもわたしなりに子育てをしながら暮らしているので、
肯定されているような気持ちになりました。
書かれている世界がうつくしくて、
自分はそんなにきれいには暮らしてないんですけど、
こういうふうに暮らせたらいいなと
希望みたいなものも感じました。
- 寿木
- そうでしたか。うれしいです。
- ──
- 今日は
寿木さんが紹介制の宿「遠矢山房」を始めたきっかけと
日々のくらしで大切にされていることを
うかがいたいと思っています。
- 寿木
- はい。お願いします。
- ──
- いまお話を聞いている場所は
自宅と遠矢山房を兼ねている古民家の
ダイニングルームですよね。
- 寿木
- そうですね。
自宅としてはダイニングルーム、
宿ではお客さまに
食事を召し上がっていただくところです。
- ──
- そして後ろにひろがっているのは客間。
- 寿木
- そうです。
- ──
- ここは古民家を
リノベーションしたんですよね。
- 寿木
- そうです。
築130年ぐらいの家を
４年前の秋に購入して、
リノベーションに取りかかったのが2022年２月。
そこから18か月かけてフルリノベーションをして、
2023年の８月から住み始めています。
- ──
- （収録は８月なので）
住みはじめてちょうど丸２年ですね。
- 寿木
- そう、２年です。
この家ができた日に、
甲斐犬の「ブン」が生まれたんですね。
だから家も２歳、犬も２歳（笑）。
- ──
- ちょうど２歳なんですね。
- もともと東京で会社員として長く働いていた
寿木さんが、山梨に移住して
この宿「遠矢山房」を始めたということですよね。
自宅で宿を営むという
アイデアはどれぐらい前から持っていたんですか？
- 寿木
- う〜ん、
ほんとにほんとのアイデアのタネみたいなものは
20年ぐらい前から持ってたんです。 - 20代の頃から、ひとりで国内外のいろんなところに
旅行をするのが好きでした。
旅行先では今でいう民泊のような感じで
その土地のお宅に泊めてもらうスタイルが
好きだったんですね。
それでいつか自分もお客さまを迎える側になってみたいなと
ぼんやりした夢みたいなものを持っていました。 - ただ、休暇が終わり仕事が始まると忙しくて忘れて、
また休暇で旅に行くと、
「ああ、やっぱりいいな」と思う。
そんなことを繰り返していました。 - 山梨に引っ越してきてこの古い家を見たときに、
「ここならできるかもしれない」と思ったんです。
夢に再会したような感覚がありましたね。
- ──
- この家を買うときから
宿のオーナーになる構想があったんですね。
- 寿木
- なんとなくですけど。
建築家さんとの打ち合わせや図面を見る時間など
家づくりの工程が始まっていきますよね。
その中で、
やっぱりやりたい！
やっぱりできそう！と
気持ちがだんだん盛り上がってきました。
- ──
- ここで暮らしながら、
お客さんを招くアイデアは
若いときの旅行にあったんですね。
- 寿木
- はい、いろいろなところでヒントをもらいました。
たとえば29、30歳ぐらいのときかな。
パリに行ったんです。
日本人のお宅で、２部屋を民泊にしている
お宅があったんですね。
そこに泊まったのが大晦日や元旦の時期で、
泊まっている人以外にもいろんな日本人が来るんです。
そこのマダムが、地域のリーダーのような存在で、
大晦日にダシをひいておそばを作ってくれるんですよ。
夜中にそばを食べさせてくれるところなんて
パリにはないから、
いろんな人が年越しそばを食べにくるんです。
- ──
- それは、素敵な場所ですね。
- 寿木
- ちょっとしたサロンみたいになっていて
いつしか悩み相談が始まったり、
わたしには「どんな仕事をしているの？」と
聞いてくれて話が広がっていったり‥‥。
それがすごく楽しかったんですよね。 - こういう宿のやり方もあるんだと、
そこでヒントをもらったし、
また別の土地では、別のやり方を間近で見て。
ちょっとずついろんな人の生きざまや、
宿のあり方を見せてもらって、
自分のアイデアに取り入れてます。
旅が好きで、ただ旅をしていたのが、
いつの間にか学びになっていったんです。
- ──
- いまインタビューしている空間が
静かでとっても素敵なんですが、
この部屋の向こう側に
お子さんや寿木さんが生活している
