
「相手の気持ちがわからない」と
悩んだことはありますか?
人は、他人の気持ちを
どれくらいわかっているのでしょうか。
そもそも私たちは、
人間関係について悩みすぎでしょうか?
『なぜ心を読みすぎるのか』の著者であり
社会心理学者の唐沢かおりさんに、
人間関係のあれこれを相談しました。
聞き手は、相手の気持ちを推測するあまり、
人をごはんに誘うのをためらってしまう、
ほぼ日の玉木です。
唐沢かおり(からさわ・かおり)
京都府生まれ、社会心理学者。
東京大学大学院人文社会系研究科教授。
著書に『なぜ心を読みすぎるのか:
みきわめと対人関係の心理学』、
『「気が利く」とはどういうことか
──対人関係の心理学
(ちくま新書 1892)』など。
- ──
- 「人間は、意外と相手の心を読めているし、
意外と読めていないときもある」ということは、
社会心理学のなかでは、
どんなふうに研究されてきたのでしょうか。
- 唐沢
- ひとつ、おもしろい実験を紹介させてください。
アメリカのホッジスという研究者の実験です。
私たちは「同じような経験をした人なら、
私の気持ちをわかってくれるよね」、逆に
「この人は私と同じ経験してへんから、
私の気持ちなんてわかるわけないよ」と
考えがちです。
ホッジズの実験はここがポイントで、
「似た経験をした者どうしであることは、
相手の気持ちを理解するうえで
本当にプラスになるのか」
ということを調べたんです。 - 具体的にはなにをやったかというと、
まず、直近で出産を経験した女性を集めました。
そして、彼女たちのインタビュー動画を撮った。
収録が終わったら、そのビデオを本人に見せて、
「口に出していないことを考えながら
話していた場面があったら、教えて下さい」
と伝えました。
「ここで、私、考えてました」という箇所に来たら、
なにを考えていたのか聞き出して、
全部記録しておくんです。
そうすると「口には出していないけれども、
心のなかではこんなことを感じたり、
考えたりしていた」という、
「見えない心の動き」のデータが
集約できます。 - それから、今度は質問紙で、
出産経験について思ったことを答えてもらいました。
ここまでが実験の準備です。 - 次に、実験の参加者たちに、
先ほどの女性のインタビュー動画を見てもらいました。
参加者たちのなかには、
出産を経験した女性もいれば、
出産経験のない人もいて、いろいろでした。
そして、インタビューに答えた女性が
「ここで考えていました」と答えた箇所で
ビデオを止めて、参加者たちに
「彼女はここで、口に出していない、
どんなことを考えていたと思いますか?」
と聞いたんですよ。
- ──
- 参加者たちに、インタビューを受けた女性の心を
「読んでもらった」わけですね。
- 唐沢
- そのとおりです。
それから、インタビューを受けた女性が答えた
質問紙の問いを見せて、
「彼女はどんな答えを書いたと思いますか」
とも聞いたんです。
これで、参加者たちがインタビューを受けた女性の
心をどれくらい読めたのか、
「心の推論」の結果が得られました。 - 結論としては、出産という同じ経験をしていようが、
していなかろうが、全然ダメ!
ほとんど外れだったんです。
- ──
- 同じ経験をしたかどうかは、
相手の心を測るうえで、あまり関係がなかった!
