さまざまなミュージアムが所蔵する作品や
常設展示を観に行く連載・第3弾は
「トライアローグ」展を開催中の
横浜美術館さんに、おじゃましました。
「トライアローグ」展は、
横浜美術館・富山県美術館・愛知県美術館
という日本の公立美術館を代表する3館が、
それぞれのコレクションを組み合わせて
20世紀の西洋美術の歴史を振り返る試み。
「所蔵作品を活用した企画展」なので、
常設展じゃないけど、行ってきました!
ピカソ、デュシャン、マティスから、
シュルレアリスムを経て、
ウォーホルやリヒターなど現代美術まで。
作品の解説をしてくださったのは、
学芸員の大澤紗蓉子さん。
担当は、ほぼ日奥野です。どうぞ!

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第5回 美術を集めるということ。

──
同じ「りす」という作品が、ならんでる。
めっちゃかわいいですね。

メレット・オッペンハイム《りす》1969年 (1970再制作) 左:富山県美術館蔵、右:横浜美術館蔵 メレット・オッペンハイム《りす》1969年 (1970再制作) 左:富山県美術館蔵、右:横浜美術館蔵

大澤
はい、メレット・オッペンハイムという
スイスの作家の作品ですね。
この人は、お父さんの影響で
フロイトやユングの精神分析に触れていて、
その影響下で
ブルトンの存在を知って会いに行き、
シュルレアリストになった女性作家です。
──
フロイト+ユング+ブルトン。
大澤
中国製のティーカップやスプーンを
毛皮で覆った作品が、
ブルトンに高く評価されたんです。
それまでシュルレアリストの作品を
購入したことのなかった
ニューヨーク近代美術館が買ったという
逸話が残っています。
──
このふたつ‥‥右が横浜美術館、
左が富山県美術館の所蔵品なんですね。
大澤
美術品は「一点もの」だということが
それまでの常識でしたけど、
デュシャンが
便器を芸術にしてしまったことで、
大量生産の工業製品ですら、
芸術になり得る時代が到来したんです。
──
その流れの中で、この作品も。
ものすごく大きな考え方の変化ですね。
大澤
この作品は「デペイズマン」という、
シュルレアリスムの手法が使われていて、
ビールジョッキと人工毛皮という
本来であれば
一緒になるはずのないもの同士を
あえてくっつけています。
「りす」と名付けることで、
さまざまな考えを掻き立てられますね。
こうしたことも、
シュルレアリストが考え出したことで。
──
シュルレアリスム、あらためておもしろいです。
大澤
あるいは、アイロンに釘を刺している、
マン・レイのナンセンスなオブジェ。
日常的に使われる既製品を異化していく方法論が
確立されたため、
同じ作品がいくつもできちゃうという
事態が起こったんです。
──
この「りす」も、数ある中のふたつ。
大澤
はい、それも販売用に100個と、たくさん。
そのうちの2個が、
ここにやってきているというわけです。
ふたり並べて、双子ちゃんです(笑)。
──
芸術作品の大量生産‥‥という事態は、
のちのウォーホルにつながりそうな。
大澤
こうして、ふたつを並べることで
芸術作品の大量生産という
20世紀美術の特徴を提示しながら
単純に「かわいい」という(笑)。
──
大事ですよね、「かわいい」は。
同じところでつくられた複製品どうしが、
長い旅を経て、
別々のルートをたどりながら、
それぞれ
横浜美術館と富山県美術館にたどりつき、
いまここで、こうして、再会した。
大澤
そうです、そうなんです。
そう思うと本当にドラマチックなんです。
富山県美術館に収蔵されたのは1984年、
横浜美術館に収蔵されたのは2003年と、
購入した時期もまったくちがうんですけど。

──
どっちがどっちか、わかんなくなりそう。
見分け方が、きっとあるんでしょうけど。
大澤
はい‥‥ここだけの話、
これ、絶対にわかる方法があるんですよ。
横浜のビールジョッキの中をよく見ると、
ちっちゃいクモさんがお亡くなりに‥‥。
──
わあ、本当ですか。おもしろーい(笑)。
いつ入ったんだろう?
大澤
不明なんです。ずっと前からいるんです。
もちろん毛並みでも判別できるんですが、
確実なのは、クモさんです。
──
買ったときから、入ってたんですかね。
というか、
制作時に入ったかもしれないですよね。
あとからじゃ、入りにくそうだし。
大澤
かもしれないですね、うん。
美術館が収蔵したときから、いるので。
──
そうなると、
50年とか60年も前のご遺骸が‥‥。
大澤
はい(笑)。
ちなみに、マン・レイのアイロンって、
1921年につくった1作目は、
パリで開いた個展の初日に
盗難にあってしまったらしいんですよ。
──
えええ、それは‥‥なんと(笑)。
大澤
この作品は、それから50年ほど後に
マン・レイの監修のもと、
エディションつきで再制作されたもの。