お部屋もあるんですよね。
- 寿木
- はい。そうなんです。
家を建てるとき、建物を南と北に分けて考えました。
「南側は開けてる場所」で、つまりお客さまを招く場所。
「北側はこもってリラックスして過ごす場所」で
つまり家族が過ごす場所というイメージで
リノベーションをしました。 - お客さまや友達が泊まりに来ることも考えて、
外に向けて開いてる家にしたいとは思ったんですよね。
- ──
- 狙い通り
人が集まりやすい雰囲気がありますね。 - そして、紹介制の宿の「遠矢山房」を
営んでいるわけですが
薪割りから庭の草の手入れ、
お部屋の準備、お料理まで
ぜんぶ寿木さんがしているんですよね？
- 寿木
- はい、そうです。
人を雇えたらいいんでしょうけど、
紹介制の宿なので、いつ予約があるかもわからないなか、
スタッフを常に雇っておくのも難しくて。
だから自分でやるかっていうのもあるし、
自分の住まいの延長としてお客さまを出迎えているので、
私が心を込めて手をかけたほうが、
おもしろいだろうと思ってやってます。
- ──
- たしかにそのおもしろさはあるのかもしれないですね。
寿木さんの生活の場に招かれているような
温かい感覚にもなります。 - 生活を感じながら、
お花がきれいだったり、掛け軸が飾ってあったり、
ダイニングと客室の南側が大きな窓になっていて、
そこから見える景色も四季で変わっていくのですが
どの季節も絵画のようにうつくしいです。
食事も１品１品、寿木さんの手で作っていますよね。
ひとつひとつ上げたらきりがないぐらい
魅力があると思います。
- ──
- 寿木さんは
ここに来た人に注目してほしいところはありますか？
- 寿木
- 注目してほしいところ‥‥。
たとえば庭の雑草とか（笑）、
注目してほしくないところは浮かぶんですけどね。 - 旬のものを食べるとか、
庭や農地の季節の花を生けるとか
自分がふだんしている生活がありますよね。
その生活に、より磨きをかけて
お客さまをむかえている感覚なんですよ。 - 話がずれるかもしれないんですけど、
宿を始める前に、
ホテルとか旅館がやってるようなことを
「しなきゃいけない」と思ってたことがあったんですよ。 - でも、ある友人の一言でその気持ちが変わったんですね。
試験営業として友人に泊まりに来てもらっていたときに
ある人が「ほっといてくれたらいいから」
って言ったんですよ。
「もうステキな絵もあるし、
おいしいワインが出てきて、
こっちはこっちで受け取るから
気遣わないで」と言ってくれたんです。 - その一言に「あぁ、なるほど！」と思いました。
こちらがガチガチに、
「次はこれをどうぞ」とか、
「こういうのもいかがでしょうか？」
気を遣われると、
かえってくつろげないんだなって。 - 自分がいろんな宿に行っても
適度にほっといてもらったほうがいい。
だからあれこれ言わないで、
お客さまが過ごしたいように過ごす
お手伝いをすることを心がけてます。
- ──
- 来た人がそれぞれの時間を過ごすということですね。
- 寿木
- そうです。
寒い季節だったら炭をおこしておきます。
炭の香りや音は五感を刺激するので、
そこに静かに感動されていたり。 - 畳の香りや犬のクンクン言ってる声、
まな板の上で食材をトントン切ってる音と
ダシの香りだったり、
そういったことがスイッチになって、
リラックスとかリフレッシュして
「来てよかったー！」と思ってくださったりする。
- ──
- たしかに、
ここに来て刺さることは人それぞれ違うのかもしれない。
- 寿木
- そうなんですよね。
その人が喜ぶポイントってそれぞれなんですよね。
だから自分はふだんやってることすべてに
「磨きをかける」気持ちで
お客さまをお迎えしています。
（明日に続きます）
2025-11-13-THU
-
寿木けいさんが、
山梨での生活の日々を描いた本はこちら。
『わたしの美しい戦場』
（新潮社）
山梨に引っ越して遠矢山房をはじめてからの約1年で、
起きた出来事や考えたことを書いたエッセイ。
お客さんと交わした印象的な言葉や心を込めて作った
お料理のお品書きなどもあり、
寿木さんがどれだけ心を尽くして
おもてなしているのかが伝わってきます。
読むと、まるで遠矢山房で時を過ごしたような気持ちになります。