- 唐沢
- ところが、この研究には、もうひとつ
おもしろいところがあるんです。
実験の参加者が、動画のなかの
インタビューを受けた女性に、
お手紙を書いたんですね。
「あなたはこんなことを感じていたと思います。
私はこう思います」といったことを。
そして、手紙を受け取った女性に
「この手紙を書いた人は、
どのくらいあなたの気持ちを理解していますか? 」
と質問したら、女性は
「出産を経験した参加者の書いた手紙のほうが、
自分の心をわかってくれている気がする」
と答えたんですよ。
- ──
- へええー。
実際は、出産経験にかかわらず、女性の心を正しく
読めた人はほとんどいないけれど、
女性本人が「わかってくれている」と思ったのは、
似た経験を持っている人だったんですね。
- 唐沢
- そう。だから、経験が似ていると思うだけで、
「あっ、この人、私のことわかってくれる」
と感じるようになるんですね。 - 似た経験をしている人どうしでわかり合うのは
大事なことです。
でも、「この人、私と同じ経験をしていないから、
どうせわかってくれへん」と
決めつけてしまうことにもつながるので、
プラスの意味でもマイナスの意味でも
興味深い実験結果だなと思います。
- ──
- では、人間が
「いま、心が通じ合ったな」と感じたとき、
必ずしも心が読み合えているわけでは
ないということでしょうか。
- 唐沢
- それは難しいですね。
本当に、お互いにわかり合えている場合も
あるかもしれません。
- ──
- 本当に他者の心が読めている場合もれば、
わかったつもりでわかっていない場合もある‥‥
けれど、なんとなく人間社会って、
うまく回っていますよね。
これはどうしてなのでしょうか。
- 唐沢
- 「ある程度、他者の心が読めていて、
ある程度、読めていない」ということ自体が、
社会をなんとなくうまく回す鍵なのだと思います。
だって、完璧に心を読まれたらイヤでしょう?
- ──
- たしかに。他人に読まれるのもイヤですし、
他人の心が完璧に読めてしまうのもイヤです。
- 唐沢
- わかりたくないこともいっぱいありますからね。
細かくはわからないけれども、
付き合っていくのに必要なぶんくらいは
わかっていれば、
お互いにちょっと読み違えていても、
コミュニケーションはうまく回ります。
関係が良ければ、
なんとなくしゃべっているうちに修正ができるし、
勘違いがあっても
「いや、そんなこと考えてないよ」のひと言で
済むわけで。
- ──
- そうか。
「私、あなたはこういうふうに思っていると
思っていたんだけど」と伝えたときに
「え、全然思ってないよ」と修正できる、
そういう関係であれば、
心を完璧に読めていなくても問題ないんですね。
- 唐沢
- 直接伝え合えなかったとしても、
相手とかかわるなかで、
「なんだかちょっとズレてるな」と感じたら、
調整することがありますよね。
相手に対してあることをやってみて、
「あれ? この人、これは喜ばないみたいだな」と
思ったら、別のことをやってみようとか。
そういった、普段、とくに意識せずにおこなっている
コミュニケーションで、
私たちは「本当の心」と「推測した心」のギャップを
補っているんです。
- ──
- 「自分はヒトの心を読むのが苦手だ」と思うと、
コミュニケーションすること自体が
怖くなってしまって、
よけいに相手と本音を言い合えなくなってしまう
こともあると思います。
いま唐沢さんが示してくださったような
「心を読めなくても、関係を築いていい」
ということって、案外、
言われてこなかった気がします。
- 唐沢
- そうかもしれませんね。
自分は人の気持ちがわからないから、
うまく対応できない、という経験が積み重なると、
人と関わるのを回避するようになってしまいます。
でも、「まったくわからへん」ということって、
案外、ないと思うんです。
怒っているか喜んでいるか、
満足しているか不満か、
ぐらいのザックリとした推測は、
たぶん、日常的にできていて。
それ以上の細かいところまで気にしだすと、
「ちゃんと相手の気持ちを
わかってないんじゃないか」と
自分を縛ってしまうけれど、
おおまかにわかっているところで
対応していけばいいんです。 - それから、「人の気持ちをわからなければ」
という焦りに陥るときって、
「人の心を読めてない自分に対する、まわりの評価」
にすごく縛られているんだと思います。
「『この人、全然わかってない』と
思われているな」みたいなね。
そこから逃れないと、ちょっとつらいんじゃないかな。
- ──
- 他者からの評価を、実際よりも
低く見積もってしまうと、
「他者の気持ちをもっと理解しないと」と
自分を追い込んでしまうのですね。
(明日に続きます)
2026-02-18-WED
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いい人間関係を築くのは難しい。
「気が利く人」になってみたいけど、
どうしたらいいんだろう?
唐沢さんが心理学の視点から解き明かす
「気が利く」の入門書です。

