こんにちは。ほぼ日の松本です。
私は人と暮らすことに興味があります。
でも、うまくできる自信がありません。
そこで、さまざまな形で人と一緒に
暮らしている人たちに、お話をうかがうことにしました。

最初に登場いただくのは、中学からの同級生であり、
17年間一軒家で同居しているお笑いコンビ、
カナメストーンさんです。
自分たちの信じる「おもしろい」を体現し続けるおふたり。
そのハッピーでシュールな仲の良さは、
揺るぎない覚悟と柔らかい心のもとに生まれていました。
互いを尊重しながらおもしろがる
ふたりの暮らしぶりを知れば、
誰かと一緒に生きる不安が、希望に変わるかもしれません。

>カナメストーンプロフィール

山口誠・東峰零士(やまぐち まこと・とうみね れいじ)

ともに1986年、茨城県鹿嶋市出身。
鹿嶋市立鹿島中学校のサッカー部で出会う。
中学でともに過ごした時間があまりに楽しく、
ずっと味わっていたいと感じたことから、
2010年にお笑いコンビ「カナメストーン」を結成。
2025年、M-1グランプリ2025で
敗者復活戦を勝ち上がり、
ラストイヤーで決勝進出を果たした。
大学卒業以来、17年間一軒家で同居しており、
芸能界屈指の仲良しコンビと言われる。

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【第3回】 年月をかけて「怖いふたり」に

──
そもそもの話になりますが、
おふたりが一緒に暮らし始めたのは
どうしてだったのでしょうか。
芸人さんでも、コンビの相方どうしで
一緒に暮らしている方って、
けっこう珍しいと思いますが‥‥。

山口
零士が持ちかけてくれたんです。
零士
大学生のときに、
いろんなドラマを見ていた影響で、
「同じ家に暮らすのって楽しそうだな」と
思ったんです。
あれ、憧れるじゃないですか。
その憧れの延長線上で、
山口と住むとたぶん毎日が楽しいぞ! 
みたいな(笑)。
その気持ちを行動に移しただけですね。
山口
俺も「よくわかんないけど楽しそうだな」
って。
零士
たぶん、みんな、小学校とか中学校、
高校の友だちと「大きくなったらさ、
一緒にパン屋さんやろうよ」
みたいなこと、話すじゃないですか。
──
ありました、ありました。
零士
あれをみんな、
本当にやったらいいのにって
思っちゃいます。
なんで、いつの間にか「やらないでおこう」
となっちゃうんだろう。
──
たしかに、
なんで諦めちゃったんでしょうね。
山口
中学のときから、
「将来はふたりでなんかやろうね」って、
ふんわり話していて。
そのときはたしか、
スタイリストになる話をずっとしてました。
「誰のアシスタントになって」みたいな。
零士
その話するだけで、もうワクワクしたね。
「東京ってどんな街なんだろう」とか。
山口
それが、最終的にはお笑いになったんです。
零士
俺がお笑いが好きで、山口を誘いました。
山口
なんでもよかったんだよ、零士とできれば。

──
おふたりで一緒にいることが
自然な流れだったんですね。
零士
「ふたり暮らしやめよう」と思ったことも、
一回もないですね。
山口
タシカニ.
──
すごい。
山口
17年か。
零士
すごいよね、よく考えたら。
──
最初から、
一軒家に住むことは決めていたんですか。
零士
なんとなく「一軒家いいなあ」と
思っていて、不動産屋さんに行ったら、
一軒だけヒットした一軒家が
いまの家なんですよ。
「ここで暮らしたら絶対楽しい」と思って、
即行で決めました。
──
一軒家だと、きっと、
自分だけのスペースがあるのも
いいですよね。
零士
そうなんですよ。
ひとりの時間もぼくら、
意外と好きだったりするんです。
山口
そうね。
──
ひとりの時間があるんですか。
零士
‥‥でも、寝る前の30分だけか(笑)。
山口
そのときだけだね。
零士
それでじゅうぶんっていう
ところまできましたね。
いま、もう17年住んでいるとなったら、
まわりから「こえー」みたいな見られ方を
するようになって、
それも最高だなって思ってます。
「俺らそんな怖いんだ、なんかうれしいな」
みたいな(笑)。
──
怖がられるのがうれしい、ですか。
零士
自分たちが、
長い年月をかけて怖くなっていったのがね。
山口
そういう映画みたいでね。
零士
そうそう、
そういう映画がぼくら、
めっちゃ好きなんです。
あの映画に寄っていけてるのが、
すごくうれしいです。
──
アメリカの片田舎の、
誰も住んでいないはずの洋館で‥‥
みたいな映画でしょうか。
零士
そうそうそう! 
たまたま入ったら、ヤバい住人がいて。
山口
でっかいミキサーみたいな機械に
人間を入れてて。
零士
粉々にするやつね。
本来は木とか岩を粉々にするための
機械なんだけど。
山口
そうそうそうそう。
零士
そういうことをふたりでやってるやつら、
みたいな(笑)。
いま、そんな見られ方になってきたのが、
もう最高です。
一緒に住み出したころは、
まだ若かったから、怖がられなかったけど。
山口
そうね。俺らが、まだ住んで
1~2年目ぐらいのときはさ、
家のまわりのやつらが、怖く見えたじゃん。
零士
そうなんですよ。
近所に住んでいるおじいちゃん、
おばあちゃんを見かけては
「ずっと住んでる、こえー」って。
山口
ずっと同じ人たちがいて、
集落みたいになってたからね。
零士
それが、いまは。
山口
いまは俺らよ。
零士
俺らがそっち側になっちゃった(笑)。
まわりの人から「なに、あの家」
「なんか、いつもふたりで
チャリンコで出かけてて、怖いんですけど」
と思われることに、
心地よさすら感じています。

──
最高ですね。
芸人さんのなかでは、とくに男の人だと、
なんとなく「仲が悪いほうがかっこいい」
という風潮もあったかと思うのですが、
そのなかでもおふたりはずっと自然に
仲良くいられたんですか。
零士
自分たちがあまのじゃくだったのが
よかったんだと思います。
当時は、たしかに、芸人は
相方とそこまで仲良くしない、
お互いの電話番号も知らないくらいがいい
という価値観が大きかった気がします。
その価値観を否定したかったわけではないですが、
真似するのは、俺たちはなんだかイヤで。
「いやいや、無理して仲悪くなる
必要なんかまったくないし」と
思っていたんです。
山口
そうそう、無理して仲悪くなるなんて、
いちばん意味わかんないもんな。
零士
うん、いちばん意味わかんないよ。
本当に仲が悪くなったんだったら
しょうがないですけど、
仲いいのに仲悪いふりをする必要はない。
結果的に、みんなと違うことを
することにはなったけど、
あまのじゃくだから、
ちょうどよかったんです。
あるとき、千鳥のノブさんがテレビで
「コンビなんて絶対仲いいほうがいい」
とお話しされていたのを聞いて、
「よかった」と思いました。
尊敬する先輩がそう言っているんだから、
俺ら間違ってなかったんだなって。

(明日に続きます)

2026-08-12-WED

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