マン・レイ《贈物》1921 年(1970再制作)  横浜美術館蔵 マン・レイ《贈物》1921 年(1970再制作)  横浜美術館蔵

──
いろんなエピソードがあるものですね。
美術って、そこがおもしろいですよね。
大澤
このような
シュルレアリストから影響を受けながら、
ジャクソン・ポロックなどの
抽象美術の表現が、
アメリカで花ひらいていくんです。
それまでのアメリカでは、
ありのままの対象を描く
リアリズムの伝統が大きかったんですけど、
ジョージア・オキーフ然り、
ポロック然り、
アメリカで、抽象表現というものが、
ひとつのムーブメントになるんですね。
──
シュルレアリスムって、
本当にいろんなものを生んだんですね。
大澤
こちらのポロックの作品は有名なので
ご存知だと思いますが、
ポーリングという
絵具を垂れ流す手法で描かれています。
オートマティスムに
影響を受けたとも言われています。

ジャクソン・ポロック《無題》1946年 富山県美術館蔵 ジャクソン・ポロック《無題》1946年 富山県美術館蔵

──
自分などは、気づいたときには、
こうしたポロックのようなイメージは、
洋服のグラフィックとかをはじめ、
いろんなところで見ていて、
後から
ポロックを知るみたいな状態でしたが。
大澤
ええ。
──
革新的だったんでしょうね、当時は。
大澤
はい、極めて独創的な手法で、
抽象の世界に新境地をひらいた人です。
こちらのルイスも戦後アメリカの
抽象美術の運動の代表作家なんですが、
抽象表現主義から
「カラー・フィールド・ペインティング」
という流れを生み出した芸術家ですね。
──
めちゃくちゃデカくないですか。

モーリス・ルイス《ダレット・シン》1958年 富山県美術館蔵 モーリス・ルイス《ダレット・シン》1958年 富山県美術館蔵

大澤
そうなんです、アメリカで
もうひとつの大きな変化が訪れまして、
それが「作品の巨大化」です。
──
作品のサイズを大きくするというのは、
単純なことのようでいて、
誰もやってなかったってことですか。
大澤
一説には、やっぱり
アメリカが広大な国であるということ。
ヨーロッパとはまったく異なる風土が、
影響したんじゃないかと。
──
物理的に大きくする空間があった、と。

大澤
ここからは、第3章に入ります。
見ていただければ一目瞭然なんですが、
ありとあらゆる、
さまざまな表現方法が
世界中で試されていった時代ですね。
あまり好きな言い方じゃないんですが、
いわゆる「何でもあり」という。
──
これも芸術である‥‥ということが、
受け止める側にも、
育まれていったということですよね。
大澤
そうですね。
ヴァイオリンをバラバラに壊して
アクリル樹脂に封じ込めている作品、
これは
アルマンという作家のものですね。
──
作品名が《バイオリンの怒り》ですか。
その一言で、なんかすごく「わかる」。

左手前:アルマン《バイオリンの怒り》1971年 	富山県美術館蔵 左手前:アルマン《バイオリンの怒り》1971年  富山県美術館蔵

大澤
友人のイヴ・クラインとともに、
ヌーヴォー・レアリスムの代表的作家。
第二次世界大戦後、
モノの溢れた消費主義社会の隆盛の中、
日常を揶揄するような方法で、
身辺のモノを扱うのが彼らの手法です。
──
なるほど。
大澤
こちらのルイーズ・ニーヴェルソンは
ロシアから
幼いころにアメリカに移住した作家で、
これは、ベッドやキャビネットなど
廃品になった家具を解体して
真っ黒に塗りつぶしつつ、
レリーフ状に再構成した作品なんです。

