
「相手の気持ちがわからない」と
悩んだことはありますか?
人は、他人の気持ちを
どれくらいわかっているのでしょうか。
そもそも私たちは、
人間関係について悩みすぎでしょうか?
『なぜ心を読みすぎるのか』の著者であり
社会心理学者の唐沢かおりさんに、
人間関係のあれこれを相談しました。
聞き手は、相手の気持ちを推測するあまり、
人をごはんに誘うのをためらってしまう、
ほぼ日の玉木です。
唐沢かおり(からさわ・かおり)
京都府生まれ、社会心理学者。
東京大学大学院人文社会系研究科教授。
著書に『なぜ心を読みすぎるのか:
みきわめと対人関係の心理学』、
『「気が利く」とはどういうことか
──対人関係の心理学
(ちくま新書 1892)』など。
- ──
- たとえば勉強ができることと、いい人であることは、
必ずしも一致するわけではないですよね。
他人に対しても自分に対しても、評価基準が
「能力が高い」のひとつだけではなく
たくさんあると、
より柔軟な評価ができるのでしょうか。
- 唐沢
- 人柄と能力という、基本的な評価基準の先は、
いろいろ、人それぞれの基準に分かれてくると思います。
また、人柄と能力をもっと細分化して、
「こんなタイプの人、あんなタイプの人」と
分けることもできます。
すると、自分にとって付き合いやすい人と
そうでないタイプの人が出てきます。
だから、相性の問題にもなってきます。
相性って、説明しにくいんですけどね。
- ──
- 研究者の唐沢さんとしては、
「人との相性」のような言葉にできないものを、
もっと実証的に言語化したいという
目標があるんでしょうか。
- 唐沢
- うーん‥‥実証研究はできなくはないんです。
「こういうタイプの人はうまくいってる、
ああいうタイプの人はうまくいってない」
といった事例をバァーっといっぱい集めてきて、
相関を導くことはできそうなんですけど。
でも、データにしちゃうと、結局のところ、
なんといいますか‥‥
「明るくて人をあまり傷つけない、
配慮ができて誠実、嘘をつかない人」が
トップをさらっていくんじゃないかなと。
- ──
- たしかに、意外な結果には、あまりならなそうです。
「よい人間関係を築くには」の結論も同じように、
普通に「人への配慮を心掛ける」
ということになるのでしょうか。
- 唐沢
- どうでしょう。ただ、いい人間関係には、
まず他人に関心を持つことが必要だと思います。
「この人は、いま、なにを考えているんだろう」
「どんな気持ちなんだろう」といった、
基本的なレベルでよくて。
心情を測らなくても、「いまなにをしているのか」
気にするだけでもいいです。
関心を持って、その人を知ることがまずは第一。
そして、知っていったことに基づいて、
その人が必要としていることや望んでいることと、
困っていることを理解して
「手助けできることはやります」
という態度でいるのが第二かな。 - 第三は、あまり自分を出しすぎないことも、
もしかしたら大事かもしれません。
「私はすごい」とかね、
「私はこう思っているんだから、
あんたもこうでしょ」とか言われたら、
ちょっとイヤじゃないですか。
自分の気持ちはすごく大事なんですけど、
いい人間関係のためには、
相手に押し付けないのも重要かなと思います。
言いたいことを言える関係がまわりにあるのは
幸せなことですけども、
常に誰に対しても言えるわけじゃないですよね。
- ──
- 他人に興味を持つことがベースで、
できる範囲で配慮をする。
そして、自分を抑えるところは抑える。
これらを実践すると、自分のまわりだけでなく、
ゆくゆくはもっと広く、
社会のためにもなりそうな気がします。
- 唐沢
- みんながちょっとずつ実践していたら、
人間関係に安心して
暮らせるようになるのではないでしょうか。
当然、人間だからトラブルはあるし、
利害が対立することもあると思うけれど、
人間関係ですごく不幸な目に遭うことは
なくなりそうです。
- ──
- きらびやかな社交界に入るようなことをしなくても、
「いてくれると心地よい人」に
自分を近づけていくことで、
いい人間関係ができていくかもしれないと。
- 唐沢
- うん、そうですね。
- ──
- このあたりのことって、
言葉にしにくいことが多くて、
研究するには難しいように思えるのですが‥‥。
- 唐沢
- 私の研究では、「他者をどう判断するか」にかかわる
バイアスやステレオタイプについては、
論文として提出しています。
でも「人間関係って、どうしたらいいんですか?」
といった問いに対して、ひとつの研究が完全に
答えられるわけではありません。
人間関係のような大きな問いに答えるのは、
いろんな研究をとおして
「こうかな、ああかな」と
仮説を立てていく作業です。
そうするなかで、研究したことや本で知ったこと、