左:ルイーズ・ニーヴェルソン《漂う天界》1959-66年 愛知県美術館蔵、中:ヨゼフ・アルバース《正方形へのオマージュ》1971年 富山県美術館蔵、右:ヨゼフ・アルバース《正方形へのオマージュ》1962年 愛知県美術館蔵 左:ルイーズ・ニーヴェルソン《漂う天界》1959-66年 愛知県美術館蔵、中:ヨゼフ・アルバース《正方形へのオマージュ》1971年 富山県美術館蔵、右:ヨゼフ・アルバース《正方形へのオマージュ》1962年 愛知県美術館蔵

──
はあ‥‥これも芸術なんだ。
あっちには、ウォーホルもありますね。
大澤
あのマリリンの作品は
すべて富山県美術館の所蔵品。
日本の公立美術館が買った、
はじめてのアンディ・ウォーホルです。

アンディ・ウォーホル《マリリン》1967年 富山県美術館蔵 アンディ・ウォーホル《マリリン》1967年 富山県美術館蔵

──
有名で、みんな知ってると思いますが、
ウォーホルという人は、
どんなふうに評価されているんですか。
大澤
やはり、すごかったのは
マリリン・モンローの作品でも使われた
スクリーンプリントという商業的な手法を、
美術の世界に
はじめて導入したひとりということです。
本人は「好きだから、つくった」という
言い方しか残していなくて、
どこまで戦略的だったかは、
いまだに論争が続いているんですけれど。
──
ええ。
大澤
ああして、大衆文化の象徴的アイコンを
大量生産することで、
「美術は一点ものである」という神話が、
決定的に崩壊したんです。
──
はあ‥‥おもしろい。
美術って、新しくつくりだすことで
いろんな枠組みを、
壊していくような営みなんですね。
大澤
この他にも、まだまだ作品があるんですけど、
そろそろ時間が来てしまうので、
最後の締めくくりの作品の話を、いいですか。
──
はい、お願いいたします。
大澤
2020年10月、箱根のポーラ美術館さんが
ドイツの巨匠ゲルハルト・リヒターの
1987年の作品を、
オークションで、30億円で落札してるんです。
──
さんじゅうおくえん!
大澤
現代では、かなり値段が高い作家のひとりです。
でも、その5年前に描かれた作品を、
富山県美術館さんは、
1984年に870万円で購入しているんです。
こちらの作品なんですけど。

ゲルハルト・リヒター《オランジェリー》1982年 富山県美術館蔵 © Gerhard Richter 2020(16062020) ゲルハルト・リヒター《オランジェリー》1982年 富山県美術館蔵 © Gerhard Richter 2020(16062020)

──
ええっ‥‥えらいちがいですね。
個人でもがんばれば買えそうなくらいのお値段。
大澤
おうちを買うより安いじゃないですか、実際。
でも、その870万円で買えた作家の作品が、
30年後に30億になっているんです。
──
そこが、美術の魔的なおもしろさでありつつ、
富山県美術館さんの先見の明でもありますね。
大澤
そうなんです。
冒頭の横浜美術館のピカソの作品も、
購入当初は、それほど‥‥
たしかに「億」の単位ではありますけれども、
今は、その何倍にもなっているはず。
──
はあ‥‥すごい。
でも、ぼくたち鑑賞する側にしてみたら、
飛行機に乗って外国に行かずとも、
世界の名作を
気軽に日本の美術館で見られるのは、
単純にうれしいです。
大澤
そう思ってもらえる作品を、
これからも、集めていきたいと思っています。
ただ、必ずしもリヒターのように、
価値が高騰する作品ばかりではないのが
現実ですが。
──
そういうところも、アートの怖さでありつつ、
おもしろいところでもありますね。
大澤
現代美術の作品の中には、
時が経つほどに価値を高めるものがあります。
でも、そうした流行的な価値に関わらず、
美術館が
美術作品をコレクションしていくことは、
未来へ向けて大事な作業なんだと、
あらためて、感じているところですね。

(おわります)

2021-02-26-FRI

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  • この連載で取材させていただいている
    「トライアローグ」展は
    2021年2月28日(日)まで開催。
    愛知県美術館・富山県美術館と共同で、
    3館それぞれが所蔵する
    20世紀西洋美術の名品がせいぞろい。
    みごたえばつぐんです。ぜひ!
    その後、展覧会は、
    愛知県美術館・富山県美術館に巡回。
    横浜美術館は、この展覧会をもって
    2年を超える長期休館に入りますので、
    その意味でもぜひこのタイミングで。
    来館する場合は、
    日時指定予約制になっていますので
    公式サイトでご確認を。