ほかの人の論文を読んで知ったことを、
私自身の日常で活かせる場面があるんです。 - その意味では、
社会心理学ってすごくいい学問だと私は思います。
なんだかちょっとうまくいかないときに、
「ああ、あの現象に陥っているな」
と自分を分析できたり、
他人どうしが争っているのを目にしても、
「当人たちの心では
こういうことが起こっているのかな」と、
納得できる。
そういった「腑に落ちる感」を持てる学問なので、
続けてきて、きょう、
ここでしゃべらせてもらっているような気がします。 - 人間関係というテーマは、
社会心理学者だけが独占しているわけじゃなくて、
みなさんが日々経験して、
自分なりに考えているものだと思います。
でも、学問として言葉にしたり分析したりすると、
モヤモヤしていたことが整理できるんです。 - ただ、論文のなかでは「断言」するのが難しいです。
「こういう場合もあって、ああいう場合もあって」
と正直に書く必要があって、
読む側からしたら「はっきりせい」
と感じるかもしれません。
論文に書かれている実証的な研究は、
楽しんで読んでいただいて、
「なるほど、こういうふうに考えれば
自分の感情が理解できるな」
「こういうところはやっぱり断言できないんだ」
と、はっきりしたこととあいまいなことを両方、
頭に置いてもらえると、
日常に生かせると思います。
- ──
- 人間関係について、
どこからが「考えすぎ」なのかは、
たぶん「あいまい」なことなんですね。
- 唐沢
- そうですね、「ここからは考えすぎ」と断言するのは
ちょっと難しいです。
でも、先ほど言ったとおり、自分が
しんどくなったら過剰かな。
- ──
- ‥‥とはいえ、しんどいときって、
必要な努力をしている場合もありますよね。
「しんどかったら、それ以上考えなくていい」
という考え方では、自分に甘くなってしまうような。
ここに「人間関係を考え過ぎる」ことの
難しさがある気がするのですが‥‥。
- 唐沢
- 「自分は人間関係について
考え過ぎているのだろうか」という疑問は、
「人間関係について考えることができる人と、
できない人がいる」との考えのもとで、
「できない人のぶんまで
自分が考えなければならない」と
責任を背負っているから生まれる疑問
なのではないでしょうか。
- ──
- あぁ、なるほど。
- 唐沢
- 日常生活で、そんなふうに
責任を背負ってしまっている時点で、
「考えすぎている」かもしれません。
それを自分の強みとして楽しめればいいのですが、
考えすぎて寝られないとか、
一日中頭に浮かんでつらいようだったら、
ちょっと「考えすぎ」を意識するといいと思います。
- ──
- すごく人に配慮できたり、
ほかの人よりも他者の気持ちがわかったり
することが、仕事の能力に活かされる場合も
あるんでしょうか。
- 唐沢
- 配慮はやっぱり大事ですね。
誰にどう仕事を振るとか、
どんなサポートを入れたらいいかとか、
そういった判断をするときは、
配慮と似た能力を使っていると思うので、
配慮ができるというのは
「仕事ができる」につながると思います。
- ──
- それでは、
「配慮しすぎて自分がしんどくなっていたから、
もう配慮するのやめよう」と決めたときに、
仕事の能力が下がることもあるのでしょうか。
- 唐沢
- 配慮をやめて仕事ができるようになるか、
ならないかはともかく、
仕事ではどうしても責任がありますから、
配慮に疲れても、完全にやめることは
なかなかできないですよね。
- ──
- そうですね。
唐沢さんご自身は、お仕事においても日常でも、
考えすぎないために工夫していることはありますか。
- 唐沢
- 考えすぎないための工夫‥‥
私の場合は、漫画を読んだりします。
考えすぎてしんどいときって、
やっぱり考えることから頭を離すのが大事やから、
ほかの楽しいことをするんです。
漫画を読んでいれば、
あっという間に2時間ぐらい経ちますから。
- ──
- へえー!
東大の先生がどう気晴らしをするかって、
意外に聞いたことがありませんでした。
勝手に「つらくなっても研究し続けるのだろうか」
と思ったりして。
- 唐沢
- そういう方もおられるかもしれないですね。
どうしよう、そう答えればよかった。
あとはクラシック音楽を聴くとかも、
なんだかかっこいいですね。
漫画もいいけど、そう答えればよかったな(笑)。
(明日に続きます)
2026-02-21-SAT
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いい人間関係を築くのは難しい。
「気が利く人」になってみたいけど、
どうしたらいいんだろう?
唐沢さんが心理学の視点から解き明かす
「気が利く」の入門書です。

